第29話 探宮部
「本当なの、それ?」
蘇芳さんの言葉に蒼ちゃんは目を見開いて詰め寄る。
蒼ちゃんが前のめりになるのもわかる。7月生まれの蒼ちゃんは本来なら7月にならないと異界迷宮に入れないのだ。今の話だと3カ月も前倒しで入れることになる。
「本当さ。特例として認められているんだ。何でも4月から始まる部活動において誕生月によって始められる時期が違うのは不公平なのだそうだ」
「
常磐さんも同意するように補足する。
「ま、建前はそうなってるが、あたしの聞いた話では、高校生に探宮者のすそ野を広げるに当たって迷宮協会と文科省の間で話し合いがあったらしい。その時の条件の一つに部活動に限って前倒しすることが認められたって訳だ」
ちなみに『探宮競技』と言うのは正式にスポーツとして確立しており、決められた異界迷宮内でタイムトライアルや獲得アイテムなどを競う競技のことだ。ただ、あくまで競技なので、『探宮競技部』として得た報酬は原則、学校の収益となる。
それに対し、一般的な探宮を行う部活動は『実践探宮部』と呼ばれ、競技大会には出られない代わりに報酬を得ることが出来る。そして、大会実績が無いと言うことは当然学校の成績には反映しない。まあ、簡単に言えばクラブチームに参加しているサッカー選手がほぼ参加しない校内のサッカー部に所属してるイメージか? いや、ちょっと違うか。
あと、学校教育としての体裁を整えるためか『実践探宮部』にも顧問は必要なのだそうだ。
「どうだい、悪い話じゃないだろう?」
「興味深い話だけれど……それで蘇芳さん、あなたの目指す探宮部は?」
「無論、『実践探宮部』に決まってる。『探宮競技部』なんてのは本物の探宮とは言えない。決められた迷宮の中でルールに沿った探宮するなど何が面白いんだ?」
興味を隠しきれない蒼ちゃんの質問に蘇芳さんは苦々しげに答える。
「それには同意ね……わかった。前向きに考えとく」
「おう、期待してる」
「ただ、入部したとしても実際にパーティーを組むかは別問題だからね」
「それはもちろんさ。あくまで部を成立させることが重要で、そういうことは異界迷宮に入ってから考えればいい」
どうやら、蘇芳さんと蒼ちゃんの利害は一致したようだ。
「良かったですね、朱音さん。二人が入部して下されば、部活立ち上げに必要な最低人数の5人に達します」
「まだ入ってくれると決まったわけじゃないがね」
そう言いながらも手応えを感じているのか蘇芳さんは余裕ありげだ。
あれ、ちょっと待って。今、5人って言わなかった?
「ねえ、蘇芳さん。今、ここに4人しかいないけど、あと一人は?」
「ああ言ってなかったな。あとの一人はあたしと同じ中学出身で今は別のクラスの女子だ。変わってるが面白いヤツだから、君らもきっと仲良くなれるだろう」
う~ん、蘇芳さんが変わってると言うからには相当変わってると思って間違いない気がする。ちょっと会うの怖い。
「まあ、今後ともよろしく。良い返事を待ってるよ」
蘇芳さんは期待を隠さず嬉しそうにボク達へ笑顔を見せた。うん、彼女のファンなら確実に堕ちるだろうイケメンスマイルだ。
◇◆◇◆◇◆
しばらく雑談をしていると、ノックの音がして会議室のドアが開いた。
「常磐翠の家の者ですが、こちらに妹がいると聞いて……」
「お兄様!」
迎えに来た保護者は常磐さんのお兄さんのようだ。背の高いすらりとしたイケメンで大学生ぐらいに見えた。
「翠、大丈夫だったのか?」
「はい、何とか……」
「そうか、安心したよ。警察から連絡を受けて急いで来たから細かい説明はまだなんだ。翠、いったい何があったんだ?」
「実は……」
常磐さんは先ほど蘇芳さんにしたのと同じ説明をお兄さんに繰り返した。
「なるほど。そんなことが……」
そう言うとお兄さんは蘇芳さんと同じようにボクに向き直る。
「僕は翠の兄の『常磐千草(ちぐさ)』と言います。妹が危ないところを助けていただいたようで何とお礼を言っていいか……本当にありがとうございました」
千草さんは深々と頭を下げる。家柄も良く優しそうで礼儀正しい、さらにイケメン。さぞかし女性にモテるだろう。
「いえ、別にたいしたことは……」
ボクは先ほどと同じように謙遜する。
「いえ、いずれ日を改めて必ずお礼をいたしますが、時間も遅いですし本日はこれにて失礼させていただきます……翠、帰られるか?」
「はい、いつでも大丈夫です」
「そうか、では帰ろうか」
「あ、あのお兄様、お父様とお母さまは……」
「二人は仕事だ。だから僕が迎えに来たんだ。わかっているだろう?」
「…………はい」
常磐さんの表情がふっと暗くなる。
「では一色さん、今日は本当にありがとうございました。翠、君もお礼を言いなさい」
「つくも様、ありがとうございます」
「どういたしまして」
ボクの返答に一礼した千草さんは翠さんの隣にいる蘇芳さんに声をかける。
「朱音君も来てくれてありがとう。おかげで助かったよ。良ければ送っていくけど」
「まあ、あたしにも責任の一端があったからね。でも、送ってくれるのは有難いな。翠も心細そうだし一緒に帰らせてもらうよ。じゃ、一色、紺瑠璃、明日学校でな」
そう言うと三人は退出し、ボク達二人が会議室に残された。
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あとがき
第29話をお読みいただきありがとうございます。
★評価やコメントお待ちしています。
前回も書きましたが急にリアルが忙しくなってしまい
更新が週一になるかもしれません。
よろしくお願いいたします。
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