夕闇色の記憶 第三章 唇の役割
ゆなさんのことは、すっかり大好きになっていたにも拘らず……その気持ちを彼女へと、言葉でハッキリとは伝えられていなかった僕。
ゆなさんからの尋問に拠り白状させられた『ロック話題以外』のあの話……即ち、前年に於けるめぐみさんや都子との失恋の話をして以来……ゆなさんからも、より親密に接して来るようになっていた。
そんな度重なる態度には、鈍感な僕だって……幾らなんでも気付いていたんだ。
その鈍感くんに……急展開が訪れる。
事務所に出入りしているメンバーのご夫婦のお宅でご馳走して頂けることになり、ゆなさんと僕を含めて十数人で押しかけた。何日間も霧雨が続いた、初冬の肌寒い日だった。
鍋をご馳走になり、僕も含めて高校生もいるのに、構わずお酒を出された。散々食べて飲んで、宴は終わる頃……高校生組は、僕以外いつの間にか帰ったようだった。
ほぼ夜中……寝る時間。二階建ての個宅なので、各部屋にテキトーに別れて雑魚寝。男女も別けないで本当にテキトー。
当然(?)僕は、ゆなさんの隣で寝ることになった。
それなりに飲んではいたものの、僕にとってみれば緊迫の状況……だから、酔っているという感覚は無かったんだ。
同室には、他に二、三人……彼ら先輩方は、ベロンベロンに酔っ払って高イビキ。明らかに全員眠っていた。
それでも話をするならヒソヒソ声……ゆなさんとは必然的に普段より顔を近付けて話していた。
必然的? いや……それは決して『必然的』などと呼ぶような距離ではなく、明らかに『必要以上』な接近だった。
あと1~2センチで……唇が触れてしまいそうなくらいな二人。眠る為に横になっているので、いつもの眼鏡は外しているゆなさん。
この時、彼女がメガネを外していた本当の理由は……『もう眠るから』だけではなかったことが……後に判明する。
眼鏡無し……素顔のゆなさんに、こんなにも近付いていいなんて……とても幸せを感じた。
こんな時、照れたり怯んだりして『眼を反らしてはいけない』ことをすっかり学んできた僕は……ずっとゆなさんを見つめて話し続けた。彼女もそれは同じだった。
この時既に、二人にはわかっていたのだろう。
会話が途切れた時が、きっと……?
それでも、話し続けた。話の繋がりや言葉が少しばかりおかしくても、話し続けたことが……途切れたら『その時』が来てしまうという、二人の『暗黙の了解』を一層助長させて行った。
突然、同室の誰かのイビキのリズムが変化し、高らかに『オモロイ調』。それを二人でクスクス……笑っているうちはよかったが……。
笑い終えて……話は……止まったまま。
二人も……止まったまま。
見つめ……合ったまま。
もう……充分だった。会話や笑いで……ごまかすのは。
お互いの気持ちを一つも言葉にすることなく、理解し合えていた。
そして……言葉を発することで二人を遮っていたその唇で……ゆなさんと僕は……
お互いに触れ合い、確かめ合った。
柔らかい……優しい唇だった。
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