第52話 配信の前に

 結局のところ、講習のことは確かに心配なのだけれど、蘇芳さんの処遇がわからないと何とも手の打ちようが無いという結論になり、迷宮部緊急会議は解散となった。


「朱音さんの情報については、わたくしにお任せください。何か動きがあったら、必ずお知らせしますね。千尋おばさんとは仲良しなので連絡を取り合っていますし、ちょうど日本に帰っていますから」


 千尋さんというのは蘇芳さんのお母さんのことで、現在は帰国しているが普段は海外に単身赴任中とのこと。常磐家は蘇芳家と家族ぐるみのお付き合いをしているらしく、常磐さんのお母さんも含めて女性陣はかなり仲が良いそうだ。 

 ちなみに千尋さんも元B級探宮者で蘇芳秋良とはパーティーメンバーでいわゆる職場結婚だったと聞いている。現役時のクラスはSSRの『姫騎士』。今のボク達と同じく高校生でデビューしたのでアイドル的な存在だったらしい。当時の記録映像を見たけど、今の朱音さんを小柄で華奢にした感じの美少女で、さぞかし人気が高かったに違いない。確か、千尋さんが二十歳の時に発覚した二人の熱愛報道は各芸能誌の一面を飾ったそうだ。


 そういう訳で常磐さんは引き続き蘇芳さんの情報を収拾し、蘇芳さんの身に何か変化があれば、すぐに皆へ情報共有することとなった。また、蘇芳さんの去就がハッキリするまでは放課後の探宮部の活動も中止し、各々が最初の計画通り後半の講習を受けるための準備を進めておくことに決まった。


「なあ、つくもっち。ちょっといいか?」


 つ、つくもっち?


 話し合いも終わったので、クラスに戻ろうとしたら紫黒さんに呼び止められた。


「いいですけど、もうすぐお昼休み終わりますよ」


「いや、時間はそんなにかからないと思うから安心してくれ」


「なら構いませんけど……あおいちゃんと翠ちゃん、先に教室に戻っていてくれる?」


「居てもいいなら待ってるけど」


「わたくしもです」


 先に戻るように促すと二人とも待っていてくれるらしい。


はるかさん、どうします? 二人とも残るそうですが」


「う~ん、そうだな。少し込み入った話なんで、また今度にしよう。呼び止めて悪かったね」


「いえ、大丈夫です。じゃ、また今度お願いします」


 急ぐ話でも無かったようなので、玄さんに断りを入れてボクは蒼ちゃんと常磐さんと一緒に教室へ戻ることにした。


 けど、いったい何の話だったんだろう?

 

 いつも飄々とした表情の紫黒さんが、少し思いつめた様子で声をかけてきたので、とても印象的に感じた。少なくとも他の部員がいる前では話せる内容ではないことは確かだ。

 

 紫黒さんとは、まだそこまで親しい間柄とは言えないから、話の内容について思い当たる節は無かった。ただ、ボクの方にも紫黒さんに聞きたいことがあったので、二人きりで話をすることは願ってもない申し出であったのも事実だ。と言うのも、初めて会った時に話題にした『ボクによく似た知り合い』について、ずっと詳しく知りたいと思っていたからだ。ちょうど良い機会と思ったけど、また今度に期待しよう。後ろ髪を引かれる想いを感じていると、お昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったので、ボク達は急いで教室へと向かった。



◇◆◇◆◇◆◇



「こんばんわ、あおいちゃん」


「ようこそ、つくも君……って、本当に繋がるんだね」


 ボクは今夜の配信について相談するために、夕食後に蒼ちゃんの部屋に来ていた。ただし、『魔王の憩所いこいじょ』を経由してだ。

 前回、あおいちゃんが来た時『魔王の憩所いこいじょ』の出入口に『蒼ちゃんの部屋』を登録したので、いつでも行き来できるようになっていたのだ。ちなみに、ユニ君の説明では、現状5カ所の入口登録が可能とのこと。まるで『どこで〇ドア』みたいだ。密かに学校とか、よく行く場所とかを登録したくなってしまう。


「あとこれ、サブの『証の腕輪』だから。あおいちゃんに預けとくね」


「ありがと。前から付けてたのは知ってたけど、そういうアイテムだったんだ」


「そう、家の鍵みたいなものだから、これでボクがいなくても、いつでもあおいちゃんも入れるよ」


「うん、でも基本的にはつくも君と一緒の時に利用するね。それより色は違うけど形は同じだから、まるでお揃いだね」


「そ、そうなるかな……そ、それより『魔王の憩所いこいじょ』へ早く移動しようよ」


 思わぬ蒼ちゃんの指摘にボクは顔を赤くして狼狽する。


 今後のことを考えて、ユニ君に作成してもらったサブの『証の腕輪』(色は薄桃色)を蒼ちゃんに渡すことにした。管理者権限が無いので機能に制限はあるが、これで蒼ちゃんも『魔王の憩所いこいじょ』を使用できるようになった。なので、次回からはわざわざ出迎えに行かなくても自分で来られるようになった訳だ。


