夕闇色の記憶 第七章 愛しさのブレンド
遠慮はしない……恥じることは何も無い……。
でも、ちょっとした問題がはっきりしないから……?
そう言っていた、ゆなさん。
きっとあの感じだと……その問題とやらは『ちょっとしたこと』ではないのでは? 何となくそんな予感があった。
しかし、その時は深く考えることもなく……ゆなさんも、特にそれ以上は触れなかった。
二人の関係を、機関のみんなにはまだ知られたくないのであれば、とりあえず事務所の近くは避けようということになった。
しかし……なぜそこまで、みんなに知られたくないのか。
不倫でもないし……「遠慮もしないし恥じることは無い」という前提なのにも拘わらず。
後から思えば、この時点でもう少しよく考えておくべきだったのかも知れない。
ただ……この時はもう、お互いの気持ちが既に『まずはきちんと関係を持つこと』へと逸ってしまっており……そうすることにより、何かが『はっきり』し、その『問題』が本当に『ちょっとしたこと』になるような、暗黙の勘違いが……二人を焚き付けていたのだった。
そんなある日……『お忍び』デートは渋谷。
『お忍び』と言ったところで、知り合いに出会う確率はかなり高い街なのは、二人とも承知の上。
で、やっぱり会ってしまう。
事務所のメンバーではないが、僕の学校の……誰だっけ? 3年生だけで14クラスもあるので全員は覚えられないが、同じ高校なのは判る。クラスの子でなくて良かった。またロクな噂、立てられかねないし……「姉です」は多分、通用しないし。
なぜならその先はもう道玄坂……正確には円山町。
今なら「D-EASTでライヴだった」で通るかもしれないが、当時はそんなホールなど無く、ホテルしか……無いような一帯だった。
そう……その日二人は、どちらから言い出すでもなく……そう決めていた。
「倍にして返すって、約束したもんね」
そんなゆなさんの台詞が僕も嬉しくて……二人とも、もう迷ってなんかいなかったんだ。
迷わずホテルへ、入るには入ったがしかし……
「ゆなさん……僕、その……ホテルって、入ったことない……」
「実は……私も……」
「うそ……」
それなりに知っているものだと思い頼りにしていたので、思わず失礼なリアクションをしてしまった。
「うそって何よ、うそって。私って、キミにとってどんなイメージよ?」
「えーと……クールでシャープなイメージ……」
「電気屋さんじゃない、まるで」
「ゆなさんちのエアコンてシャープなの?」
「もぉ……ヘリクツ言うな!」
「あ……ごめんなさい。おねえさんだから……僕よりは知っているのかなぁって……」
「あのさぁ……知らないことは仕方ないけど、男なんだからしっかりしなさい!」
「あ……はい」
「それから、私のことを『おねえさん』て言わない!」
「い……今のは……年齢的にという意味で……」
「言い訳しない! 年齢はもっと関係ないの!」
そう言いながら、サッと眼鏡を外すと……僕へ急に顔を近づける。
「だって私これから……『キミの女』になるんだからね!」
こんな時も、ハキハキと論理的……いや、この場合、半ば『脅迫的』……?
ただ、そう言われて……以前彼女が言った「はっきりしたい」の意味が、何となくわかった気がした。
同時に言っていた『ちょっとした問題』はまだ何かわからなかったが……『ちょっとした問題』が『はっきりしないから』と、一緒くたに考えたのは僕の勘違いで……これから『はっきり』とさせることで、その『問題』も改善へと向かうのかな?
なんとなくでも、自分なりに答が見えれば、それなりに落ち着いて来る。
しかし……これからすることがわかっているだけに、二人とも実は緊張していて……言葉に拠るやり取りで、ごまかしていたのかもしれない。
「僕……ゆなさんが大好きです。でも……僕さっきから、ゆなさんに叱られてばっかだよ。本当にいいのかな?」
既にホテルに入って二人きりで……まだそんなことを訊いている僕は、相変わらずヘタレである。
「そんなの、今に始まったことじゃないでしょ?」
笑顔で答えてくれるゆなさん。
「そうか……遠慮しちゃうのも仕方ないかな。今のは言い過ぎた。ごめんね」
「今のって?」
「だから……私の方がおねえさんなのは現実だから……仕方ないかなって」
「僕が……しっかりすればいいんでしょ?」
「ほどほどにね。いいよ、背伸びしなくて……そのままのキミが……好きよ」
嬉しかった。でも、ヘタレのままなのは嫌なので、もう一歩踏み込んで訊いてみる。
「はっきりすれば、この前言ってたちょっとした問題も解決するの?」
「さぁね? はっきり……させてみたら?」
眼鏡の奥の瞳が、怪しく煌めく。
よし! はっきり、させてやる!
「服……脱がしていいですか?」
ゆなさんも、微笑みながら見つめてくれる……が……
「訊くんだ。アハハ♪」
笑われた……。
「どうぞ。その手の背伸びは得意なのね?」
そんな指摘をされても、もう自分がいっぱいいっぱいで……答える余裕など無かった。
ただ、きっとこのあとだったのかも知れない。
『下心』は……『下』に隠す必要など無く……自分なりの『愛おしさ』とブレンドして、放出すればいいんだということを、彼女から学んだのは。
こうして二人は……初めての『儀式』を執り行う。
「今日から、これを外していいのは……キミだけだからね……」
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