第46話 緊急会議

まだ夜が明けきらない時刻に蘇芳秋良は東京都千代田区にある迷宮協会日本支部の建物に到着していた。未明に緊急招集で叩き起こされた秋良は取る物もとりあえず参集したのだ。


「蘇芳副支部長、おはようございます。お待ちしていました。704会議室へお願いいたします」


 秘書室の顔見知りの女性がロビーで待ち受けていた。


「おはよう、自分が最後かい?」


「はい。すでに皆さま、お着きになっていらっしゃいます」


 出来得る限り急いだつもりだったが、それでも一番最後かと少し驚く。


「皆、早いね。いつ寝てるんだろう?」


「さあ、私にはわかりかねます……すみません、皆さまお待ちかねですので、お急ぎ願えますか?」


「ああ、悪い。私のせいで、君が怒られてしまっては大変だ」


 軽口を叩きながら、秋良は秘書官とエレベーターに乗り込む。


「ところできみ、今日の緊急招集の理由、聞いてる?」


「いえ、何も伺っておりません」


「そうか……」


 緊急招集は本当に久しぶりの話だ。いったい何が起きたのだろう?


 見当がつかず、ぼんやりと考えている内に目的の階に着く。




「おはよう、蘇芳君。朝早くすまないね」


 会議室に入ると出席者全員が秋良に目を向けた。


「天野支部長、おはようございます。いえ、日課で早朝トレーニングをしているので、朝は得意なんですよ。こんなに早いのは珍しいですが」


「そうかね」


 さして興味を引いた様子でもない天野健介あまのけんすけ支部長は、銀縁眼鏡越しに神経質そうな目で秋良の表情を窺った。彼こそが日本の迷宮界を牛耳る迷宮協会日本支部の支部長だ。前身は通産省の元官僚と聞いている。現場からの叩き上げの秋良とは相性が良いとは言えなかった。


「まあいい、とにかく座りたまえ」


 天野支部長に促されて席に着くと、秋良は良く知る参加者達に一礼した。


 支部長の求めに応じて、自分も含めた副支部長4人全員がこの場に集っている。コの字を横にした形に並んだ会議机の上座の中央に天野支部、両側にそれぞれ二人づつ副支部長が席に着いていた。


 支部長の左手に座っているのが人事統括の冬木亨ふゆきとおる副支部長、協会のNo2だ。一見、人の良さそうなオジサンに見えるが、かなりのやり手で協会を実質動かしているのは彼と言って過言ではない。

 

 彼の対面に座っているのが財務統括の千堂夏美せんどうなつみ副支部長だ。年齢を感じさせない美貌を誇っているが、男嫌いで男を寄せ付けないという噂がある。席次は3番目だが、金を握っているので面と向かって彼女に逆らう者は、この組織にはいない。


 冬木副支部長の隣が蘇芳秋良で、迷宮統括の任を担っている。とは言っても迷宮については研修局長と開発局長に全てお任せで、探宮班や救援班などの実働部隊を取り仕切っている現場馬鹿だ。まあ、広告塔として世間では一番名前が知られている協会職員だろう。


 千堂副支部長の隣が渉外統括の春田咲良はるたさくら副支部長。他の副支部長に比べてずいぶん若いが、その実力は折り紙付きだ。語学が堪能で数ヵ国語を駆使し他の海外支部と渡り合っていると聞いている。見た目は、可愛い感じでモデル体型でもあるので才媛らしく見えないが、無駄の無い的確な対応と非情とも取れる合理性が彼女の優れた資質と言えた。