 とにかく、おそろを付けて機嫌を良くした蒼ちゃんを連れてボクは『魔王の憩所いこいじょ』の居住部分に移動した。


「うわ~っ、ホントに4LDKになってる」


 入った瞬間、蒼ちゃんが感嘆の声を上げる。この前の約束通り、ユニ君は『魔王の憩所いこいじょ』を拡張しておいてくれたのだ。


「これで、いつ部員が揃って来ても快適に住めるようになったね」


「まあね、朱音さんの件が片付くまで未定になっちゃったけど」


「大丈夫でしょ? 今晩、つくも君が魔王配信すれば疑いも晴れると思うし」


 ボクの不安と裏腹に、目をキラキラさせながら内装や調度品を確認中の蒼ちゃんは事も無げに、そう断言した。 


「そうなるといいんだけど……」


 ボクが元気なく答えると蒼ちゃんは室内を物色するのを止めて、ボクの方へと視線を向ける。


「どうかした、元気ないよ?」


 さすが幼馴染、気持ちは隠せない。


「うん……何て言うか上手くいく自信が無くて……」


「自信?」


「そう、今回の朱音さんの件だって、ボクの身勝手さから始まったし、前回の探宮でもドラゴン戦であわや死ぬところだったし……」


 そう、ボクは少しばかり自信を失っていた。と言うより、調子に乗っていた自分を冷静に考えられるようになったというべきか。


「ノリと勢いで単独ソロで探宮を初めてしまったのは、やっぱり失敗だったのかな……って思って」


 ボクの弱音を聞いて蒼ちゃんは大きく溜息をついた。そして、すっと近づくとボクをぎゅっと抱きしめてくれた。


「あ、あおいちゃん?」


「し―っ、静かに……」


 そう言われてボクは素直に黙り込んだ。そして、しばらくそのままで、そうしている。

 

 探宮配信が終わったら入ろうと思っていたので、今日はまだ入浴を済ませていない。なので、汗臭くないだろうかと、ちょっと気になった。反対に蒼ちゃんからは何だか良い匂いがした。


 何故だろう、蒼ちゃんの体温が心地良く感じる。かすかに聞こえる蒼ちゃんのゆっくりとした息遣いと抱きしめられているという充足感がボクの心を穏やかにしてくれた。


「……落ち着いた?」


 ボクの呼吸が穏やかになったのと身体から緊張が解けたことに気付いた蒼ちゃんが、そっと身を離す。


「うん……何か楽になった」


「そう……」


 蒼ちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「昔から、つくも君って難しく考えすぎるところあるからね。こうやって、ゆっくり落ち着いて考えれば、そうばかりじゃないって気付けるでしょ」


「……そうかも」


「あのね、つくも君はすごいんだよ。だから自信を持っていい」


 本当にそうなのだろうか?


「きっと今回だって上手くいくから」


 そう言ってくれるのは蒼ちゃんだけかも。


「あおいちゃん……」


 ボクがまだ戸惑いを見せると蒼ちゃんは言った。


「つくも君は自分のこと信じられないかもだけど、私はつくも君のことずっと信じてるから……」


 驚いて蒼ちゃんを見ると、黒曜石のような瞳でボクを真っ直ぐ見つめていた。

  

「…………わかった。あおいちゃんが信じてくれているボクを、ボクも信じることにする」


 そうだった。ボクの夢は探宮者になること……そして異界迷宮の最奥に行くことだ。こんなところで、くよくよしてる場合じゃなかった。

 ましてや、蒼ちゃんがそんなボクに協力してくれて、信じてるとさえ言ってくれている。

 ここでくじけていたら、男がすたるってもんだ(今は女性だけど)。


「今回の配信も頑張るよ。そして、必ず朱音さんの濡れ衣を晴らすから」


「その意気だよ。ただ、だからと言って無理は厳禁だからね」


「うん、わかってる……」


 前回の失敗は無駄にしないつもりだ。


「それと……」


 蒼ちゃんは珍しく言うべきか悩む素振りを見せてから呟いた。


「あの『痛い』台詞回しは止めた方がいいと思う」


 がーん。魔王のロールプレイは駄目ですか?


「か、カッコよくない?」


「全然」


 おうふっ。思わず崩れ落ちるところだった。


「あと、版権が絡むから既存のコスプレも止めるべきかな」


「……あ、はい」


 あ、蒼ちゃん。ボクを信じてくれてるんだよね?

 自信も持たせたいんだよね?


 ボクの精神は再びズタボロなんですけど……。


~~~~~~

 あとがき

  第52話をお読みいただきありがとうございました。

  ちょっと自信喪失気味のつくも君でした。

  次回は『魔王再降臨』の予定ですw

  ☆評価やレビュー、応援コメントお待ちしております。

  よろしくお願いいたします。


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