第25話 進退窮まる


 すでにやらかした感がしていたけど、声をかけてきた相手を見る。


 清楚な佇まいに長い黒髪、極めつけは暴力的な胸部装甲。

 うん、確かに見覚えがある。


「えと……何さんだっけ?」


 今にも倒れそうな彼女を置いて逃げ出すことも出来ず、ボクは会話を続けるしかなかった。


「常磐 翠(ときわ みどり)です。同じクラスの……」


「そうそう、常磐さんだったね。その……大丈夫?」


 顔色は真っ白で血の気が無いが泣き腫らした様子は見えない。受け答えもしっかりしているので、案外気が強いのかもしれない。ただ、恐怖と緊張のためか足取りが覚束ないようだ。


「はい、おかげさまで何とか……」


「手を貸そうか?」


「お願いします」


 差し出した手に、ひしと捕まる常磐さん。冷たくなった手は小刻みに震えている。気丈に見えても、怖いのは当たり前か。

 常磐さんの方が背が高いので、お姉さんが妹と抱き合って手を繋いでいるように見えなくもない。


 さりげなく彼女の様子を確認したが、着衣の乱れも無く怪我らしい怪我も無い。どうやら大事には至らなかったようだ。


「もう大丈夫そう?」


「はい、ありがとうございました」


 ほんの僅かな時間だったけど人肌の温もりに安心したのか、身体の震えも治まり心無しか顔色も戻ってきているように見えた。


「動けそう?」


「ええ、何とか」


「じゃあ、迷宮会館に行って助けを呼んできてくれる?」


「一色さんは?」


「ボクはあいつらの面倒を見てるよ」


 意識が戻ったのか、もぞもぞ動き出し始めた連中へと目を向ける。


「わかりました、一色さん……つくも様もご無理なさらないでくださいね」


「もちろん」


 ん、つくも様?


 何か妙な呼び方だったなと思いつつ、助けを呼びに行く常磐さんを安心させるようにニコリと笑って見せ、奴らのリーダーらしき少年の元へと向かう。



 

「おい、お前。意識が戻ったか?」


 自分でも信じられないぐらい冷酷な声が出た。さっきから、まるでボクがボクじゃないみたいだ。


 目を覚ましたリーダーが身体を起こせないように背中を足で、ぐいと抑え込む。


「こ、このアマ……」


 起き上がろうとするが、ボクの踏む力で押さえつけられ、腹ばいになったままのリーダー君。


 ふむ、まだ反抗的だな。


 ボクはスキルの魔王の覇気オーラをオンに切り替える。その刹那、ボクの周りに見えない絶望感のようなドス黒い何かが溢れだした。


「ひぃっ……」


 確かレベルに応じて『畏怖』の効果があるとテキストにあったが、現実世界の生身の相手には効果が絶大のようだ。


「いいか、よく覚えておけ。金輪際、あの娘やボクに手を出すな」


 心が凍りそうな低い声にリーダー君はコクコクと頷く。


「もし破ったら、その時は命が無いと思え。藤堂大翔・・・・(とうどうたかひろ)君」


 やっとわかったけど【魔王の邪眼】の鑑定でわかるステータス画面の【名前】欄は現実世界では『本名』、異界迷宮では『探宮者名』が表示されるらしい。  

 なので、今はかれの本名がバッチリ表示されている。


「な、なんで俺の名前を……」


「このボクは謎の組織の一員だから、何でもお見通しなのさ。いいかい、藤堂君。ボクはいつでも君のことをこの世から消すことが出来るんだ。めったなことを考えるな。命が惜しかったら仲間にも言っておけ」


 うわっ、自分で言ってて何て厨二病感あふれる台詞だ。けど、これだけ脅しておけば復讐なんて考えないと思いたい。


「わ、わかった……いや、わかりました」


 魔王の覇気オーラの圧と本名を知られたせいか、不良探宮者グループのリーダー君は絶対服従するように地面に顔を付るように頭を下げ赦しを請う。


「それでいい。素直の方が長生き出来るぞ」


 なんか、ボクの言いそうにない台詞が次々と口から出てくる。いったいボクはどうしちゃったんだろ?


