第16話 迷宮の配信者
彩芽さんと別れたボクは急いで部屋に戻るとネットを立ち上げた。
「えっと、『アイリス・ミルキーウェイ』……と」
彼女の名をキーボードで打ち込み、検索する。
そうすると出るわ出るわ、さすがチャンネル登録者100万人越え。
ウィ〇ペディアにZ(旧whisper)、ショートや切り抜き動画がてんこ盛りだ。
「え~となになに……『アイリス・ミルキーウェイは株式会社メイズ・エンターテインメントに所属する日本の探宮者(ラビリンス・エクスプローラー)、MyTuber』。来歴は……現在20歳ってことは、ボクが誕生日を迎えると16歳だから4つ上ってことか。
次に、何度か見たことのある配信動画をアーカイブで見てみる。
「えぐっ。何なんだ、この化け物じみた動きは……」
『残像のアイリス』の二つ名は伊達では無かった。動きが速すぎて今のボクでも目で追うのがやっとだ。やはり、改めて見返してみると、やはり彩芽さんは凄い探宮者だった。髪の色は迷宮変異の影響でピンク髪になっているけど、顔は間違いなく先ほど見た顔に間違いない。けど、戦っている姿は全く別人みたいに見えた。いくら、異界迷宮では人間をはるかに超えた身体能力を身に付けると言ってもアレはないだろう。まさしく人間とは別種の生き物のようだ。レベルの差があるのは当たり前だが、どう見ても今のボクと比べるのが
ただ、迷宮内でのちょっとセンシティブな(身体にぴったりフィットした)忍者装束やピンク髪のイメージが目立っているので、街中で普段の姿を見ても同一人物とわからないかもしれない。もっとも、あの容姿なので、別の意味で注目されるのは避けられないだろうけど。
そう言えば、探宮者が何故マイチューバーのような配信しているかの説明をしてなかったっけ。順を追って説明するね。
前にも話したけど、各地にある異界迷宮のほとんどは国家が所有・管理している。では、探宮者はどうかと言うと、実は別の機関が管理しているんだ。
それが国連の組織の一つである『
ただ、実際に管理業務を請け負っているのは、外郭団体である
つまり、探宮者資格の授与や免許状の発行は国際迷宮機関名で行われているが、実際にその業務を行っているのは迷宮協会なのだ。特に探宮者に身近な資格試験や受験前講習、初期装備の貸与等を行っているのも迷宮協会なので、多くの探宮者の認識は探宮者全般の管理は迷宮協会が行っていると誤解している。
そんな訳で探宮者になりたいと思ったら、最初にお世話になるのは迷宮協会だ。新米探宮者にとって迷宮協会の支援は無くてはならないものと言って過言ではない。
事前講習や初期装備の無償貸与も当然それに含まれるが、一番に特筆すべき事柄が全探宮者に支給されるマジックアイテムの『ヴォイヤー』だ。
通称『覗き屋』と呼ばれるそのアイテムは、いろいろな形状があるが装身具の一種で、その本体を身に着けて起動させると球体上の録画端末『オルクス』を射出して周囲に展開させる。『オルクス』の見た目は某妖怪漫画の主人公のお父さんの胴体が無いバージョンと思ってくれると理解が早い、色は銀色だけど。これらが、謎の浮力で縦横無尽に宙を飛び交い、実に的確なアングルで探宮者を撮影し現実世界に動画を送信してくれるのだ。
何故、異界迷宮から現実世界に映像や音声を送れるのか意味不明なのだが、迷宮協会から公式のアナウンスは無い。ただ、『オルクス』は周囲に展開したとたん半透明になり、異界迷宮の物体がすり抜けるようになるので、異界迷宮と現実世界との境界を浮遊するのでは無いかと憶測されている。その謎仕様から『ヴォイヤー』自体が実は迷宮産のアイテムではなく、迷宮協会が異界迷宮内の工房で密かに作らせているという都市伝説もあるほどだ。探宮者の間では
ただ、ハッキリしているのは『ヴォイヤー』のおかげで探宮者が常時観察される状態にあり、安否確認や危機管理が容易だということだ。
異界迷宮内はその国の法律の及ばない空間であり、一種の無法地帯と言っていい。なので、初期においては犯罪まがいのことが多く行われていたと耳にしている。けれど現在は『ヴォイヤー』での配信が法的に義務付けられることで治安が保たれ、女性や初心者が被害に遭うケースは稀なこととなっている。
そのため、より安全になった異界迷宮に多くの人気マイチューバーが参入し、『ヴォイヤー』による動画配信がマイチューブでの人気ジャンルとして確立している現状なのだ。
そうなれば大手の芸能事務所が放って置くわけもなく、人気探宮者が芸能事務所の探宮者部門に所属することも珍しいことではない。
彩芽さんが所属する株式会社メイズ・エンターテインメントも、そんな探宮者部門を抱える芸能事務所の一つで、探宮者のマネジメントに関して定評のある事務所として有名だ。アイリスを始めとする著名な探宮者が何人も所属しており、新人探宮者の所属したい事務所No.1と聞いている。
そう考えると蒼ちゃんの勧誘を断ったのは少し早計だったかも……いやいや、あれで良かったんだ。選択は間違っちゃいない、弱気になってどうする。第一、蒼ちゃんはそんな好条件を断ってボクを選んでくれたのだ。それに応えなくては男が廃るってもんだ……今は女だけれども。
ピコん
「あ、あおいちゃんからだ」
スマホのアプリを開くと蒼ちゃんからの通知だ。
「『明日、何時に出るの?』……か」
明日は母さんと一緒に高校へ面談に行く予定だ。
ほら、ボクっていろいろ複雑な事情があるので、事前に学校側と擦り合わせが必要なんだって。なので、明日はボクも交えて校長先生と、じっくりお話しするのだそうだ。
ちなみに蒼ちゃんも入学式で生徒代表挨拶をするとかで、学校に呼ばれているそうなので、それなら一緒にという流れで母さんの運転する車に同乗して行くことになったのだ。
「『お昼食べてから行こうと思ってるけど、ウチで食べる?』……と」
一人分増えても料理する作業量はさほど変わらないので、そう打ち込むとノータイムで返信が来る。
『しょうがにゃいなぁ、つくも君がそう言うなら食べてあげるか』
嬉しそうな猫のスタンプと一緒にツンデレなコメントが届く。
何、この生き物。可愛すぎて砂糖吐くぞ。
日頃は凛とした佇まいで、学級委員長的な印象の強い蒼ちゃんがデレると、その破壊力の凄まじさったらない。
思わず顔がニヤけていると、ふと先ほどの彩芽さんのことが思い浮かぶ。
「『そういや、さっき彩芽さんに……』」
会ったよ、と入力しようとして指を止める。
別に口止めされてる訳では無かったけど、彩芽さんと会ったことは話さないでおこうと思った。彩芽さんは蒼ちゃんのことが心配でボクの真意を確かめに来たのであって、決して仲を裂こうとしたわけじゃない……たぶん。
ボクとしても蒼ちゃんが慕う親戚のお姉さんに宣戦布告したかったわけでは当然ない。だから、蒼ちゃんの居ないところでボク達二人が意見を戦わせたというのを彼女が知らない方が良いような気がしたのだ。
ボクは彩芽さんが映っているネットを閉じると、スマホの通話ボタンを押す。
「あ……あおいちゃん。明日のお昼だけど、何が食べたい?……」
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