第42話 D級迷宮

 

 両開きの扉を両手で開けて進むと、そこはもうD級迷宮だ。


 遠くに扉が見えるが、そこまで一直線に石タイルの廊下が続いている。見回すと思いの外、天井は高く道幅もかなり広い。前衛職が横に二人並び、さらに武器を振り回しても余裕の空間だ。戦闘に慣れていないパーティが探宮するには打って付けの環境だろう。また、壁や天井に生えたヒカリゴケのせいで迷宮自体がうっすらと輝き、灯りを持たずとも視界は良好だ。


 まさに至れり尽くせりで『ザ・初心者ビギナー用』って感じの迷宮と言えた。連休や夏季休業中ともなれば、学生が溢れかえり、人気の遊園地と見紛うほどの盛況ぶりと聞く。GWの今日だって、昼間なら人でいっぱいだったに違いないが、さすがに深夜は人っ子一人いない。前にも書いたが、そもそも未成年は深夜探宮禁止なので、この時間に初心者が探宮することは、ほとんどない(ボクのような例外はいるけど)。


「まるで貸し切りみたいですね?」


 大人数パーティが広々使える空間に、ぼっちでいると何だか寂しい。つい、心細くて視聴者リスナーさんに向けて話したくなる。


『ホントだね』


『独り占めだ』


 なんて声が聞こえてきそう。


「先へ進みますね」


 ボクは注意深く通路を進んだ。とりあえず、一番奥にある扉を目指すことにする。


 と考えた矢先、目の前の床が急に膨らんだ。いや、何かが染み出して盛り上がった。


「あ、スライムです」


 床から湧くように現れたのは初心者相手の定番モンスター、スライムだ。


 『魔王の憩所いこいじょ』の特訓の間でさんざんお世話になったので、別に驚いたりすることなく剣を構える。


 え? クラス『魔王』なのに前衛職かって?

 仕方ないでしょ、魔法苦手だし、独りソロなんだから。


 ちなみに今、構えている小剣は一番最初に『魔王の憩所いこいじょ』の特訓の間で拾ったものだ。

 この剣、生意気にも魔法の剣でけっこう優秀だった。少なくとも低レベルの探宮者が持てる代物ではないらしい。

 ユニ君に聞いたら、最初からあそこに置いておく仕様になっているそうで、ユニ君自身もそれが何のためにそうなっているのか記録にないとの話だ。

 また、仮に試練に失敗して撤退するにしても戦利品として持ち帰れるらしいいから『参加賞』的な意味合いもあるのかもしれない。

 まあ、どちらにしてもボクにとっては有難い話なので、理由なんかどうでも良かった。


 とにかく目の前のスライムだ。


 『やった、スライムだ!』


 『わくわく……』


 何となく視聴者さん達の心の声が聞こえた気がする。 


 ボクは知っているのだ。

 視聴者さん達がボクの身に起こる『お約束』に期待してるってことを……。



 ふふっ、残念だったな。

 決して、視聴者さんきみたちの思惑通りになんてならないから。


 何故なら、すでにボクは経験済みなのだ。

 あの日のボクのような過ちは二度と繰り返さない。

 もう、ぬるぬる地獄はごめんだ。

 

 本来、スライムあいつらと戦う場合、盾持ちの戦士か遠距離攻撃……弓矢や魔法で戦うのが定番だ。

 でないと、あのスライム爆発の洗礼を受けることになる。低レベルのスライムなら、ぬるぬるになるだけで済むが、高レベルになると毒や酸のスライムもいるので、対処法は重要だ。


 そして、初心者はわかっていても経験不足のため、あの洗礼を受けることが多い。それを密かに楽しみにしている初見好き視聴者リスナーも一定数いると聞いている。悪趣味ではあるが、他人ひとの性癖についてはコメントは避けよう。


 端的に言ってしまえば、可憐な女の子であるボクがスライムとの戦闘で、ぬるぬる地獄に陥ることを期待している紳士へんたいが一定数いるってことだ。


 おい、わかってんだぞ、ごらぁっ。


 「おまいらの期待通りに、なってやるもんか!」


 そう叫んだボクはスライムに向かって突進した。


 え? 前と変わらないって?

 学習してないんじゃないかだって……。


 ふっ、ボクはもうレベル1あの時のボクじゃない。見てろよ!


