第53話 魔王再降臨

「くはははっ! 愚民の諸君、待たせたな。今宵、魔王再び降臨す!」


 ボクはプライベート・オフして配信を開始した。

 場所は前回、虹箱のトラップにハマった3階層の中ボス部屋の一歩手前の部屋だ。今回は再び中ボスを倒し、4階層に挑むつもりなのだ。

 4階層はパーティー推奨レベル4なので、単独ソロのボクには本来厳しい階層なのだけど、前回の探宮を見る限り大丈夫だろうと確信していた。何しろ、ずっと格上のA級迷宮の階層主にあたるレッドドラゴンとタメが張れるのだから、D級迷宮なら問題ないに決まっている。


「あ、台詞回しは普通に戻しますね。痛いって言われたんで……」


 蒼ちゃんの意見を入れて『厨二病』らしさは控えていくことにした。


「あと、衣装も変わりました。いろいろ参考にしてますが、一応オリジナルです」


 既存のコスプレはマズいと言うので、オリジナル衣装を用意することになり、蒼ちゃんや『ユニ君』と一緒に検討した結果、今のデザインとなった。

 うん、待てよ。『ユニ君』に生成してもらっているから、もしかして『生成AI』とやらになるのだろうか。そうなると果たしてオリジナルと言って良いのか疑問が残る。

 けど、『ユニ君』は「似合っていらっしゃいますが、こちらのデザインの方が主様にとって、よりベターでございます」などとのたまう怪しいAIだからなぁ。


「それとみんなに公募(?)したボ……私の探宮者名だけれど、厳正な審査の結果……またさぶろうさんの提案した『あのん』ちゃんにすることに決定しました。ちなみに由来としては、UNKNOWNから『あのん』ちゃんと名付けられたそうです」


 たくさんの公募名がコメント欄に溢れていたけど、その中からこれを選んだ。他にもいろいろ理由もあったが、響きが一番気に入ったのが最大の理由と言えた。なんだか、可愛い感じがするでしょ?


「という訳で、魔王『あのん』をこれからもよろしくお願いします」


 そう言うとボクは深々とお辞儀をすると、少し間を取ってから頭を上げる。


「ところで皆さん、なんだか私についていろんなデマや憶測が流れているようなので、ここで訂正したいと思います」


 早速、今回の配信の目的に話題を転じることにする。


「まず『中の人』の件ですが……いや、『中の人』なんていないから、私は『魔王あのん』そのものです。……という設定はともかく、私の『中の人』が既出の探宮者さんや探宮者の親族ではないかという噂が流れていますが、全て的外れです」


 ここは、声を大にして言っておかないといけないところだ。


「すでに何人かの方が間違われて困っていると聞いています。その方々は私とは無関係な方々なので、何卒なにとぞご迷惑をおかけしないよう重ねてお願いいたします」


 次にボクは配信画面を展開した各オルクスごと順番に切り替えてみせる。


「さて、次のデマですが……今、配信画面を切り替えてみましたが、わかりますか? はい、七つの視点がありますね」


 前にも言ったが【VR-14S蘇芳オリジナル】は7個のオルクスを有しているので、七つの視点を映せる。

 基本的には①が額のヴォイヤーに嵌ったままの探宮者目線、②が前方右、③が前方左、④が後方右、⑤が後方左、⑥が右側面、⑦が左側面をカバーしていた。これがオルクス5個の【VR-14M蘇芳モデル】となると、前方と後方が1つだけとなる。


「この視点のせいで私の使用しているヴォイヤーを【VR-14S蘇芳オリジナル】だと勘違いしている方が多いようですね。けど、それは間違いです」


 ボクはおもむろに額に嵌めたヴォイヤーの両端、髪に隠れた部分を露わにする。そこには未射出のオルクスが2個埋め込まれていた。


「前回は初回配信で慣れていなかったので使いませんでしたが、本来このヴォイヤーには9個のオルクスが装備されています」


 残り2個のオルクスが射出され、所定に位置に移動する。これにより前方右上、前方左上、後方右上、後方左上にオルクスが配置され、九つの視点へと切り替わった。


「つまりですね。このヴォイヤーは【VR-14S蘇芳オリジナル】では無く【VR-15D魔王オリジナル】なのですよ!」


 これが蒼ちゃんが考えてくれた打開策、より上位のヴォイヤーにしてしまえば証拠の品にならないという力技。さすが、蒼ちゃん、頭いい。


「という訳で巷に流れている噂はデマなので信用しないでいただきたい」


 蘇芳さん本人が拘束中の配信、さらに【VR-14S蘇芳オリジナル】でないという事実。この二つで蘇芳さんの疑いは完全に晴れるに違いない。


「さて、前回のおさらいはこれぐらいにして、引き続き探宮を続けるよ」


 気分を良くしたボクは三階層の中ボスを倒すべく最後の部屋へと足を進めた。


 

