第26話 事情聴取


 その後、ボク達は迷宮会館内にある迷宮協会へと事情聴取のために連行された。一方、不良探宮者達は迷宮街にある派出所の警察官に引き渡されている。

 事情聴取は先ほどボクの隣にいた探宮者さんが管轄の刑事さんとの同席で行うようだ。


 ボクも詳しく知らなかったけど、どうやらこの人は迷宮協会に所属する探宮者であると同時に『迷宮保安官』と呼ばれる特別司法警察職員なのだそうだ。ちなみに『迷宮保安官』は『迷宮法に関する国際連合条約』により迷宮街と公界である異界迷宮内での逮捕権と捜査権を有しているらしい。ただ、あくまで迷宮内に限定された司法権であるため迷宮の外では管轄警察署の警察官が同席して聴取し、その後の留置・拘留も管轄警察署に引き渡す流れになっているとの話だ。


 とは言ってもボクと常磐さんは事件の被害者なので(ボクの場合は過剰防衛の線も否定できないが)、事実を述べるだけにとどまった。また、路地裏には監視カメラは無かったが表通りの方にはカメラがあり、出入りする彼らの様子がバッチリ記録されていたので言い逃れは出来ないようだった。


 もちろん、ボク達の聴取も二人同時ではなく別々に行われたため口裏を合わせることも出来なかったので、ボクが力で彼らを一掃した件も含めて正直に答えるしかなかった。多少は驚かれはしたが、護身用に古武術を習っていたと言うと一応信用してくれた。ただ、あまりやり過ぎないようにと注意を促された。場合によっては逆に訴えられることもあるからだそうだ。



◇◆◇



「で、つくも君。私にも納得できるような説明をしてくれるんだよね?」


 蒼ちゃんがにこやかな笑顔でボクに尋ねる。ちなみに目は全く笑っていない。


 警察と迷宮協会の事情聴取から無事解放され、警察から連絡を受けたボク達の保護者が迎えに来るまでの間、迷宮協会の会議室で待つことになった。広い会議室の片隅のテーブルにボクと蒼ちゃん、向かい合わせに常磐さんが座り、やっと一息付けると思ったら、引き続き蒼(刑事?)の厳しい取り調べが待っていたのだ。


「え……と、まず最初にごめん、黙っていなくなっちゃって。たくさん心配かけたことも謝る。全面的にボクが悪いことをも認める。言い訳もしない。あおいちゃんの気が済むなら、何だってするから……」


 ひたすら、ボクは蒼ちゃんに平謝りする。実際の話、ここで待っていてという約束を守らなかったボクに非があることは間違いない、それが例え人助けのためだったとしてもだ。


 心の底から反省したボクは目を伏せたまま神妙な様子で蒼ちゃんに頭を下げ続けた。もし、逆の立場でボクの知らないところで蒼ちゃんが危ない目に遭いそうになっていたとしたら、おそらく血液が逆流するほど気が動転したと思う。なので、蒼ちゃんの気が済むまで謝り続けるしか選択の余地がなかった。


「……ずるいよ、つくも君。そんなにしおらしくされたら怒れなくなっちゃう」


「いや、あおいちゃんは怒っていい。いや、怒るべきだ」


 調子に乗っていたのはボクだし、一瞬でも蒼ちゃんのことを忘れた自分が許せない。


「すみません、お二人のお話に割り込むつもりは無いのですが、わたくしにも謝罪させてください」


 横合いから言葉を挟んできたのは常磐さんだ。一緒に聴取を受けた彼女も当然、保護者待ちのためにこの場にいる。


「常磐さん……?」


「紺瑠璃さんがご立腹するのも当然ですし、そのお怒りもつくも様を思ってのことだと、よくわかっています。しかしながら、つくも様が来て下さらなかったら、今頃わたくしは他人には言えないような酷い所業を受けていたに違いありません。ですから、つくも様が叱責を受けるのなら、その責任はわたくしにもあると思うのです」