 ボクはスライムの中に浮かぶ核を見極めながら、すれ違いざまに小剣で横薙ぎにする。太刀筋は綺麗に核の中心を切り裂き、上下に真っ二つにした。瞬間、スライムは大きく膨張し爆発する。 

 しかし、核を切り裂いたボクはそのまま走り抜け、その爆発範囲から遠ざかっていた。


 くはは、どうだ。スライムぬるぬるの一滴さえボクにかからなかったぞ。

 これが、レベル3の実力なのだ。

 見事に連中の期待を裏切ってやった、うん満足。


 視聴者達の地団駄を踏む姿を想像をしてニヤニヤしながら、倒したスライムに近づく。念のためドロップアイテムを確認するためだ。


「いやあ、視聴者リスナーのご期待に沿えなくてごめんね。ボ……私、天才だか……あっ」


 調子に乗ったのがいけなかったのか、はたまた戦闘が終わって気が抜けたのがいけなかったのか……。


 ボクは再びドレスの裾を踏んづけていた。


 べしゃり…………。


 ボクは頭からスライムの水たまりに突っ込んでいた。



◇◆◇◆◇◆◇


『あのぅ……もう今更なんで普通にしゃべることにしますね』



初見好き:あ、諦めた


闇の屍者:こいつ、開き直りやがった


迷宮管理人:まあ、実際に今更だし


闇の屍者:最後までキャラを押し通せよw


サコツ大好き:普通もいい!



『え……と、クラスは正真正銘『魔王』です。初心者で今日が初探宮です。名前は訳ありで言えません、ごめんなさい。これからも、このくらいの時間に出没するつもりなので、今後ともよろしくお願いします。あ……一応ステータス画面も見せますね』


初見好き:え、魔王? ホントに?


闇の屍者:魔王なんて、嘘に決まっとる


迷宮管理人:名前言えないって言ってもステータス画面見れば一発でしょ


闇の屍者:お、ステータス見せてくれるんかい


サコツ大好き:見せて見せて!



『こんな感じです……あ、信じるか信じないかは視聴者さんにお任せしますけど……』



初見好き:え!?


闇の屍者:何やと


迷宮管理人:これは……?


闇の屍者:ほんまに魔王になっとる


CATFIGT:初心者でしょ? 数値がバグってない


サコツ大好き:惚れちゃう!


迷宮管理人:確かに探宮者名も空白になってる……こんなことありえない


CATFIGT:そもそも初探宮なのにレベル3って?


やっちん:チートじゃないの


迷宮管理人:今まで不正は不可能と言われてきたが……?



『えと……でも名無しじゃ、皆さんも困ると思うので、ボ……私の探宮者名を皆さんで考えて欲しいです。もし、良い名前が思いついたらチャット欄に書き込んで下さいね。お願いします』



初見好き:魔王少女マオー


闇の屍者:自称魔王(メスガキ)


迷宮管理人:ポンコツ大魔王


サコツ大好き:マオマオ!


ミヤマモクセイ:まおー様、まおーちゃん


やっちん:ろり魔王


CATFIGT:ドジっ娘マオちゃん


またさぶろう:UNKNOWNから『あのん』ちゃん


迷宮管理人:何か、人が増えてきてない?



『そ、それじゃ。これからD級迷宮に挑もうと思います』



初見好き:がんばって


迷宮管理人:ホントに独りで大丈夫か?


闇の屍者:どうなるんやろ


サコツ大好き:がんばえ―!



『まるで貸し切りみたいですね?』


初見好き:ホントだね~


闇の屍者:夜やからな


迷宮管理人:人が多いよりはいい


やっちん:ぼっちなだけでしょ



『先へ進みますね』



初見好き:了解!


闇の屍者:はよ、行け


迷宮管理人:ちょっと楽しくなってきた


サコツ大好き:ドキドキ!



『あ、スライムです』


初見好き:あ……


闇の屍者:やたっ、スライムや!


迷宮管理人:これは期待できる


サコツ大好き:マオマオ、気を付けて!


やっちん:待ってました!


CATFIGT:お約束は大事



『おまいらの期待通りに、なってやるもんか!』



初見好き:キレたw


闇の屍者:言い切ったな、責任とれよ


迷宮管理人:これはまた伏線か


サコツ大好き:カッコいい!


やっちん:いきなり口が悪くなった


CATFIGT:嫌な予感しかしないw



『いやあ、視聴者リスナーのご期待に沿えなくてごめんね。ボ……私、天才だか……あっ』



初見好き:あっ……


闇の屍者:また、コケよった


サコツ大好き:マオマオ危ない!


やっちん:こ、これは……!


またさぶろう:うん、知ってた


CATFIGT:期待は裏切らないw


迷宮管理人:やっぱり伏線回収だったか(笑) 


~~~~~

あとがき

 第42話をお読みいただきありがとうございました。

 今回はキリの良いところまで書いたので少し長めです。

 つくも君のポンコツぶりがわかってきましたねw

 はたして、ぬるぬる地獄に落ちたつくも君の運命やいかに……。

 

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