「さて、緊急で君達に集まってもらったのは他でもない。看過できない事態が本日未明に異界迷宮内で発生したのだ」


「具体的には何が起こったのですかね?」


 冬木副支部長は興味深そうに天野支部長を見る。


「それについては春田渉外統括が説明してくれる。春田君、頼む」


「はい、それでは私の方から説明いたします……まず、こちらをご覧ください」


 にこやかに頷いた春田副支部長が手元の端末を操作すると、天野支部長の反対側の席の天井から投影スクリーンが降りてくる。そしてプロジェクターから映像が映し出された。


「こちらは昨夜、配信されたある探宮者のライブ映像です。ちなみに本人の発言によると今回が彼女の探宮デビューだそうです」


「はあ、何なのそれ? まさか、天野支部長様は探宮初心者のデビューライブを見せるために私たちを朝っぱらから参集したって言うの?」


 千堂副支部長が不満の声を上げる。秋良も、ただ事で無いことが起きたのではと身構えていたので、少なからず拍子抜けしていた。


「千堂君、文句は後で聞く。今は黙って春田君の説明を聞くんだ」


 天野支部長に一喝され、千堂副支部長は渋々従った。


「では、続けます……」


 春田副支部長が映像を再開すると、一人の少女と思われる探宮者がスクリーンいっぱいに映し出される。


「まさか……この娘、単独そろなのか?」


 秋良が真っ先にその事実に気付き、驚きの声を上げる。


 単独そろでの探宮は難易度が高い上に遭難率を飛躍的に上げる行為だ。今どき誰でも知っている常識であり、疑う者は皆無と言っていい。ましてや探宮デビューが単独なんて自殺行為に等しい。今すぐ止めさせるべきだ。

 秋良はそう、声を荒げようとするが、この映像がアーカイブであることに気付き、寸前で思いとどまる。


 マスクで顔を隠しているが、娘と同じくらいの年齢だろうかと推測しながら見ていると、彼女は自分のクラスが『魔王』だと宣言する。

 千堂副支部長は「何を馬鹿な」と失笑するが、天野支部長は固い表情を崩さない。秋良は、その事実に違和感を覚える。


 映像の中の少女は初心者らしさに溢れ、芝居じみた台詞と覚束ない行動に微笑ましさを感じた。


「ねえ咲良ちゃん、ずっとこんなもの見せられるの?」


 千堂副支部長が呆れ果てたように言うが、春田副支部長は「問題は次です」とだけ神妙に答えた。


「次?」と秋良が訝し気に画面を見つめると、自称『魔王』の彼女は自分のステータスを公開するようだ。


「な、何だと……」


 明かされたステータスは俄かに信じ難い内容だった。


「確かにクラスは『魔王』のようだね……えっ、探宮者名が表示されていない? そんな事例あるのかね、蘇芳君?」


「いえ、冬木さん。自分は初耳です。しかも、あり得ない事態と言って良いでしょう。それにこの能力値を見てください。とても初心者のレベルじゃありませんよ」


「さ、咲良ちゃん。これってフェイク動画よね。よく出来てるけど、こんなステータスの初心者いるわけないもの……」


「残念ですが、夏美さん。正真正銘、昨夜配信された動画に間違いないです。加工の痕跡も一切ありません」


「春田さん、それは本当なんだね?」


「ええ、不本意ながら」


 秋良が珍しく厳しい表情で真偽を問うと春田副支部長は言葉とは裏腹に笑顔で答える。


「天野支部長、このステータスは明らかにおかしいです。何らかの操作や加工がほどこされたのではないか思います」


「ほう、どうしてそう思うのかね?」


「彼女は初探宮と発言しているのに、何故レベルが3なんでしょう。さすがに矛盾が生じています。整合性が取れない」


「ほら、やっぱり何らかの不正が行われてるのよ」


 疑り深い千堂副支部長も秋良に同調する。


「もし、仮にそうだとしても、私はそのことも含めて尋常ならざる事態が発生したと考えている」


 天野支部長は重々しい表情で返答する。


「支部長、一つ確認して良いですか?」


「何だね、冬木君」


「彼女もこうして配信しているのですから配信アカウントがあるでしょう。そこから身元が割れませんか?」


 冬木副支部長が確認を求めると、天野支部長は春田副支部長に視線を向ける。


「冬木さん、すでに確認しましたが、配信は出所不明の闇アカウントからのようです」


「なら、迷宮への出入記録は? 入ったからには記録が残っているだろう」 


「……それが出入りの記録も一切残っていないのです」


「は?」


 冬木副支部長は口をポカンと開けたまま唖然とする。


「つまり、自称『魔王』の彼女は、どこからともなく現れて、いずこへかと忽然と消えてしまった訳です」


 春田副支部長の耳を疑うような証言を他の三人の副支部長は愕然として聞くしかなかった。


「しかも、それだけではないのだ」


 天野支部長は苦虫を嚙み潰したような表情で駄目押しを続ける。


「春田君、動画を最後まで見せてやってくれ」


「はい、支部長」


 春田副支部長は、驚きで固まっている秋良たちを尻目に動画再生を再開する。そして、続く動画には巨大なレッドドラゴンと死闘を繰り返す、いたいけな少女の姿が映っていた。


~~~~~

 あとがき

 第46話をお読みいただきありがとうございました。

 だんだん大事になってきました。

 まあ、あんなことしてたら当然ですがw

 身バレしなければ良いのですが……。

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