 常磐さんが必死の表情で蒼ちゃんを宥める。


 蒼ちゃんは隣に座るボクとテーブルの向こう側の常磐さんの顔を交互に見比べてから大きく溜息をついた。


「仕方ないか、常磐さんがそうまで言うのなら。怒ったりはしないけど、事情はちゃんと説明してもらえるんだよね」


「もちろん」


 ボクと常磐さんは先ほどの事情聴取の内容を繰り返すように蒼ちゃんに説明した。


「……つくも君、ホントに悲鳴が聞こえたんだ?」


 事件のあらましを聞いた後、蒼ちゃんは事件の発端に目を丸くした。


「けっこう会場内は騒がしかったし、常磐さんのいた路地からもずいぶん遠かったけど、よく聞き取れたね?」


「そうだね。たぶん、一瞬だけ音が途切れたタイミングだったのかもしれない」


 本当は【魔王の邪眼】の感覚鋭化の賜物だと思うけど。


「……にしても、つくも君が屈強な男達をやっつけるなんて、どう考えても信じられないなぁ」


「そんなことありません。つくも様はとても……とても凄かったですわ。恐怖も忘れて思わず見惚れるほどでした」


 その時のことが目に浮かぶのか目を瞑って、うっとりとした表情を見せる常磐さん。


「つくも君がねぇ……」


 こちらは疑心暗鬼の目でボクを見る蒼ちゃん。


「この身体になったら何だかわからないけど、前より強くなったみたいなんだ」


 常磐さんに聞こえないような小声で蒼ちゃんの耳元に語りかける。


「ひゃっ……耳に息吹きかけないで。わ、わかったから」


 敏感だなぁ、蒼ちゃんは。


「どうかしましたか? 紺瑠璃さん」


「な、何でもないから。つくも君が近づきすぎて驚いただけ」


「それなら良いですが……それにしてもお二人は仲良しさんですね」


「まあ、幼馴染だからね」


 少し羨ましそうに言う常磐さんにボクは事実を答える。


「そうなんですか、見ていて思いましたが、きっと素敵なご関係なんですね」


 今度はどこか寂しそうに笑う。


 コミュ障気味のボクと違って誰とでも上手く付き合えそうに見えるけど、親しい友人がいないのだろうか?


「それはそうと、何でボクのこと『様』付けで呼ぶの?」


 一色さんからつくも様への呼び方の変化は、さすがにおかしいでしょ。


「あ、それ。私も聞きたかった」


 ボクが疑問を投げかけると蒼ちゃんも同調する。


「つくも様……ですか? まあ、命の恩人として尊敬していることもありますが……あの、言ってもいいですが、笑わないでいただけますか?」


 常磐さんは恥ずかし気に言いあぐねる。


「? 別に笑ったりしないけど」


「うん、ボクも」


 蒼ちゃんとボクが不思議そうに答えると常磐さんは意を決したように口を開く。


「わたくしを助けに来て下さったつくも様の様子なのですが……突然、雰囲気が変わったと思ったら一瞬だけ髪の色が白くなったんです……」


 やばっ。ボクの意識が急に変化した気がしたあの時、【魔王の風采】スキルが途切れたのか。


「その姿があまりに神々しくて、天使様が降臨したのだと錯覚してしまうほどでした。そして、その後の圧倒的な強さ……自然と『つくも様』という言葉が口をついて出た次第なのです」


「え~と、『つくもさん・・』さんにならない?」


「なりません、無理です。つくも様はつくも様です」


 断固とした回答にボクは困り果てて蒼ちゃんに視線で助けを求める。


「ま、いいんじゃないの。本人がそう呼びたくて、つくも君がOKなら」


 あ、蒼さん、何だか投げやりになってません?


「それよりも私が気になってるのは、何で常磐さん迷宮街にいるの?」



  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る