◇◆◇◆◇◆◇



『くはははっ! 愚民の諸君、待たせたな。今宵、魔王再び降臨す!』



【初見好き:来た――!】


【サコツ大好き:きちゃ――!】


【猫の肉球:魔王ちゃん、来た】


【MARU:魔王様、再降臨】


【やっちん:………………】


【CATFIGT:…………】


【山田の名無し:……】


【ロキソ忍者:……】



 つくも君の配信が始まると、動画のコメント欄が一斉に書き込みで溢れかえった。本当に目に追えないレベルでコメントが流れていく。


「す、凄い……こんなにも注目されてるんだ」


 私、紺瑠璃 蒼は、つくも君を送り出した後、『魔王の憩所いこいじょ』から自分の部屋に戻るとつくも君の配信を見守っていた。

 あのまま『魔王の憩所いこいじょ』に残っても良かったんだけど、前回配信のアーカイブが削除され切抜き動画しか残っていないので、今回の分は私の目で確認しておいて欲しいとつくも君にお願いされたのだ。

 まあ、お願いされなくても元からつくも君の配信は見るつもりだったので、問題はなかったのだけれど。


『あ、台詞回しは普通に戻しますね。痛いって言われたんで……』


【初見好き:やっぱり戻すんだ】


【迷宮管理人:前回も途中で止めてたような……】


【闇の屍者:元から無理筋やろ】


【サコツ大好き:どっちもカワチイけど】


 あれ? 納得してなそうだったけど、やっぱり止めてくれたんだ。厨二病のつくも君も可愛いけど、あとで絶対キャラ崩壊するから、止めた方が無難だと思って忠告したんだよね。

 

『あと、衣装も変わりました。いろいろ参考にしてますが、一応オリジナルです』


【初見好き:この衣装もいいと思います】


【迷宮管理人:マオーちゃんも良かったけどね】


【闇の屍者:可愛いは正義や】


【サコツ大好き:お似合いデス】


 そうそう、衣装を一緒に考えたの楽しかったなぁ。

 つくも君の趣味もわかったし、今度好きそうなコーディネートを着てみようかな。それにしても『ユニ君』は優秀過ぎない? あれじゃ、何でも相談してもらえる幼馴染ポジを脅かされそうな気がする。

 もっと、密着度を高めなきゃ。


 つくも君の配信を見ながら、つくも君のことをつらつらと考えてみる。


 大体、つくも君は自己評価が低過ぎると思うんだよね。

 本人は地味キャラだったと言うけど、本人が卑下するほど悪くなかったと思う。イケメンとは言えないかもしれないけど、人を安心させるような優しい顔立ちで私は好きだった。もちろん、今の究極美少女もめちゃくちゃ好みだけど、それはつくも君だからというのも大きいと思う。


 そう言えば、翠ちゃんも朱音さんもつくも君のこと、気になってるみたいだから、気を付けなくちゃ……。玄さんはまだ未知数だけど、今日何かいわくありげな話をしたそうにしていたから油断はできない。

 ホント、つくも君には自分の魅力をもっと自覚してもらわないと……。


「やっぱり、つくも君は誰にも渡せない……」


 小さい頃のつくも君はカッコよくて頼もしい私のヒーローだった。引っ込み思案の私を外に連れ出し守ってくれた。

 たぶん、その頃からつくも君のことが大好きで初恋だったと思う。


 ただ、違う小学校に通うようになって、つくも君は変わってしまった。元気が無く消極的で、まるで幼い頃の私のようだった。

 だから、私が強くなって、つくも君を支えなきゃと思ったのだ。けれど、それは悪手だったようで、むしろつくも君が私から離れるきっかけとなってしまった。


 中学に入るとその傾向は、ますます顕著になり、つくも君と接触できない毎日が続いた。寂しくて我慢出来なかったので、つくも君と同じ中学校に通う友人に彼の動向を逐一報告するようにお願いしてしまったほどだ。なので、つくも君の中学生活は、ほぼ把握していたけど、距離を置く生活を強いられるのは心底辛かった。

 スパイをしてくれた友人からは「蒼ちゃんって見かけによらず超ヤンデレだよね」とか言われたけど、両想いだから問題ない……筈?


 とにかく、引っ越し絡みでつくも君から連絡をもらった時は天にも昇る気持ちだったっけ。そのあと、一緒に受験勉強して昔の距離感に戻れたのは最高だった。ただ、同じ部屋で勉強中、つくも君の何気ない仕草やほのかに香る体臭に興奮を抑えるのが必死だったことは絶対に言えない秘密だ。

 言っておくが、私は決して変態などでは無い。つくも君が好き過ぎるだけなのだ、誤解しないように。


『さて、前回のおさらいはこれぐらいにして、引き続き探宮を続けるよ』


 つくも君の発言で、ハッと我に返る。

 いけない、いけない。つくも君のことを考えていると、つい時間が経つのを忘れてしまうのは私の悪い癖だ。


 配信に集中しようと思い、画面を見た私は、ふと違和感を覚える。


 あれ、何かがおかしい。

 理由はわからないが、頭の中に何かが引っかかる感じがした。


「あ!」


 書かれていたコメントの一つを見て私は気付いた。


「もしかして……つくも君、ピンチかも」  


~~~~~~

あとがき

 第53話をお読みいただきありがとうございました。

 蒼ちゃんのつくも君への想いが強すぎて長くなってしまいましたw

 いやあ、想いというか重いというか……。

 つくも君も大変です(>_<)


 

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