第47話 疑惑


「さて、諸君。私が尋常ならざる事態が発生したと言った意味が君たちにもわかってもらえたと思う」


 信じられない映像を見せられ続けて声も出ない初見の副支部長達を前に天野支部長は深刻な表情で話し始める。


「彼女の数々のアンビリーバブルな行動はもちろん、彼女の存在自体も看過できない案件ではあるが、何よりも問題なのは……」


 天野支部長は眉間に皺を寄せて吐き捨てるように言った。


「我々迷宮協会の管理外にあるということだ」


「確かに支部長の言う通りですね。管理外と言うより……蘇芳君、S級探宮者の君から見て彼女はどうなんだい?」


 冬木が探宮の専門家である秋良に質問する。


「端的に言えば異常としか言いようが無いですね」


「君なら、レッドドラゴンを単独で倒せるの?」


「さきほどのレベル70ぐらいなら何とかなるかもしれませんが、正直勘弁して欲しいですね。大体、異界迷宮はパーティーで踏破するもので、単独での探宮は自殺行為ですよ」


 レベル80超えの蘇芳秋良自分と言えども、あんな無茶は御免こうむりたい、内心でそう考えていた。


「国内屈指の探宮者である君がそう言うなら、まさしく彼女は本物の『魔王』かもしれないね」


 冬木は感心したように言うと、天野支部長は苦々しく反論する。


「冬木君、感心している場合ではないよ。これは、協会の存在意義を揺るがす由々しき事態と言っていい案件だ」


「わかっていますとも。先ほども言いかけましたが、彼女は協会の管理外と言うより、今までの常識を覆す規格外の何かです。このまま放っておくわけにはいかないでしょう」 


「私も同意だ。速やかに彼女の正体を暴き、その身柄を確保する必要がある。なので、千堂君……」


「わかりました、支部長。すぐに特別予算を編成して対処いたします。咲良ちゃん、情報の統制と収集を頼むわね」


「はい、夏美さん。すでに早朝から情報管理局が動いています。当該アーカイブは凍結して視聴不能にしてありますが、すでに多くの切り抜き動画が拡散されてネット界隈で話題になっています」


「う~ん、後手に回らざるえないってことね」


「ええ、騒ぎの収拾に努めますが、新規配信が投下されたらお手上げです」


「それは最悪よね」


「とにかく、私の方は通産省とその他関連する省庁に話を通しておくよ」


 冬木副支部長の言葉に頷きながら、天野支部長は秋良に視線を移す。


「そういう訳で蘇芳君、君には現場で直接指揮を執ってもらう。神出鬼没の彼女との接触を図り、交渉の場を設けるんだ。出来れば、本人を協会に連れて来れるのが最良の選択だ。そして、その説得が無理な場合は……」


 支部長は一呼吸置くと言い放った。


「……最悪、排除も辞さない覚悟でいてくれたまえ」


 その言葉に秋良は声を失った。



◇◆◇

 


 会議を終え、それぞれの役割を果たすべく、各副支部長は席を立った。会議室には天野支部長と呼び止められた秋良だけが残っていた。


「蘇芳君、悪いね。残ってもらって」


「いえ、問題ありませんが、私に何か御用ですか?」


 残された理由がわからず、秋良は訝し気に答える。


「いや、君に少し確認したいことがあってね」


「そうですか……ちょうど良かった。私も支部長に聞きたいことがあったので……」


「何かね? 先に質問して構わないが」


 鷹揚に構える支部長に秋良は襟を正して問いかける。


「先ほど話された『排除も辞さない』という言葉の意味ですが……」


「ああ、言葉通りの意味だが?」


 何だ、そんなことかという表情で支部長は即答する。


「と言いますと?」


「我々にあだなす存在であるなら抹殺も厭わないという意味さ」


 支部長の真意に秋良は驚きを隠せない。


「蘇芳君、どうも誤解があるようだから言っておくが、異世界迷宮は公界だ。日本の法律の適用外にあるのは君も承知しているだろう。まあ、『迷宮保安官』に逮捕権はあるがね……」


「それは……その通りですが」


 納得していない表情で秋良は答える。


「さらにだ。君が一番熟知していることだと思うが、そもそも異世界迷宮で人間は死なない、正確に言えば魔結晶になるだけだ。だから、もし君が彼女を倒したとしても殺したことにはならないだろう?」


