夕闇色の記憶 第十八章 また独りになるのが怖くて
ハモンド坂へ出たところに掲げられた、緒崎豊のビルボード広告を見上げて……
「この人も……危なっかしいよね。長生きしないんじゃない?」
と、呟いたゆなさん。
そして……そんな緒崎豊の危うさに自らを重ねるように……
「アハハ! 私に言われたくないか!」
不安材料を否定したくて仕方ない僕は、自らを危ぶむようなゆなさんの台詞を聞き流せなかった。
「ゆなさんは……危なっかしくなんかない」
「えぇ~? この前、キミもそう思ってるって言ったじゃない」
と、この時点ではまだ笑顔だったが……
「言ったけど……でも、今日のゆなさんは違う」
と言う僕に対し、少し鋭い目つきになり……
「どう違うの? 妹にタンカ切って家出して……自分でも大人げないとは思っているわ」
時に応じてこのように、元ヤンのオーラを醸し出すゆなさん。
彼女の、妹さんへの台詞が胸に響いた。
(私だって、もう戻って来ないから!)
そして……鋭い視線から、隠さない……否、隠せない憂いへと表情を移し……
「でもね……せっかく初めて部屋へ来てくれたキミを、目の前で出入り禁止にしたことが……許せなかったのよ」
「ゆなさん……僕のせいで……」
「だから、いつも言ってるでしょう? そんな言い方やめなさいって。キミがいくら自分のせいにしたところで、問題は解決しないのよ!」
また……叱られた。
確かにゆなさんの言う通り、僕は無力。その無力さが妙に実感でき……文字通り、肩を落としてしまった。
僕が納得したのを確かめたかのように、また笑顔になるゆなさん。
「大丈夫よ! さっきは意地はっちゃったけど、妹には適当に言って、ちゃんと戻るから」
「ホントに?」
「うん。じゃないと、キミはいつまでも悩み続けるんでしょ?」
「それは、そうだけど……でも、ありがと……」
妹さんに対して……僕の為に意地をはって、僕の為に折れてくれるような……そんなゆなさんの優しさに、自分の『無力さ』さえも労ってもらったような気持ちだった。
しかし、それはそれとして……ゆなさんに本当に帰る所がないのは困るので、そう決まったのならそれで良いが……本当の問題はその先にある。
戻ったら戻ったで、その時は既に妹さんからご両親に報告されていて……もう二度と会えなくされるんじゃないのか?
そう思った途端、逆らいようのない圧倒的な不安感に襲われた。
フラッシュバックの如く甦る、悲しい過去。
17歳の『初めて』を捧げた直後に黙っていなくなってしまった、めぐみさんとの別れ。
自分達のせいとは言え……『交際禁止』にされ、そのまま別れてしまった都子。
その後、めぐみさんとは再会するも……女優業の都合上、致し方なくその一晩でまたもお別れ。
そんなふうに……ゆなさんもまた、いなくなってしまうの?
気が付いたらゆなさんを、コートの上から抱きしめていた。
いや、正確には……そんなカッコイイものではない。しがみついていた……と言った方が適切か。
その時の僕の姿は……駄々をこねる、単なる子供のようだったに違いない。
そんな僕の不安に満ちた心理の遷移を、例に拠ってわかっていたかのように……
「もぉ……今すぐ戻るなんて言ってないでしょ?」
優しく顔を近づけ……そう囁いてくれるゆなさん。
「そうだけど……」
「渋谷に来ようって言ったのも私なんだし……今夜は一緒だよ。ね?」
そう言ってくれる彼女に……甘えるしかなかった。
「お店……もう、すぐそこなんだから。ほら!」
指差した道の斜向かいには、パステルピンクのLEDに輝くチャーリントンカフェ。
決してごまかさない誠実さと……誠実なまま、悟られないように話を逸らしてくれる優しさが……ゆなさんの指先に見えたような気がして……
風景はパステルピンクに滲んでいった。
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