第31話 もっと慎重に生きよう
蒼ちゃんの『探宮者になる』宣言から一夜明けた。
昨日の帰りの車の中は非常に重苦しい雰囲気でめちゃくちゃ気まずかった。誰一人しゃべらず、自動車の走行音だけが妙にはっきり聞こえ、普段ならおしゃべりが止まらないさくらでさえ空気を読んだのかずっと黙ったままだった。(単に眠かっただけかもしれないが)
先に蒼ちゃんの家に寄って二人を降ろしたので、あのあと蒼ちゃんと紫おばさんがどんな会話を交わしたのかは知らないけど、朝迎えに来た蒼ちゃんの表情は晴れやかとは言い難かった。仲の良い二人だから、そこまで酷いことにはなっていないと思うけど、けっこう二人とも頑固だから平行線になっているかもしれない。
朝の挨拶を交わしたあとの蒼ちゃんは、普段とまったく変わらない様子で会話を続けている。いや、いつもより少し饒舌な感じか。たぶん、相当無理をしているに違いない。気にはなるけど、親子の問題だしボクがどうこう言える立場では無いので、あえてその話題には触れずにいた。
いつも蒼ちゃんにお世話ばかりかけているボクとしては、こんな時こそ何かしてあげたいと思ったのだけど、ボクに出来そうなことが何も思い浮かばない。
自分が酷く無力に思えたけれど、とにかく学校に着くまでの間、蒼ちゃんが落ち込まないように会話を途切れさせないことぐらいしか出来なかった。
ただ、それで少しは気が晴れたのか、教室に入る頃には蒼ちゃんはいつもの笑顔を少しだけ見せてくれるようになっていた。ほんの僅かでも蒼ちゃんの役に立てたのなら幸いなのだけれど。
ちなみに今日の日程は身体測定とスポーツテスト(新体力テスト)だ。
女子としての参加は初めてだったから少し緊張したけど、特筆すべきことは何も無かった。健診は体操服を着てたし、身長・体重・座高・視力聴力検査ぐらいで、噂に聞く胸囲測定なんてものは無かった。何でも今は様々な理由で廃止されてるらしい(いまだに行う学校もあるとも聞いたが)。
それと、いろんな意味で心配なX線検査や心電図検査は、また別の日に行うとの話だ。まあ、ボクの場合は先日大学病院で精密検査を受けたばかりなので、その時の検診結果を提出すれば良いそうなので免除となるらしい。た、助かったのか?
そして、スポーツテストの方はと言うと、何とか常人を演じ切ってみせた。正直どのくらいの結果を出せば、一般的な女子高生なのかよく分からなかったので、サンプルとして一つ前の順番の相川さんを基準にするしか無かった。とにかく彼女以下の成績を目指せば良いと考えた訳だ。
結論から先に言うと、その試みは半分成功で半分失敗だった。実は相川さん、中学時代は陸上部(先に知りたかった情報だ)に所属していて、それなりの成績を上げていたらしい。なので、それに合わせたボクの成績を平均よりかなり上という結果になってしまったのだ。まあ、高校生の身体能力の範疇なので、ぎりぎりセーフと言ったところかもしれない。
ただ、ボクの身体能力の人外さがバレている翠ちゃんにはとても不評で、「手加減するのは良くないと思います」と真面目に諭された。仕方が無いので「ここで本気を出すと探宮部じゃなくて陸上部に入れられちゃうけど、いいの?」って聞いたら、何も言わなくなった。うん、素直で可愛い娘だ。
と、まあいろいろあったけど、何とか一日を無事終えることができた。放課後に蘇芳さんに入部の意思を伝えに行くと、前に言ったとおり明日の部活動説明会が終わるまで待つと言われた。どんな部活動があるかわからない内に入部してもらうのはフェアではないというのが蘇芳さんの言い分だ。
まったく、律儀と言うか真面目と言うか、ちょっと侍っぽいところを感じる蘇芳さんらしくて嫌いじゃなかった。
それと、件の別クラスだという未知の探宮部員の子は家の用事で先に帰宅していたので会わずじまいに終わった。会うのが怖かったけど、ほんの少しだけ楽しみにしていたのも事実で、ちょっと残念に感じた。
◇◆◇
学校から帰宅したあと、ボクは夕飯もそこそこに異界迷宮へと潜っていた。
昨日は迷宮街でいろいろあって、さすがにボクも疲れたので夜の特訓を自粛して早々と床に就いたので、昨日の分を取り返す意味もあり、早めに異界迷宮に入ったのだ。まあ、昼間のスポーツテストで能力を制限していたせいで、ストレスが大いに溜まっていたこともあり、発散したい気持ちも無いとは言えなかったけど。
「え? まさか……」
いつものように何体かのモンスターを倒し、休憩しているときに何気なくステータス画面を見ていたときのことだ。レベル3になってから妙に強くなったと不思議に思っていた理由が判明した。
【『魔王の
なんと、魔王レベルが3にレベルアップしたときに『魔王の
「なるほど、そのせいで前よりモンスターが倒しやすくなってたのか」
ステータス上昇はしていないが、常時発動スキルの身体強化は実質上のステータスアップと言っても過言ではない。同レベル帯の探宮者より頭一つ強くなれると考えてもいいだろう。
「さすが魔王固有スキル、ぶっ壊れてるな。それにしても……」
なんか、ますます前衛タイプのキャラになってきた気がする。本来の魔法職なら得られる魔法に対する恩恵も、そもそも魔法がほぼ使えない状態だと意味をなさない。まさに魔法職、失格だ。
ホント、魔法が使えない魔王じゃ、もう魔王とは名乗れないんじゃなかろうか。いっそ、戦士系クラスでも詐称しようか? いや、さすがに戦士系スキルが無いから、それは無理か。
ん、待てよ。よく考えると現実の世界のボクも身体強化されてるってことだよね。
ふと、昨日の不良たちとの戦闘を思い出して青くなる。無意識に殺さないレベルに手加減出来ていたが、もし本気を出していたらどんな惨状になっていただろうか。考えただけでも恐ろしくなる。
「うん、これからはよく考えてから行動しよう。もっと慎重に生きなきゃ」
ボクは心の中で固く誓った。
後に、この誓いがボクにとっていかに難しいことか、痛感する出来事が何度も訪れるとは、当時のボクは知る
~~~~
あとがき
第31話をお読みいただきありがとうございます。
リアルが引き続き忙しいため、しばらくは週一更新となります。
お読みいただける方がいる内は頑張って更新を続けたいと思っています。
コメント、応援をいただけるとモチベも上がりますので、ぜひともよろしくお願
いいたします。。
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