夕闇色の記憶 第二十章 最奥の宮殿へ

 チャーリントンカフェを出て、円山町のホテルへ。

 それまでレストでは何度も入ったが、ステイは初めて。

 一緒に眠るのは、ゆなさんと初めてキスをしたあの夜以来。


 だがあの時は、周りに先輩方も居て雑魚寝状態であり……二人きりの夜は、本当に初めてだったんだ。

 家出人のゆなさんをウチに泊めるわけにはいかないと、母に告げられた時から……こうなることは判っていた。


 但し物語は……『眠る』前のシーンから……。


 白ワインの酔いがまわり、幸せな気分で歩いて来た二人だったが……ホテルの部屋の扉が閉まった瞬間、二人が既に共有していた空気は……それまでで最も、官能的な衝動だったのかもしれない。


 切れ長な目でこちらを真っ直ぐ見つめたまま……思わせぶりな仕種で、眼鏡をゆっくりと外すゆなさん。それをさりげなく放り投げる。

 入口のドア近くの床に無造作に置かれたバッグの上へ……文字通り放物線を描き、着地して行くまでのスローモーション……。

  『思わせぶり』と言ったところで、眼鏡を外すというサインは……二人にとって、もう意味深でもなんでもなかった。


 普段冷静な彼女の、揺らめく熱情が解放される瞬間に……二人だけの宇宙が展開されてゆく。


 コートを剥ぎ取り、ジャケットを脱ぎ捨て……後の順序はもうわからない。

 午前中から一緒に居て……ゆなさんの部屋では、five minutes kissでお預け。

 一日中、いろんなことがあり……一日中、二人が押し殺し抑圧し続けていた愛の全てが……今、全宇宙へと解放されて行く。


 ベッドへ倒れ込んだ時には既に、ゆなさんという宇宙の中にいた。

 何故ならば……いつもならしているはずの、迎え入れてもらう前の丁寧な前置きが……その夜は全く必要がない……否、そんな回りくどいことをしたら、きっと叱られてしまうほど……「待ち侘びていた」という激情の証が、こちらの世界へと滲み出して来ていたことが……見て、わかったから……触れて、感じたから。

 その時の二人に……焦らしたり焦らされたり、待ったり待たされたりは……一切無用だった。


 ゆなさんの魅惑的な曲線に最も近い最後の一枚が……膝を高く折り曲げられた、彼女の長く美しい右足を通過し……そして左足を縺れ落ちてゆく……。

 溢れつたう流れを辿って行けば……そこはワープの入口。

 白色彗星のように美しく、激しく……しかし滑らか過ぎる優しさで迎え入れてくれた、彼女の四次元空間へ……ワープ開始。


「背中……かべ……冷たい……あっちでぇ……」


 それがこの夜、女王から最初に賜った指令。

 喘ぐように耳元で囁くゆなさんの、いつものクールビューティからは想像もできないくらいの甘い声……。


「あ、ごめんね……じゃ、こっち……」


 と、こんな時でも彼女には謝ってばかり。


 背は高くても、軽いゆなさん……華奢な両腕を、懸命に首へ巻き付けてくれるので、壁からベッドまでなら重くはない。

 そうしてこちらからも両腕と……中央に位置する自分自身でしっかりと、下から抱えた彼女と繋がったままベッドへ運び……先ずは自分が座る。そしてゆなさんに押し倒されるように……二人で倒れ込んだのだった。


 ワープは白色星雲へと続く。

 眠る為にしては不自然過ぎる形の丸いベッドはまるで……そう、白色星雲そのものだった。

 永遠の時間の中で、たった一瞬の縁により貴女と出逢えた。

 そして貴女の宇宙の……中心にまで招いて頂けた。


 滑らかにぶつかり合い、飛び散って行く星屑達を……渦巻く中心へ、不思議な力で吸い込んでゆき……決して逃すことの無い、白色星雲の中心に君臨するのは……ゆなさんという宇宙の女王。

 その女王の更に中心から溢れ出す流れは……全てを潤し、癒し、慈しみ…愛し合う。

 誘い込み、吸い込み、捉らえて離さない……圧倒的包容力。


 その、最も奥の宮殿でいたぶられる歓喜に……膨脹と暴発とを繰り返しながら……やがて全滅してゆく……。


 最後に残るのが……絶対的服従でもいい。できることならば、このまま千年でも二千年でも……仕えていたかった。

 このまま永遠に……とまでは願わず、千年でいい……否、もっと現実的に、数十年でいい……。

 数十年……千年……二千年……永遠の時間が流れるこの宇宙で……たった7年間の歳の差が……いったいどうして、引き裂かれなければならない理由足り得るのか……。


 未だ、そんなことにまで考えも及ばぬほど、あまりにも幸せを感じたこの夜だったが……宇宙の終焉を告げるカウントダウンは既に、確実に始まっていた。


 二人がそれを、知ろうが知るまいが無関係に……水面下で、始まっていたんだ。



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