第30話 母と娘



「で、あおいちゃんどうするの?」


 出て行った三人を見送ったあと蒼ちゃんに視線を戻して聞いてみる。


「悪くない話だったと思う。ううん、むしろかなり魅力的な提案だと感じたかな」


「まあ、そうだよね。七月生まれの蒼ちゃんからしたら、前倒しで始められるのは大きなメリットだし、それに……」


「それに?」


「ボクも蒼ちゃんと一緒にスタートできるなら嬉しいもん」


「っ……」


 あれ? 急に真っ赤になったけど。


「つくも君、そういうとこホント、ズルい」


 なんか非難された。何でだ?


「ま、まあ……とにかくそれも大事なことだけれど、さっきの話にはもう一つ大きなメリットがあるんだ」


「え、そうなの?」


「うん、知ってると思うけど、異界迷宮探宮の資格を取るには筆記試験と実地試験があるでしょ。そのための講習ってそれなりに時間がかかるんだよ」


「ああ、確かにそうかも」


「だから、短時間の講習を一カ月くらいかけてやるか、夏休みとかの短期間で集中してやったりするの」


「うん、それで……?」


 まだ、ピンとこない。


「4月に始められるってことはゴールデンウイークが講習に使えるんだよ」


 ああ、なるほど。


「そうなれば5月の終わりには本格的な探宮が出来るようになる……これはけっこう重要なことなんだ」


「そ、そうなの?」


 ごめん、不勉強で……今一つ重要さがわからない。


「探宮者って配信者も兼ねてるでしょ。だから、名前を売るのに早いに越したことは無いんだよ。何よりも夏休み前に実績が作れるのは大きい」


 今度こそ、なるほどだ。ボクも学生だからわかるけど、夏休み中だらだらとMytubeを見てたりするもん。ターゲットである学生の視聴者数が増えるってことは大事なことだ。


「じゃあ、蘇芳さんの申し出を受けるってことなの?」


「それはそうなんだけど……」


 蒼ちゃんはボクをじっと見つめて口を濁す。何か、いつもの蒼ちゃんらしくない。


「受けられない理由でもあるの?」


 不思議に思って聞いてみると、蒼ちゃんの視線がますます強くなる。


 意味がわからなくて、きょとんした目で蒼ちゃんを見つめ返していたら盛大に溜息を吐かれた。


「はあ……つくも君に期待した私が馬鹿だった」


 え、ボクが悪いの?


「よくわかんないけど……ごめん」


 とりあえず謝ると蒼ちゃんは、やれやれと言った顔をする。


「謝んなくていよ、これは私の問題だから」


「そうかもしれないけど、ボクが原因なのは何となくわかるよ」


「大丈夫、もう自分なりに消化できたから……なので、つくも君が良いなら蘇芳さんの話、受けようかと思うけど、どうする?」


「あおいちゃんが良いならボクは良いよ。さっき聞いた通りメリットも多そうだし」


「じゃ、決まりね。明日、蘇芳さんには答えておくから」


 蒼ちゃんがそう結論付けたとき、会議室のドアが開いた。




「つくも兄ちゃん!」


 ドアが開かれると同時に飛び込んで来たのは妹のさくらだ。


「さくら?」


 驚いて抱きとめると、さくらを追うようにボクの母さんが入って来る。


「つくも、大丈夫なの?」


「心配かけてごめん。ボクは大丈夫だから」


 警察がどういう連絡をしたかはわからないけど、心配げな母さんを安心させようとカラ元気で答える。


「なら、いいんだけど。ホント、最近のつくもには驚かされてばっかりなんだから。警察から電話があったとき、あんたがその姿を悪用して女の子に何か悪さでもしたんじゃないかと心配したのよ」


 そっちの心配かよ。


「そんなことあるわけないだろ」


 まったく失礼な。この身体になってからは、女性に対してはずっと賢者モードのままなんだから……ううっ、言っててちょっと虚しい。

 あ、でも別に男性に対してどうこうってのも全然ないからね。


「蒼……」


「お母さん?」


 声のする方を見ると、ボクの母さんの隣に蒼ちゃんのお母さん……むらさきさんが立ちすくんでいた。


「これは、いったいどういうことなの? 蒼、何で迷宮街に?」


 紫さんの問いかけに蒼ちゃんが俯く。


 あ、これ。探宮者になろうとしてたのを内緒にしてたパターンだ。


「あの……おばさん。ボクが無理やりあおいちゃんを誘ったんです。あおいちゃんはそれに付き合っただけで……」


 機転を利かせて、紫おばさんに言い訳を試みる。


「あの……あなたはどちら様ですか?」


 し、しまったぁぁ! 女の子になったボクと紫おばさんは初対面だった。


「え……と、ボクあおいさんと同じクラスの……」


 ヤバイ、名前が思い浮かばない。どうしよう……。


「ねえ、ユキ。今、あなたこの娘こと、つくもって呼ばなかった?」


「言ったわよ」


「か、母さん!」


「つくも、誤魔化すより正直に話す方が良いと思うわよ。紫は私の親友だもの。悪いようにはならないと思うな。それともあんた、蒼ちゃんのお母さんにずっと言わないでいるつもりなの?」


「そ、そんなことは……」


「なら、話しなさいよ。それとも私から話した方がいい?」


「いや、ボクから話すよ」


 そんなわけで蒼ちゃんのお母さんにもTS病の話をして、これまでの経緯を説明した。


「……そんなことがあったの。大変だったのね、つくもちゃん。それで蒼が最近ユキの家に毎日のように行ってたのね。ずっと不思議に思ってたのよ」


「ごめんなさい」


「いいのよ、謝らなくても。病気のこと、話したくないのは普通だもの」


「……はい」


 病気でなく魔王ほんとうのことを話せないことに罪悪感を感じた。


「それより、蒼。あなた、本当に探宮者になりたいの?」


 蒼ちゃんのお母さんはボクから俯いている蒼ちゃんに視線を移した。

 

「うん、なりたいのは本当だよ」


 蒼ちゃんは目を合わせず、ぽつりと言った。


「そ、そうなの……何で言ってくれなかったの? うちのお金のことを心配してくれたからだと思うけど、蒼が無理しなくていいんだからね」


「無理なんてしていない……」


「じゃあ、何で私に……」


「言うと反対されるの分かっていたからだよ」


 蒼ちゃんは顔を上げて強い調子で答えた。


 紫さんに口答えした蒼ちゃんにボクは密かに驚く。親一人子一人ということもあって蒼ちゃんと紫おばさんはとても仲が良かった。なので、おばさんに反抗する蒼ちゃんの姿なんて今まで見たことなかったのだ。


「蒼……」


「とにかく私、つくも君と探宮者になるって決めたから」


 蒼ちゃんは取り付く島もない様子で紫さんとの会話を一方的に打ち切った。


~~~~

 あとがき

  金曜日は更新をお休みして大変申し訳ありませんでした。

  諸事情でリアルが忙しくなってしまったので、当面の間は週一更新となりま。

  また、それに伴い更新時間も深夜に変更いたします。

  ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。


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