夕闇色の記憶 第二十四章 無念さと満足感
ゆなさんに言われるまま、先にバスルームへ入りお湯を出す。
しばらくして、髪をアップにしたゆなさんが入って来た。
あ……髪をまとめていたのか……とは判ってはいたが……
「何してたの?」
何気なく……ホントに何気なく、訊いただけだった。
ところが……
「何って……髪、上げて、あと……」
どこか、恥ずかしそうに……
「トイレよ! そんなこと、訊かないの!」
「あ……ごめんなさい」
それって……また叱られた? それもマナーなのかな?
そもそもトイレ限定で訊いたわけではないのですが……それは失礼しました。覚えておきます。
そんなやり取りがあったことさえ……たっぷりの泡に包まれ、忘れて行く二人。
お互いの躰にスポンジを滑らせるほどに……愛しさが増して行くシャワータイム。
そこまで泡立ってしまえば、途中からスポンジは用済み。
あとは直接素手で……否、手だけではなく、お互いの躰全体で……清め合ってゆく。
最後に……せっかく綺麗に洗い流したというのに、ゆなさんの肌からはどうしても離れられない……。
そのまま、粘液を残しながらゆっくりと進むカタツムリのように……滑らかな肌の上を這い続ける。
やがて、カタツムリは大きく角を伸ばし……茂みのトラップへと誘い込まれる。
入り口付近で迷っているところを、美しいシェフに素手で捕獲され……熱くたぎった窪みの中へと、活きたまま放り込まれてゆく。
たっぷりのバターを満遍なく行き渡らせ……窪みの奥で縦横無尽に転がされる。
断末魔の刹那に咽ぶが如く……まるで全身から絞り上げられたように抽出された躰の一部は……バターにまみれた陶磁器の窪みの最も奥へ、勢いよく吸い込まれる。
二度と殻に戻ることはなく……熱く渦を巻くバターと溶け合うその時……
どこからどこまでが自分自身なのかも、判らないほどの歓びを共有してゆく……。
溶けてゆく……
溶けてゆく……
自分自身が……ゆなさんの中で……
溶けてゆく……。
時間がこのまま、止まってくれるなら……
貴女の中で、いつまでも蕩け続けることができたなら……
そんな永遠は現実にはあり得ない無念さと……一晩中……否、朝も、そして午前中いっぱいまで精一杯、愛し愛されたという満足感が……混在する心と躰を共有し……シャワールームという厨房で出来上がったエスカルゴ。
次のメニューに取り掛かる為の素材は、まだ無尽蔵にあるはずの少年の若さも……
その無尽蔵さえも掌の上で転がしてしまう女王の包容力も……
時間の経過という、これもまた宇宙に永遠に流れ続ける法則には……従わざるを得なかった。
時間は『永遠』なのに……チェックアウトという『一瞬』に左右される程……自分達は、時間に対して無力な存在だったんだ。
円山町を後にした渋谷の街は……もうお昼近くの陽射しが眩しかった。
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