第43話 プライベート・コール

「うぇ~っ、気持ちわるぅ……」


 ぬるぬるになったボクは水たまり状のスライムの残滓ざんしに膝を付いて上半身を起こす。髪の毛から衣装までぬるぬるで、ぐっしょりだ。粘液が肌を伝う、べとついた感触に何とも言えない不快感を覚える。顔を隠しているマスクが外れなかったのが奇跡と言えた……スライムまみれで気持ち悪いけど。


 おまけに、ちょっと生臭い。そりゃ、迷宮を這って移動するんだから綺麗な訳がない。汚いゴミやらカビだのを体内に取り込んでいるのだろう。無味無臭ならゲーム的で可愛いのかもしれないが、生々しさが逆に現実リアルを感じさせる。


 ホント、気分は最悪と言っていい。ぬるぬる感が生理的に受け付けられないのもあるけど、二度と同じてつを踏まないと息巻いた結果がこれでは、あまりに情けなさ過ぎる。視聴者さんに何と言い訳して良いのやら……。自信満々だった少し前の自分を真剣に殴りたい。


 ただ、前にも言ったけど、ドロップアイテム以外のモンスターの亡骸は時間が経過すると消えて無くなってしまう。だから、このぬるぬるべとべとのエッチな状態も、あと数十分我慢すれば解消されるとわかっていた。けど、ボクは一刻も早くこの不快感から解放されたかったのだ。残された選択肢は一択。


「え~と、皆さんすみません。見ての通り、ちょっと問題が発生したので、しばらく休憩を取りたいと思います。ですので皆さんも、少しの間ご自由にお過ごしいただいて、再開するまでお待ちください。それほど時間は掛からないと思いますので、よろしくお願いします。それでは…………『プライベート・コール』!」


 その瞬間、全てのオルクスが配信を停止した。


 プライベート・コール ――とは、探宮者に個人のプライバシーに係る問題が発生した時に宣言できる特殊な行動だ。これを宣言すると全てのオルクスが配信を停止し個人のプライバシーが守られることになる。


 えっ、個人のプライバシーって何だって?


 そ、それは……ちょっとボクの口からは言いにくいけど、人間が生きていくには絶対に必要なあれこれだ。その辺は察して欲しい。


 ただ、その場合もオルクスは完全停止している訳でなく休眠状態にあるので、モンスターや接近許可を許していない他の探宮者が一定範囲に近づくと自動的に復帰し、相手の姿を配信することで探宮者の安全性を担保しているのだ。つまり、ヴォイヤーの目的の一つである探宮者の安全確保と、探宮者のプライバシーの両方がプライベート・コールの機能によって保たれている訳だ。


 そうそう、時々自分の探宮を配信したくない人が、プライベート・コールを宣言したまま探宮しようするけど、オルクスには感知範囲があり自動復帰もするため、そういう行動をしても無駄に終わることがほとんどだ。そもそも、配信拒否という行為自体が迷宮法違反で通報案件なのではあるが……。


 ちなみに……さらにぶっちゃけて言うと初心者特化のD級迷宮や人の出入りが多いハブ迷宮には迷宮協会が設置した簡易トイレが要所要所に置かれていたりする。なので、そういう迷宮では人目ひとめを気にせず用を足せるので安心だ。この手の話題は女性探宮者にとって、わりと死活問題で、Z(旧whisper)やMyTubeでも迷宮内での配置場所など、よく話題に上っている。


 あ、そうだ。これも言っておかなくちゃ。


 それら個人由来による生産物も、モンスターの亡骸と同様に数十分で跡形も無く消え失せてしまうのだ。理由は不明だけれど、異界迷宮ではそういう仕組みになっており、流した血とかも同じ扱いとなる。まあ、死んだ場合も魔結晶を残して肉体が消え失せるぐらいなので、命が無くなったものは迷宮内に存在できないのかもしれない。


 結論、迷宮内で自分の残した廃棄物に悩むことは無い……以上。(わりかし重要)


 あと、それ以外の例として、よくプライベート・コールされるのは就寝時だ。誰しも寝姿を見られたくないし、寝言も聞かれたくないだろう。なので、多くの探宮者は迷宮内で寝泊りする際にプライベート・コールを宣言することが多い。中にはそれを逆手にとって配信数を稼ぐために、わざわざ就寝中の姿を実況配信する女性探宮者つわものもいるらしいけれど。


 ついでに言うと、プライベート・コール中の18禁行為は禁止にはなっていないけれど、非推奨だ。風紀的な問題もあるし、間違って配信した場合、即垢BANとなるのは必至だろう。

 いろいろと、よくない噂も聞いたりはするけど、高校生になったばかりのボクは、その方面には全く疎かったりするので、良くわからない。ボクも追々、知ることになるのだろうか?