 屁理屈だ、と思ったが秋良は押し黙る。


「魔結晶になった状態で現実世界に持ち帰り、実体に戻ったところで拘束する……多少荒っぽいが理に適っている措置では無いかね」


「仰っていることは理解できます」


 理解はできるが、その理屈で娘と同じくらいの少女を殺めたいとは思えない。


「理解できているなら、それでいい。よろしく頼むよ」


 天野支部長は有無を言わせず頼み込んだ。


「天野支部長。念のため確認しますが、彼女が抵抗するようなら私にその非情な措置を取れと命じている、それで間違いないですね」


「いや、その覚悟で臨んでもらいたいと言っているだけで、職務命令ではないよ。目的を遂行するための判断は現場に任せる」


 こともなげに言う支部長に秋良は絶句した。


「で、他に質問はあるかね」


「いえ、ありません」


 諦めたような表情の秋良の返答を聞いた天野支部長は軽く頷くと、会議机に肘を突いた手を顔の前で組み顎を乗せると、眼鏡越しに鋭い目を秋良に向けた。


「ところで蘇芳君、今までの話を聞いて、君は私に何か申し出る事柄は無いかね?」


「え?」


 突然の天野の発言に秋良は怪訝そうな顔になる。支部長の言っている意味が理解できなかったのだ。


「私が……支部長にですか?」


「そうだ、そのために、こうして二人だけで話している」


 ますます意味がわからない。


「先ほどの覚悟の話も、それだけ協会が真剣に考えていることを知って欲しくて言ったまでだ。本気で言ったわけでは無い」


 意味がわからず困惑して沈黙を続けていると、天野支部長は大きく溜息をついた。


「そうか……残念だ。君の口から真相が聞きたかったのだが仕方が無い」


「真相?」


「蘇芳君、君には娘が一人いたね……確か、朱音さんと言ったかね。今年、高校に上がったばかりと聞いたが……」


「はい、そうですが…………え? まさか、支部長!」


 驚きの声をあげる秋良に天野支部長は能面のような顔で言った。


「我々、迷宮協会及び『国際迷宮機関I・L・O』は今回の『魔王』騒ぎの元凶である少女が君の娘である『蘇芳朱音』では無いかと疑っているのだ」


「な……そんな馬鹿げた話……」


『魔王』が、うちの娘朱音だと?


 何を根拠にそんな冗談みたいな発想の話が出てくるんだ。


 天野支部長の思いがけない発言に一瞬我を忘れた秋良だが、すぐに自分を取り戻す。


「天野支部長、揶揄うのは勘弁してください。本気にするところでしたよ」


「揶揄ってなどいない。本気も本気だ」


「…………いったい、何でそんな結論に?」


 落ち着きを取り戻した秋良は冷静に支部長に聞き返す。


「いろいろと根拠はある……まず一点目に、あの年齢であそこまで戦えるのは異常だ。よほどの才能が無ければ無理な話と言っていい。その点、君はS級探宮者で奥さんの千尋さんも元B級探宮者だ。その血を受け継いだ娘さんが才能に満ち溢れていたとしても不思議ではないだろう」


 確かに朱音は親の欲目を除いても将来有望な探宮者に成り得ると思ってはいる。しかし、それは今では無いし、あの化け物魔王と同列に扱うのは無理と言うものだ。


「二点目は君も指摘していたが、迷宮デビューなのにレベル3であったことだ。確か、君は若い頃に迷宮協会の指示でどこまで単独で異界迷宮を踏破できるかの実験を行っていたね」


「ええ、やっていましたね、それが?」


「単独行でいくつもの新規の迷宮を発見した功績があったが、もしかして報告を怠った迷宮や『迷宮の扉エントランス』があったのではないかね」


「天野さん、あんた俺を侮辱するつもりなのか?」


 不正を働いたと言われ、秋良の声が低く荒い口調になる。


「……ま、待ってくれ。あくまで可能性の話だし、私でなく『国際迷宮機関I・L・O』の見解だ。勘違いしないで欲しい。と、とにかく自家用迷宮プライベート・ラビリンスがあれば、デビュー前にレベル上げが出来ていてもおかしくないし、未知の『迷宮の扉エントランス』があれば誰にも知られずに異界迷宮に入ることも可能ではないかと『国際迷宮機関I・L・O』は言っている」


「くだらない……支部長はそれを信じたんですか?」


「……半信半疑と言ったところだ。けれど、三点目が決定的過ぎる」


「決定的?」


「そう、彼女が使用していたヴォイヤーが君の『VR-14S蘇芳オリジナル』だったからだ」


 蘇芳秋良は、先ほど見た七つ視点の映像に自分が違和感を覚えなかったことに初めて気が付いた。それほどまでに彼にとって、それは当たり前のことだったのだ。


~~~~~

 あとがき

  第47話をお読みいただきありがとうございました。

  つくも君の知らないところで、どんどん話が大変になってます(゜o゜)

  蘇芳秋良さんがとばっちりを受けて可哀そうですw

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る