 そうこうしている内に常磐さんが迷宮協会の人を複数連れて戻ってきた。


「あ、こちらです。ここに倒れている彼らが襲ってきた人達です」


 ボクは到着した迷宮協会の探宮者らしき人に犯人である彼らを指し示す。


 今までだって被害者がいただろうし、これからの被害を防ぐために彼らを野放しには出来ない。当局に引き渡すのが筋だろう。


「これは君一人がやったのか?」


 痛みで呻いている倒れた連中を見て、迷宮協会の探宮者の一人が目を見張ってボクに尋ねる。


「えと……まあ、そんなところです」


「悪いが一緒に来てくれるか? 詳しい事情を聞きたいんだが」


 まあ、この場合仕方が無いだろう。どう見ても事情聴取が必要だ。


「いいですよ。けど、その前に友達が……」


「つくも君!」


 気が付くと彼らの後ろに蒼ちゃんが立っていた。


 やばっ、物凄く不味い気がするんだが……。 



◇◆


 これ、絶対めちゃくちゃ怒られるヤツだと身構えていると、いきなり蒼ちゃんが泣きながら抱きついて来た。


「え?」


 ふわりと彼女の良い匂いと柔らかな身体がボクを包み込む。


「あおいちゃん?」


「つくも君、良かった。無事で……」


 そう言いながら、ぎゅっとボクを抱きしめる。


「あおいちゃん……」


 蒼ちゃんが泣きながら震えているのを見て、不意に彼女を愛おしく思う気持ちがこみ上げてくる。


 そのとたん、今までの自分が自分で無いような違和感がすっと薄れた。他人を虫けらのように見下していた感情も消え失せる。同時に先ほどまで何とも思わなかった恐怖がじわじわと湧いてきて、思わず蒼ちゃんにしがみついた。


「ごめん、あおいちゃん。ボクが悪かったよ」


「ホントだよ。戻ったら、つくも君がいなくなっちゃってて……私、すごくすごく心配したんだからね!」


 恐怖心を誤魔化すために蒼ちゃんに語りかけると、蒼ちゃんは顔を伏せたまま怒ったように答える。


「ホ、ホントごめん」


 蒼ちゃんが怒るのはもっともだ。待ってて言ったのにどこにもいなかったら、心配するのは当たり前だ。


 全面的にボクが悪い。


「本当に心配し過ぎてどうかなりそうだったんだからね」


 がしっとボクの肩を掴むと身体を離し、ボクの様子を確かめる。


「大丈夫? 怪我はしてないよね。何かされてない? なんか、不良探宮者が女子高生を襲ったって聞いたから、まさかと思って来てみれば、やっぱりつくも君なんだもん」


「一言も申し開きはできません」


「私、言ったよね。一人で行動するの禁止だって……今のつくも君は可愛くて非力な女の子なんだから、とっても危険なんだよ!」


「非力ねぇ……」


 ボクの傍にいる迷宮協会の探宮者が、倒れた犯人達を拘束する同僚の探宮者を眺めながらぼそりと呟く。


 すみません、面倒ごとが増えるんで、ちょっと黙っててもらえます。


「紺瑠璃さん!」


 ボクが内心、葵ちゃんにどう言い訳……説明しようかと思っていると、横合いから常磐さんが会話に参加して来る。


「え、常磐さん? 何で、ここに」


 ようやく周りが見えて常磐さんの存在が目に入ったらしい蒼ちゃんは目を丸くする。


「はい、同じクラスの常磐翠です……では無くて、つくも様を怒らないでいただけますか。つくも様は自分の危険を顧みず、わたくしを助けてくださったのです」


「つく君が……常磐さんを?」


「はい、それはそれは勇ましく素敵でした」


 あれ、何だか常磐さんの目がハートに見える。気のせいかな?


「つくも君があの人たちから常磐さんを護った? そんなありえない」


 はい、男だった時のボクでも絶対無理です。


「つ・く・も・君……?」


 蒼ちゃんが疑惑に満ちた目でボクを睨んだ。


 うん、進退窮まったみたい。


~~~~

 あとがき

  第25話です。

  つくも君、またやらかしてますw

  あとで痛い目に遭わなければよいのですが……。

  それとモチベ維持のためにも、コメント・高評価を

  ぜひ、よろしくお願いいたします。

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