夕闇色の記憶 第八章 動かぬ証拠 作りたい
お互いの家の事情で、お泊まりするわけにはいかないゆなさんと僕。
僕は高校生で実家……という単純な事情だったが、ゆなさん側の事情というのが、その『ちょっとしたこと』だったのだ。
因みにホテルの、いわゆる休憩というのが2時間しかないことも、初めて知った。
お預けを頂いたあの夜は、思わず過去の悲恋が甦り、切ない気持ちを思い出してしまった。しかしこの日はもう、そんな想いは湧かず、目の前のゆなさんに集中していた。
なぜなら……自分が思っていた以上に美しかったゆなさんの全体像。余計な想いなど一掃してしまうような、圧倒的な美しさに思えた。
その場で選んで飛び込んだホテルの部屋……当然、演出など何も施されているはずもない。そんな中で、彼女がしてくれた唯一の演出は……刺激的だった。
全てを脱ぎ去り、もう脱ぐ服などない二人。我慢できずに、求める手を差し伸べようとする僕を制止するように……右手で一本だけ立てた人差し指を、僕の胸に押し付けるゆなさん。
「まだ……脱ぐ物が残っているわ……」
と、僕の手を取り自分の顔に引き寄せ……
「これ……外してくれる……?」
あ……眼鏡……。
「これで全裸……今日から、これを外していいのは……キミだけだからね……」
膝立ちになって向かい合っていた二人……
「眼鏡は……僕だけ……?」
「そう。もう、誰にも……触らせないからね……」
外した眼鏡を枕元へ置き、そして……ゆっくりとベッドへ沈んで行く二人……。
ただただ美しく、優しいゆなさんの中で……僕は完全に蕩けきってしまった……。
こんな展開であれば普通、2時間たっぷり……この世の終わりのように求め合うのかもしれないが、その日はそんなことはなく……終わってからのピロートークの方が、寧ろ『楽しい時間』だったのかもしれない。
ピローと言っても、ずっと枕だったわけではなく……立ったり座ったり、またベッドでじゃれ合ったり……膝枕をしてもらったり……。
そんな、二人で全裸で過ごした時間が一切違和感なく……とても自然だった。普段は味わえない二人だけの……蜜のような時間だった。
事務所のみんなも、あるパターンには気付いているようだった。
ゆなさんが来る→僕が来る→しばらくすると二人で消える。
しかし……僕が来る→ゆなさんと目が合い微笑み合う→ゆなさんがなまめかしい手つきで眼鏡を外す→これで消えた日は、二人とも戻って来ない。
眼鏡を外した日が何を意味するのか、知っているのは僕だけ。そこまで気付いていたメンバーは、おそらく一人もいなかっただろう。
そんなある日も、眼鏡を外して素顔を見せる彼女……季節の深まりに比例するが如く、二人の恋も深まって行った。
然しながら……関係が更に深くなればなるほど、ゆなさんの言っていた「ちょっとしたこと」は……『ちょっと』ではなくなるとの事実も、のちに「はっきり」する。
そして、その『ちょっとしたこと』の意味が明かされるのは……僕自身の『ちょっとしたこと』を、ゆなさんへと伝えた時だった。
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