夕闇色の記憶 第九章 不良だから…

 季節の移り気に比例するように、深まって行った二人の恋。そして、冬の訪れはその二人にも、同様に厳しい寒さをもたらすのだろうか?

 そんな予感はまだ微塵も感じず、逢う度に強まって行くゆなさんへの想い。まるで、一年前の同じ頃の真剣な気持ちが蘇ったような、自分の心の熱さと二人の恋に……歓びを感じる日々だった。


 ただ一つ残念だったのは、この時点では一年前のめぐみさんの時と同様……ゆなさんを、一度も家には連れて来ていなかったこと。

 理由としては、特にその必要に迫られなかった……わざわざ連れて来なくても、逢う場所には困らなかった……円山町で。


 なんて……言い訳だった。


 中学校英語教師の母も、相手が女優ではなく大学院生なら、そう嫌な顔はしないかな? 紹介しても……と、思いつつも……

 いや……かえっておかしな対抗心を湧かすのではないのか? 第一、7つ年上って……絶対に認めなさそう。

 などと勘繰っているうちに……


   ……ま た ひ き さ か れ る の は い や だ……


 「リスクの高い行動は可能な限り回避しよう」との結論になり、結局家には連れて行かなかった。


 その件を、ゆなさんにも伝えると……


「そう……。私もね……いい機会だから、話すよ」

「ゆなさんにもなにか、考えがあるの?」


 それには答えず……


「前に言った『ちょっとしたこと』も、実はキミと同じ理由なの」

「同じって……ゆなさんは大人……」


 僕の言葉を遮り、諭すように……


「大人でも、厳しい親はいるのよ!」


 それは……確かにそうだけど。


「ましてや私、大学院へ行かせてもらっている身分……本当に自立した大人とは、全然違うの」

「そういえば、ゆなさんのマンション、行ったことないな」

「誰が……マンションだって、言ったかしら?」


 あ、そうか。「実家住まいではない」とだけ聞いていて、僕は勝手にマンション住まいだとばかり思い込んでいた。


「小さなアパートよ。駅近し、日当たり悪し、バス・トイレ付き……その他……監視付き」

「監視⁉」

「妹がね……大学生なんだけど、一緒に住んでるの」


 初めて聞いた。こうした生活じみた話も、普段からしておくべきだったのかもしれない。


「どうして妹さんが監視なの? 普通、逆でしょ?」

「そうね、普通はね……。あの子、親に似てカタブツなのよ。監視には持ってこいだわ」

「だから! 妹さんがカタブツなのはわかったけど、なんでゆなさんに監視が必要なの?」


 暫く回答を躊躇ったようなゆなさんだったが、意を決したように僕を見つめ……


「不良だから……」

「へっ⁉」


 眼鏡の奥の視線を、一瞬鋭く尖らせながら……


「結構ワルだったのよ……キミくらいの頃までね。ヤンキーって呼び方、今もあるのかしら?」


 ゆなさんが不良……ヤンキーでワルだった?


「あ、あの時ホテル入ったの初めてだったのは本当よ。硬派だったんだから!」


 はぁ……そうですか。またですか……。


「あんまり……驚かないのね」

「うん……慣れてますから」

「慣れてるって?」

「中二の頃の……『彼女』とか呼んじゃいけないのかな? 剣道部の一個上の先輩で、一年の頃からの付き合いで……」

「れいくん、剣道部だったんだ?」

「うん。そのうち……一緒にコンサートに行ったり、原宿でお買い物したりするようになって……」

「それってもう、彼女とデートでしょ?」

「どうだか? その彼女が3年になった時に、男で番を張れる先輩が居なくて……」

「まさか、その彼女が番長に?」

「当たり。制服の紺とは色の違う、真っ黒な……くるぶしまである長いスカート履いた、スケ番でしたとさ」

「いいわねぇ~!」


 ゆなさんも……そんな恰好をしていたのかな? だとしたら……カッコいいな。


「今……私のスケ番姿、想像していたでしょ?」

「え⁉ ……そ……そうだけど……」


 なんでこう……お見通しなんだろう。


「フフッ! で、そのスケ番彼女も強かったの?」

「すごい強いんだよ! 剣道も段位を持ってる女剣士……まぁ僕も2年の頃には段位は取れたけど、彼女には絶対に勝てない。でも、普段は僕には優しくて……よく一緒に出掛けたりしてたから……」

「キミが慣れているのは、その人だけが理由じゃないんでしょ?」

「え? ……あ!」

「アハ! この前話してくれた……都子ちゃん……だったっけ? キミが更生させた、元不良少女!」

「僕が更生させたわけじゃないし……」

「え~? れいくんちへ行くようになった頃から都子ちゃん、不良少女はもうやめると決めたって言ってたじゃない?」

「そうだけど、あの……一回しかお話してないのに、よく覚えてますね」

「記憶力には自信があるもん。今の日本の教育なんて、記憶力と要領さえ良ければ楽勝……だから勉強は楽だった。大学行って、もっと勉強したくなって、大学院……」

「そこまで更正したなら、もう心配無いじゃん!」

「あのね……もしも私が、キミを裏切る、悲しませるようなことをしたとして……」

「なに……? 何の話?」

「もしもよ。仮の話……。それで一度許してもらえたとして、なのにまた、同じことを繰り返して、またキミを傷つけたとしたら……」

「あのぉ……今度はそっち? 例えがタイト過ぎるでしょうが……」

「その場合それでも、キミなら許しちゃって……また私のこと、信じてくれるよね?」

「やっぱり……わかってて言ってんじゃん」

「アハッ! ごめんね。だから……うちの両親は、そうは行かないって話よ。もちろん、あの頃と同じような非行の心配はしていないそうだけどね」

「じゃ……何が心配?」

「危なっかしいそうよ。いつも突然に、予想外の行動に走るって思われているらしいわ」

「僕も……ゆなさんにはそんな面があると思う」

「へぇ~、キミもそう思ってるんだ?」

「だって……だから今、こうしてるんでしょ?」

「アハハ! そうだったわね!」


 表面は明るく笑っているけど……ごめんなさい、ゆなさん。僕には見えてしまうんです。貴女が懸命に隠そうとしている、その心の……憂いが……。


「だから……7つ年下のキミのこと……きっと頭ごなしに反対されるだろうなぁって……」


 ゆなさんはそこまで話すと、自ら外した眼鏡をベッドの横にあるチェストへ置き……今まで見せたことも無いような悲しげな表情で、僕を抱き寄せた。


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