第54話 不穏の予兆


「ふうっ……楽勝とまでは言えないけど、まだ余裕かな」


 倒したゴブリンチーフを見下ろしながらボクは安堵した。


 レベルアップしたボクにとって3階層の中ボスは、もはや敵では無く、前回と同じように難なく倒すことが出来た。そもそも一対一タイマン限定なら、【魔王の矜持】スキルがチート過ぎる。やはりボス戦限定なら、レッドドラゴンの例を見ても、かなり有利に戦えるに違いない。


「問題は多人数相手か……」


 前にも言ったが、突出して高レベルな単体がいない集団相手の場合、レベル差の恩恵を受けられないため、数で押し切られる可能性があった。おそらく、次の4階層あたりから厳しくなっていくだろうと予想された。


「まあ、何とかなるでしょ」


 部屋の奥に出現した4階層に降りる階段を見ながらボクは不安げに呟く。


 おっとイケない。配信中だった。視聴者さんが心配してしまう。

 ボクは憂鬱な表情を消して元気よく宣言する。


「それでは皆さん、いよいよ4階層に進みます!」


 階層を繋ぐ階段は(何故か)モンスターの非出現エリアなので、ボクはさして注意もせず一気に駆け降りた。そして4階層への扉を剣を構えながら注意深く開く。2階層で、いきなり吸血蝙蝠ヴァンパイアバットの大群に襲われたことへの教訓からだ(ちょっと血を吸われたけど、戦闘自体は圧勝だった)。


 開けた扉の先は小広間のようだ。敵の姿は見えない。

 床の状態を【魔王の邪眼】の鑑定スキルで見てみるが、トラップの類いは見当たらないようだ。

 前回の探宮で懲りたので、何か行動を起こす前に【魔王の邪眼】を必ず使うことにしていた。正直、今のボクにとって一番怖いのはモンスターよりトラップの方だと身をもってわからせられたからだ。

 なので、『何はともあれ、まず鑑定』が今のボクの座右の銘ざゆうのめいとなっている。え? 意味がわからない? ボクもよく知らないけど、なんかカッコいいでしょ。


 そんな訳で用心深く小広間に歩みを進めると、奥へと続く通路からガチャガチャと騒がしい音が聞こえてくる。【魔王の邪眼】の感覚鋭化で目を凝らして見ると、奥の方からこちらへと近づいてくる無骨な集団が見えた。


「どうやらゴブリンさんの団体様のお着きみたい」


 視聴者向けに情報を伝えるとボクは臨戦態勢を整える。


 やがて現れたのは皮鎧や盾で武装したゴブリンの一団だった。鑑定スキルによると大半が2レベルのゴブリンで、中には3レベルの達する個体もいた。今までの階層では、ほとんど1レベルだったので、かなりの強敵と言えた。

   

「グギャギャ――!」


 ボクが一人だとわかると連中は嬉しそうに下品な声を上げると襲い掛かってきた。


空間操作スペース・コントロール!」


 ボクは囲まれないよう壁を背に、ゴブリン集団を待ち構えると先頭のゴブリンの足元に空間魔法を唱える。

 刹那、見えない何かに躓いたゴブリンは頭から床に転倒した。続くゴブリン達も勢いを止められずに次々と床に転がる。


 その倒れた一団から抜け出した数匹のゴブリンがボクの目前に迫ったので、ボクは手にした剣で迎え撃った。

 少ない人数ならレベルや能力値の差で難なく切り伏せることが可能だ。



 実際、使ってみると思った以上に空間魔法は便利だった。何しろ、転倒させる罠、敵の打撃を防ぐ盾、移動手段としての足場など様々な使途があり、集団を相手にするには打って付けの魔法と言えた。


「よし、最後の一匹……はぁはぁ」


 リーダー格の3レベルのゴブリンを斬り倒すと、ボクは大きく息を吐いて座り込んだ。囲まれないように気を配りながらの戦闘は体力よりも精神力を多く消耗したのだ。

 ただ、苦戦すると思われた集団戦も工夫次第でかなり有利に戦えることが今回の戦闘ではっきりした。

 

 【魔王の邪眼】の感覚鋭化と鑑定、【魔王の躯】の身体強化、【魔王の矜持】のレベル差調整、【魔王の天稟】の空間魔法の組み合わせは、単独ソロのボクには最強の組み合わせに思えた。もちろん、パーティーを組んでも有用なスキルばかりなのは間違いないが、現時点で他のメンバーにこれらのスキルを明かすことは出来ないので、おひとり様専用スキルと言えた。

