夕闇色の記憶 第二章 クールな部分
季節は11月へと入り、ゆなさんは誕生日を過ぎて25歳。
未だ……二人きりで誕生日を祝うほどの仲になったわけではなかったが……そんなゆなさんの存在は、僕の中で徐々に変わってきた。
然しながら、多分……例に拠って、怖かったのだろう。これ以上、気持ちが育ってしまうのが。
自分の理性や判断で『恋』にしたり、しなかったりするのではないことは勿論わかっていた。
それでも……まだ間に合うかもしれない、この感情を抑えることができるかもしれない……という気持ちと……ゆなさんを好きになってしまったという気持ちが、併存していた。
それはきっと……毎度の悲しい結末を、この時点で既に恐れていただけであり、そもそもそんなのは僕の流儀ではなかったはず。
そんな『葛藤』をしているつもりでも……気が付けばいつのまにか『好きになる気持ち』が大きく育ってしまっているのも、これまた例に拠って。
『理性や判断』など、恋には何の役にも立たないという点を……僕は既に学んでいたのではなかったのか。
自分をそんな気持ちにさせてくれる人が、せっかく現れたのだから……何も遠慮する必要はないはず。遠慮などしたところで、ロクなことにはならないということも……過去、散々鍛えられていたのではなかったのか。
僕がゆなさんの好きなところを挙げてみた。
きちんと理論的に話してくれる。決してごまかさない。その理論の後ろ盾となる知識……というより『見識』の豊かさ。
しかし、決して人を見下したりしない。7つ年下のこんな僕でも、対等に話してくれる。但し、言い方が上から目線……なのは、大歓迎。
時々出る天然のボケが可愛い。美人、スタイルいい、上品な色気。
眼鏡がクールでオトナっぽい……いや、これは……実際に大人か。
なんて……こんな風に並べているうちは、まだ全然『恋心』ではないのだろうか?
ただ……彼女が微笑んでくれた時に湧き上がるときめき。
一緒に行ってくれる買い物……一度出かけると、必要以上に回り道をする彼女。お互い何も言わなくても、新宿のビル街へとエスケープ。
そんな彼女の変化に、いくら鈍感な僕でも、気付いていた。ゆなさんも、何かに付けて寄って来る僕を、テキトーに追い払いながらも、ロック話になると楽しそうだった。
そしてロック以外の話題でも……。
最初に新宿のビル街へエスケープしたあの日を境に、急にいろいろ訊いて来るようになっていた。
どんな女性がタイプ? 今までどんな人と付き合ったの? 学校に、実は彼女がいるの?
いませんて。
そんなある日、その『ロック以外の話題』を……まとめて話す破目になった。ゆなさんは本当に……尋問が巧い。
舞台はあのビルの谷間へ、その日もエスケープ。
しかし、いざ話すとなると……まだ半年前の出来事……辛いものがあった。
丁度一年前、17歳だった僕とめぐみさんとの出会い~初めてを捧げた直後の急な失踪~守ってあげられずに引き裂かれた都子とのこと~めぐみさんとの突然の再会と、またもその一夜限りでのお別れ……。
半分泣きそうになりながら、なんとか話し終えた僕にゆなさんは……
「随分と華やかなりし遍歴ね。だったらもっと、胸はって、自信持ちなさい!」
「自信……?」
「そう。どうにもできない過去のことなんだし、キミだけのせいじゃないんだから、そんなに背負わなくていいよ!」
「うん……ありがとう。ホントはもう、ほとんど大丈夫なんだけど……改めてこうして話すと、ちょっとね……」
「でしょ? 大概そんなものよ」
覚めてるのは嫌いだけど、冷静なのは好き。
冷たいのは嫌いだけど、クールなのは好き。
ゆなさんの、大袈裟に慰めようとしない落ち着いた優しさに、また一層……好きな気持ちが深まって行った。
その日も……ゆなさんの背景に広がる西の空はトワイライト。夕闇に色めくビル街の背景が一層引き立てるゆなさんの美しさと優しさは、まるで天を味方に付けたかのように……僕の心を引き寄せて離さない。
本当はこの時に、既に気持ちは決まっていたんだ。
ただ……ゆなさんの『クールな部分』は知っているつもりでも……『ホットな部分』は、未だ知らない僕だった。
そしてその後……霧雨が降り続いた、そんな初冬のとある寒い夜……僕は遂にゆなさんの……『ホットな部分』を知ることになる。
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