夕闇色の記憶 第四章 本当は別の理由

 遂に『その時』を迎えてしまった二人は、毛布の中に隠れて想いを確かめ合う。


 確かめると言っても、まだ唇でお互いに触れ合っているだけ。

 想いを告げる言葉はお互いに無いままここまで進み……やっと初めて発したのは、なんてありきたりな……


「ゆなさん……好きです……」


 それだけだった。そして彼女は彼女で、どちらかというと、ボソッと……


「私も……」


 交わした言葉は……それだけ。

 それだけで……お互いのゴー・サインとしては充分だった。


 もう……唇で触れ合うだけで済むはずはなく……お互いの奥まで入り込み……溢れ出る想いを交換し合い……どこからどこまでが自分なのか、わからなくなるくらい愛をブレンドさせた。


 更にエスカレートする二人……。

 だったのだが……約半年ぶりに手の平で感じる柔らかさに……急に切ない『過去』が浮かび上がり、何かを……思い出してしまったことに気が付いた僕だった。

 しかしそれを……今、この眼の前のゆなさんに悟られてはいけないということにも、同時に気付いていた。

 が……時、既に遅し。一瞬の戸惑いを、見逃さないゆなさん。


「どうしたの……?」

「あ……いえ……なんでも……」

「ばか……。ちゃんとこっち見なさい!」

「あ……はい」


 僕が好きになる人はどうして毎回、こうも察しの良い人ばかりなんだろう?

 でも良かった……怒ってない。続けます!


 戸惑う心が優しさの中に柔らかく溶かされて行く程に……彼女への愛おしさは固まって行き……いつしか、抑え切れない衝動へと変わっていた。

 柔らかい生地に一旦阻まれた指先の、通り道を開き進もうとしたその時……


「ごめん……今日は、ここまで」


 そっと、優しくその指を握ってくれるゆなさん。

 いつの間にか、荒い息遣いになっていた僕を、なだめるように髪を撫でながら……


「寝てるけど、みんないるし……」


 ……そうでした。


「でも、本当は別の理由。今日は……今週かな? ダメなの。キミも子供じゃないから、わかるよね?」


「子供じゃないから」……ゆなさんのその言葉が嬉しかった。僕を『舎弟の男の子』ではなくて、ちゃんと『男』として扱ってくれている。ならば僕だって、ここで駄々をこねるわけには行かない。


「あ、多分……わかります」

「ごめんね。キミの気持ちはちゃんと預かったから……今度、倍にして返す!」

「うん……」

「そんなに俯かなくても……大丈夫だってば。私も嬉しかった。だから、今夜はもう寝ようね」


 そのまま……一旦、服を整え直し、改めて抱き合って……眠った。



 翌朝……かなり遅い時間に目が覚めたが、ゆなさんがいない。同室に寝ていた、先輩の甲斐さんに訊いてみる。


「甲斐さーん、ゆなさんは?」

「ああ、大学関係のなんかがあるからって、帰ったぞ」

「そう……でしたか」

「それはそうと……お前ら昨日、なんかあったんか?」

「え? いや……特に、何も……」

「だって今朝よぉ、仙波女史……お前のその、毛布の中からから出てきたぞ」

「昨夜は……そうそう、寒かったから、その……入れてもらって……」

「ふ~ん。仙波女史が? へぇ~。高校生には優しいんだな。オレも今度、入れてもらおうかな? ガハハッ!」


 ダメ~!


 とりあえず、それ以上は追求されなかった。

 結局そのご夫婦のお宅には、夜までいた。夕方くらいに、前夜と同じくお鍋をご馳走になった。


 先輩方と宴会中は、それなりに楽しかった。

 でも、本当はたまらなく……ゆなさんに逢いたかったんだ。


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