夕闇色の記憶 第二十三章 気高さのオーラ

「れいくん……」

「ふひぇ~?」

「また眠っちゃうと、チェックアウト間に合わなくなるわよ」

「うん……なんか、眠くなった……」


「しょうがないなー。まだ成長期だしね。私シャワーしてくるから、それまで寝てなよ」

「やだぁ……僕もシャワー一緒に……」


 ただただ、ゆなさんと離れたくなくて……甘えた声になる僕。


「いいよぉ、頑張ったんだから……寝てなさい」

「起きて、動いてる僕の方が好きって言った」


 顔をうずめて抱き着いたまま……ゆなさんを、少し困らせているのはわかっていた。


「もぉ……」


 ため息混じりながらも、優しく髪を撫でてくれるゆなさん。すっかり安心して甘えていたが……


「昨夜の……エスカルゴね」

「え?」


 突然何の話かと思えば、前夜の……チャーリントン・カフェの謎の料理?


「あれね……実は、カタツムリ」

「へっ⁉」


 びっくりしていきなり顔を上げた反動で、ゆなさんの上半身の一部がセクシーに揺れる。

 構わず笑顔で繰り返すゆなさん。


「でんでんむし……でした」

「あの……背中に殻着けたまま歩いて、角を伸ばしたり縮めたりする、あのカタツムリ?」

「アハ! 歩いてるか走ってるつもりか知らないけど、そうよ」

「……」


 言葉を失っている僕に……


「大丈夫よぉ。ちゃんと食用に養殖したものなんだから」

「いや……美味しかったから別に、気持ち悪いとか無いけど……もう、起こす気全開じゃないですか!」

「アハハ! わかった? シャワーして、チェックアウトよ! お腹もすいたし、コーヒーも飲みたい!」

「あ、コーヒーなら僕も……」

「でもちょっとぎりぎりよね。延長しよっか!」


 そう言ってゆなさんは、フロントへ電話をかけた。


 日曜日……ホテルを出ても、その日はまだ一日中一緒に居られるのはわかっていた。

 「片時も離れたくない」と言えば、愛する気持ちを表現する上では聞こえは良いが……何故か、もう二度とこんなふうに、濃密な時間を過ごす一夜は迎えられないような……予期不安。

 この日を最後に、何もかもが変わってしまうのではないかという、嫌な予感。

 そんな、自らの無力さと怯えた心が……甘えたい気持ちとなって、ゆなさんへと向かってしまう。

 そんな僕を、甘えさせてくれるだけではなく……甘えで隠そうとした『不安』という根っこの部分をちゃんと察してくれて、すぐに具体的行動で対処してくれる。


 フロントへの電話を置いたゆなさんの後ろ姿に、どこか気高さのようなオーラを感じて……そのまま……背中から抱きしめた……。

 抱きしめたというよりも……ただ、しがみついていただけだったのだろう。

 完全に……甘えきっていた。


「どうしたのぉ? 電話くらい……待てないの?」


 また……求めているわけではない。失いたくない……だけなんだ……。

 そのまま顔だけこちらへ向けてくれた時に、不安な表情を直ぐさま察知してくれたゆなさんの気持ちを……逆に僕はわかっていたのだろうか?


 軽くキスしてくれるゆなさん。


「延長完了。もう少しここで……二人きりだから……ね?」

「うん。もっと……チューしたい」


 それには応えずニッコリ微笑み、もう一度だけキスしてくれるゆなさん。そして……


「じゃ、シャワー入るわよ!」

「うん……ありがとう」

「朝からしんみりしない! 先行って、お湯出しときなさい!」


 ゆなさんから命令口調で指示されるのがなぜか気持ちよくて……ちょっぴり元気が出る。

 その命令のお蔭でいつも、少しはしっかりすることができている自分自身には……気付いていた。

 そのように僕を教育してゆく過程を、ゆなさんが楽しんでいるということにも……。


 ゆなさん……本当にありがとう。

 貴女のような女性は……世界中に、貴女しかいません。

 僕は必ず、貴女に似合う男へと成長し……貴女を一生守ります。

 だからどうか……いなくなったりしないで下さい。


 そんな願いが叶えられる保証などは無いまま……この日の二人にできたことはと言えば……愛し合うことだけだった。

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