 とにかくだ。プライベート・コールで得た貴重な時間を無駄には出来ない。ボクは『証の腕輪』を嵌めている左手を目の前に付きだすと、


「サモン・ルーム」と叫んだ。


 すると目の前に、ありふれたワンルームマンションの玄関ドアが現れた。もちろん、『魔王の憩所いこいじょ』の出入口だ。


「ユニ君、ただいま」


 ボクはドアを開けると靴を脱ぎ散らかしたまま、シャワールームに駆け込む。


【お帰りなさい、主様】


「悪いけど、脱いだ衣装もう一度再生成してくれる?」


 シャワールームに入ると、着ている衣装を脱ぎ捨て真っ裸になり、ユニ君にお願いする。


【かしこまりました】


「あ、それと再生成するとき、ドレスのスカートの丈を短めにしておいて」


 全ての元凶を修正するのを忘れない。二度とこんな目にあうのはごめんだ。




「ああ……気持ちいい」


 頭から温かいシャワーを浴び、ぬるぬるを洗い流す。時間が無いため、あおいちゃんに見られたら激怒されそうな洗い方で髪と身体を適当に洗うと、バスタオルを掴んでリビングに移動する。真っ裸マッパだけど、ボクしかいないのでセーフだ。

 身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かしていると、ユニ君から再生成完了の報告を受ける。


「ありがとう、ユニ君。さっそく着替えるよ」


 さすがに視聴者さんを長く待たせるのはよろしくない。


「ん?……あれ?」


 再生成したコスプレ衣装を着てみたのだけれど……。


「……ちょっと短すぎない?」


 足元ぎりぎりまであったドレスの裾は、現在膝上10cmだ。いわゆるミニスカートですよね……って、ユニ君?


「ユニ君、短めって……」


【はい、仰せの通りミニスカートにいたしました。参考資料としていただいた「同人誌?」なる書籍も参考にし、忠実に再現いたしました】


「…………」


【何か不都合がございましたか? であるなら、すぐに修正を……】 


「いや、いい。大丈夫だよ、その代わり……」


 あんな資料を渡して『短く』と言われたら、こうなるのは仕方ない。落ち度はボクにある。それにこれならドレスの裾を踏んづけることは決して無いだろう。うん、問題ない。


 ただ、そうなると別の懸念が生じる。


「ユニ君に生成してもらいたい物があるんだ」



◇◆◇◆◇◆◇



『うぇ~っ、気持ちわるぅ……』



初見好き:うわっ、ぬるぬるだ


迷宮管理人:まさに『お約束』通り(笑)


闇の屍者:これこれ、これを待ってたんや!


迷宮管理人:面白枠だと思ってたけど、意外と……エロい


サコツ大好き:えろカワだ!


ミヤマモクセイ:ベチャァ!


やっちん:いいぞ、もっとやれ


CATFIGT:なかなかですなw


またさぶろう:大丈夫?


猫の肉球:初見で~す。面しれえ女?


山田の名無し:なんか面白いと聞いて


ロキソ忍者:ぬるぬるは良いぞ


MARU:ヤバい新人が現れたって?


迷宮管理人:おっ、どんどん人が増えてる!



『え~と、皆さんすみません。見ての通り、ちょっと問題が発生したので、しばらく休憩を取りたいと思います。ですので皆さんも、少しの間ご自由にお過ごしいただいて、再開するまでお待ちください。それほど時間は掛からないと思いますので、よろしくお願いします。それでは…………【プライベート・コール】!』



初見好き:了解です


闇の屍者:ぬるぬるのままで、いいんやで


迷宮管理人:ここでプライベート・コールか。まあ、順当だな


サコツ大好き:自分も休憩します!


またさぶろう:無理しないで


猫の肉球:えっ、もう休憩?


山田の名無し:来たばっかりなのに


闇の屍者:我慢しぃ、生理現象は誰にも止められへん


山田の名無し:トイレ休憩なの?


CATFIGT:勘の鋭い子は嫌いだよ


迷宮管理人:普通に着替えだと思うけど



~十数分後~



初見好き:あ、戻ってきたみたい


闇の屍者:ほんま、待たせなや


迷宮管理人:やっと帰ってきたな。暇だったんでZに書き込みしてたよ


サコツ大好き:お帰り~!


初見好き:えっ!?


闇の屍者:な、何やて!


迷宮管理人:そ、その恰好は……


サコツ大好き:ますますカワよ


またさぶろう:お帰り……!?


猫の肉球:ミニミニだ!


山田の名無し:これは期待できる


ロキソ忍者:はあはあ……ロリがミニ


MARU:お巡りさん、こいつですw


初見好き:…………


闇の屍者:…………


サコツ大好き:…………


ミヤマモクセイ:…………


やっちん:…………


CATFIGT:…………


迷宮管理人:人が多くてコメが流れて拾えなくなってる……


~~~~~~

 あとがき

 第43話をお読みいただきありがとうございました。

 次回から、実況コメントは視聴者数が増加したため抜粋となります。

 古参メンバーは引き続き登場すると思います。

 よろしくお願いいたします。

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