夕闇色の記憶 第十五章 成立したなにか
僕の部屋の中央に座ったゆなさんを抱きしめたまま……否、抱きついたままと言った方が正確なのだろう。まだ、何も言ってあげられない僕。
「れい……くん? 大丈夫?」
「うん……せっかく来てもらったのに、あんな態度で……ごめん」
「ううん、慣れてるから……いかにも学校の先生って感じなお母さまね。気にしてないよ」
「さっき、その……家出して来ちゃったから今夜は泊まってもらおうと思ってたけど……ダメだった……」
「気にしないでって。ちょっと……離してね」
僕の腕をそっと外すと、バッグの中を確認し始めるゆなさん。
「うん。大丈夫! ちゃんと持ってきた」
「なにが?」
「カードもあるし、とりあえずお金の心配は無いから、何処にでも泊まれるってこと! それに今すぐ交際禁止にされるわけじゃないんだし」
「うん……ごめんね」
「だからぁ、キミが謝るトコじゃないでしょ、そこは。れいくんも、お母さまからそこまで言われたわけじゃ、ないんでしょ?」
「それは無い。家出人を泊めるわけにいかないってだけで……」
「じゃ、決まり! ジタバタしない!」
「決まり」って、何が決まったのか……行動が素早い人だな。
「ねぇ……ここって、自由が丘も最寄でしょ?」
「うん。都立大学よりは歩くけどね」
「行ってみたかったんだぁ。普段行く機会ないから。お勧めのお店、ある?」
「じゃあ、ななひかり商店街の今川焼き。美味しいんだよ」
「アハ! 甘い物、食べたいの? そのあとは?」
「ごめん……冗談です。チャールズブラウンてカフェバーがあります」
「なんか、いい感じの名前! 昼寝ばかりしている犬もいるの?」
そう言いながらもう、立ち上がってるゆなさん。
「スヌーズィーはいないけど、DJボックスはあるよ」
「その上で、寝てるの?」
「だから犬はいないんだってば……アハハ!」
そんなおバカな話をしながら、階段を降り、玄関へ。
母には……
「ゆなさん、自由が丘に行きたいって言うからお連れします。泊めてくれないなら、僕も今夜は帰らないかもね」
とだけ言ったが、ゆなさんはあくまでも丁寧に頭を下げ……
「突然の訪問、申し訳ございませんでした。お邪魔致しました。これにて失礼します」
そんな大人の挨拶を、横で見ていた僕。
「帰らないかも」と言っているのに、ならば今夜はどうするのか、何処に泊まるのか等々……母には特に追求されなかった。
もしかしたら、こんな大人が一緒なら大丈夫だと思っていたのかもしれないが……だとすると、ゆなさんに保護者丸投げか?
そんなことを考えながら靴を履いていると、案の定……
「仙波さん……でしたっけ?」
「はい」
「すみませんけど、よろしく頼みますね」
「はい♪ れいくんはお預かりします。ご安心下さい」
なんだ? よくわからない何かが成立しているし。
いきなり連れて来てと、気に入らない態度。家出人だから、泊めてはやれない。
なのに出かけるとなると、よろしく頼む?
母も、どんなつもりで言っているのか……その時点では理解できなかった。
ただ、後に母からちらっと聞いたのは……どうせ何を言っても僕は従わないだろうとは思っていたが、それよりも……ゆなさんがついていれば大丈夫だろうという感覚の方が、なぜか強かったらしい。
あの時、二人を咎めることなく送り出してくれた母。
長年、中学教師としていろんな不良生徒も担任し……その後の元ヤン卒業生も多数、生で接して来た母。
ゆなさんが元ヤンだと一瞬で見抜くと同時に……今では真面目な大学院生であり、しっかりした大人だということも、また一目で判ったからなのかもしれない。
母へはどこか『感謝』の気持ちを抱きながら、二人は玄関を出た。
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