 まあ、さすがに上位階層まで、これらのスキルだけで踏破できるとは思わないけど、ある程度までなら単独で行ける自信も生まれた気がする。

  

「え、と……何とか倒せました。これなら4階層も行けそうです。一息ついたら、探宮を再開しますね。それまで少し雑談でもしましょうか……」


 続けて次の部屋に進むことも出来たのだけど、気が疲れたので少し休憩することにした。『魔王の憩所いこいじょ』に戻るまでのことでは無かったので、切抜き動画に寄せられていたコメントに答えることにする。


「ええ、切抜き動画、私も見ましたよ。まあ、いろんなこと書かれてましたねぇ。フェイク動画じゃないかとか、なにかの宣伝動画だろうとか。え~と残念ですが、本物なんですよ、これが」


 また、アーカイブには残らないかもしれないので、本物であることを強調しておこう。


「あと多かったのは『いったい、何なんだ? こいつは』でしたが、それについては『魔王』です、と答えるより他ありませんね。あ、『本当に女の子なの?』っていうコメントもありましたっけ。えと、私の性別は……一応女の子になってます、たぶん」


 元男子で今は女子……しかも身体は女の子だけど心は男の子部分がちゃんと残ってる……うん、一言では言い表せないでしょ。


「そうそう『そのレベルでドラゴンと戦えるのは不正だろ』ってのもありましたね。これについては、ホントごめん。魔王がチートなのはお約束なので、としか答えられなくて……」


 そんな風にくだらない雑談をしていて、そろそろ再開しようかな思った矢先のことだ。


「あれ? 何か来た……」


 【魔王の邪眼】の感覚鋭化が何かが近づいて来るの察知した。



◇◆◇


「どうしよう。つくも君、まったく気が付いていない」


 かと言って、異界迷宮で探宮中のつくも君に連絡する手段など有る筈も無い。

 いや、『魔王の憩所いこいじょ』に行けば、何とかなるかもしれない。


 私は『証の腕輪』を付けると、自分の部屋の『迷宮の扉エントランス』を開けた。




 最初は全く違和感を覚えなかった。つくも君の配信は前回と変わらず淡々と進んでいたからだ。


 前回と変わらず・・・・・・


 その時、私はハッとした。


 前回と同じな訳が無かったのだ。


 前回の配信のあと、つくも君が配信したD級迷宮がここだと特定されて昨日、今日と多くの野次馬がこの迷宮に殺到していた。切抜き動画以外に『今、魔王ちゃんが現れた迷宮を探宮しています」というサムネイルの動画がネットに溢れかえっていたのは私も知っている。ただ、私もつくも君も切抜き動画を追うのが精一杯で、そっちの配信はほとんど見ていなかったのだ。

 それが昨日の今日の話だ。本当なら、今晩もそうした野次馬が居座って、つくも君の配信に割り込んできてもおかしくない。 


 なのに、他の探宮者が一人もいない……そんなことあり得なかった。


「間違いない。このD級迷宮、今日は封鎖されている」


 迷宮協会のHPには何も告知されていないが、確実だ。


 では、何のための封鎖?


「つくも君……」


 私はつくも君の無事を祈りながら、『魔王の憩所いこいじょ』へと向かった。

 


◇◆◇


『あれ? 何か来た……』



迷宮管理人:うん? 新たなモンスターか?


闇の屍者:誰やろ?


迷宮管理人:探宮者なのか?


サコツ大好き:探宮者? 私もあのんちゃんに会いたかった


やっちん:そういや、誰かも書いてたけど。今日、他に人いなくない?


CATFIGT:確かに昨日まで野次馬でいっぱいだったよな


猫の肉球:えと……この迷宮、今日は探宮中止になっているみたいですよ


迷宮管理人:え? じゃあ、魔王ちゃんはどうやって入ったんだ?


山田の名無し:それ言ったらきりが無い


やっちん:確かに(>_<)


ロキソ忍者:貸し切り迷宮w


迷宮管理人:なんかヤバイ気がしてきた


闇の屍者:ワイもや


サコツ大好き:どういうこと?


迷宮管理人:たぶん、迷宮協……


 ――――――――――  配信が途絶しました  ――――――――――― 


~~~~~~

 あとがき

 第54話をお読みいただきありがとうございました。

 何やら不穏なことが起きそうな予兆が……。

 はたして何が起きるのか?

 次回をよろしくお願いいたします。 

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