夕闇色の記憶 第十一章 敏感過ぎる二人
僕が7つ年下だろうが高校生だろうが、誰にも遠慮もしなければ恥じることもない……最初からそう言っていたゆなさん。
心はその通りだったが、まだ周囲には内緒……という建前だった。
しかし実際には、既に事務所のほとんどのメンバーに周知の事実。
彼等に知られるのはまったく構わない。『監視役』の妹さんは、もとより事務所へ出入りするメンバーではないし。
妹さんにさえ知られなければ、とりあえずは安全……逆に妹さんへ知られることは、ご両親へ伝わることを意味する。
それが決して、取り越し苦労ではないことを……後に思い知ることになる。
結局事務所のみんなが知るところとなった、ゆなさんと僕の関係。その影響か……何かが解禁されたかのように、いつの間にか、周囲に似たようなカップルが増えていた。
即ち、20代のおねえさんと高校生の男の子。
彼等は……親にどう話しているんだろう? 一人に訊いてみた。
「まだ……いちいち報告することでもないから言ってない」
と……せっかくだが参考にならない。
相手のおねえさんにも訊いてみると……
「まだ話してないけど、れいくんとゆなさんトコほど離れてないし、特に心配する程のことは……ないわ」
微妙に参考にならない……にも関わらず、できれば希望を持ちたい二人に……『甘い考え』が浮かんでしまう。
もしかして、心配……し過ぎではないのか?
妹さんも、いちいちご両親に言わないのではないのか?
ご両親も、そこまで反対しないのではないのか?
いっそ紹介した方が、良いのではないのか?
あの時なぜ、そんな甘い考えが二人を覆ってしまったのか……「そんな簡単じゃない」と、どちらかが諌めるでもなく。
後から考えれば……謎の行動だった。
それは……初めて、ゆなさんのアパートへと招かれたある日。
これこそが、甘い考えに基づいた油断の行動……悲劇のきっかけだったんだ。
その日は、外でデートするのも憚る様な激しい雨の降る土曜日だった。
妹さんは外出しており、予定では当分帰って来ない『はずだ』という『希望的観測』を元にしたお招き。
代々木上原の駅から割とすぐの、小さいけれども綺麗なコーポラスだった。
玄関で……
「ひどい雨だったね。今、バスタオル取ってくるから待ってて!」
部屋も……決して広くはないが、綺麗に整頓され、清潔感が漂う。そしてセンスの良いインテリア。正に、彼女のイメージ通りの室内。
「綺麗なお部屋だね。ゆなさんみたい。整ってて」
そんな台詞が思わず出てしまう程、整った部屋だった。
「そう? ありがとう! キミがいつ来てもいいように、普段から綺麗にしといて良かった」
そう言いながら、バスタオルを投げてよこす彼女。
「足元ビショビショじゃない。ちゃんと拭きなさい」
部屋に真ん中のこたつがある。
「寒くない? 後は、コタツの中で乾かそうね」
『室内で二人きり』というシチュエーションは、ホテル以外では初めてだった。
「ゆなさんは? 拭きなよ」
「あ、うん……かして!」
こたつに向かい合って座る距離感が、いつもと違ってちょっと違和感。しかし、一枚のバスタオルを交代で一緒に使う『親近感』は……いつもと同じだった。
それでも、万が一妹さんが突然帰宅……という可能性を考えその日は……ホテルと同じようなことをするのは、当然控えておくつもりだった。
こたつで向かい合って座る二人。いつもなら、もうとっくにベッドの上で彼女の中……なのだが……
こんな時間もいいなぁ……。
なにより、ゆなさんの部屋に呼んでもらえたことが嬉しかった。
こうして二人で、ゆったりした時間を過ごせる幸せ。二人きりになろうとすれば、それまではホテルしかなかった。毎回お金はかかるし、2時間で出なきゃだし……お互いの部屋に行き来できるようになれば、どんなに良いだろうと思っていた。毎回ホテルのベッドで求め合うよりも、その方がより一層、親密な関係になれるように思えた。
初めてゆなさんとホテルに入った日だって……終わってからの二人きりの時間を、あの日はゆっくり楽しめた。
なのに……いつからあんなにも、貪り合うようになってしまったのだろう。
いや……判っていた。それまでもゆなさんが言っていた「ちょっとしたこと」が実は「ちょっと」では済まされず、ゆなさんと僕の関係をもしもご両親に知られた場合、必ず反対されるであろうと……ゆなさんから聞かされた、あの日からだったと。
しかし振り返ってみれば、そんなに考え込むことでもなかったのかもしれない。
つまり……二人を引き裂くかもしれないという『負』の原動力が例え無かったとしても、そんなふうに愛し合う時期だってあるものなのだと。
ただ、その時は……『不安』に対しても『幸せ』に対しても、極端に『敏感』になっていた。
敏感過ぎる……二人だったんだ。
だから……『不安』に対してだけではなく……ベッドで愛し合う幸せにも、より敏感……と言うよりも、貪欲になっていたんだ。
そして、ホテルではない『部屋の中』で、こんなにもゆったりできることには更に敏感に……幸せを感じていた二人だったのだろう。
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