第17話 入学式
次の日の面談も無事こなし、入学式までの4日間をボクはひたすら蒼ちゃんの厳しい女の子特訓を受け続けた。約束していた迷宮街への買い物は諸事情で延期となっている。お出かけよりも特訓を優先した方がいいと蒼ちゃんが判断したからだ。
そのおかげもあり、普通とまではいかなくても表面上は女の子らしい生活が送れるようになったと自負している。けれど追加特訓を強要した蒼ちゃんからは『今は残念女子も人気があるから、きっと大丈夫だよ』という嬉しくもない評価をされて、なんとも微妙な気分だ。『別に人気なんていらないから目立ちたくない』と言ったら『それはちょっと……』と遠い目をされた。何でだ?
そうそう、ついでに学校との面談についても軽く触れておこうか。母さんとボクからの要望でボクがTSしたという情報は校内でもごく限られた人間のみが知る秘密となった。具体的には管理職(校長、副校長、事務長)と養護教諭の先生、それと今度担任となる先生のみが実情を把握している状況で、他の先生方には必要に応じて開示されることになった。
人権的にも教育的にデリケートな問題なだけに学校側も慎重を期す構えのようだ。なので、ボク自身から秘密が漏れないように十分、学校生活に注意するように釘を刺された。もちろん、ボクとしても平穏な学校生活をずっと送りたいので極力大人しくしていくつもりだ。
とは言ったものの、面談の折に私服で行ったせいで、いきなり校内で目立ってしまった。言い訳させてもらえると、入学前なので通常は中学の制服で行けば良かったのだけど(事実、蒼ちゃんはそうしている)、中学卒業後にTSしたボクは中学校の女子制服を持っていなかったのだから仕方ない。
おかげで大人びて見える蒼ちゃんの付き添いで来た小学生の妹と思われたらしい……解せぬ。
まあ、そんなこんなでいろいろあったが、今日はとうとう入学式の日を迎えることになった。
「どうかな?」
「うん、凄く似合っている。とっても可愛い」
一緒に登校するために我が家に来た蒼ちゃんの前で、初制服姿をお披露目する。うちの高校の制服はブレザーなのだけど、デザインはシンプルでお洒落にはほど遠い。真面目な進学校の校風には合っているのだろうけど、あまり可愛いとは言えない。
けれど、着る人が違うと全く違った見え方になる。そう、目の前にいる女の子のように……。
「いやいや、そう言うあおいちゃんの方が、めちゃめちゃ似合ってるって。どこのラノベのヒロインかってレベルだもん」
「それは言い過ぎ。つくも君の目に変なフィルターがかかってるだけだと思う」
そんなことはない。どう見ても同じ制服を着ているとは思えないほど、蒼ちゃんは素敵に見えた。
「あ、おはようございます。ユキおばさん」
「あら、蒼ちゃんおはよう。今日も可愛いわね。つくも! そろそろ出かかるわよ」
「わかってるって、支度は出来てるよ」
玄関先で蒼ちゃんとイチャイチャ(?)していたら、入学式に参加する母さんが顔を出した。
「今日はすみません。仕事の休めない母の代わりに保護者役になっていただいて……」
「いいのよ、蒼ちゃんはうちの子同然だもの。あとで紫(蒼ちゃんの母親)にも、いっぱい写真送っとくかから」
「ありがとうございます」
「それより、つくも。あんたは大丈夫? 忘れ物ない?」
「なんだよ母さん、昨日一緒に確認したろ? 心配し過ぎだよ」
「だって、女の子になって間もないから何か失敗するんじゃないかって気が気でなくて……」
そ、そんなこと言うなよ。当の本人が一番不安に感じてんだから。
「ユキおばさん、大丈夫です。私が今日までしっかり仕込みましたから当面ボロは出ない筈です……ただ、つくも君って天然なところがあるので、不用意な発言をしそうで怖いですけど」
「そうなのよねぇ、昔から
「なんか、散々な言われようなんだけど、そんなにボクって信用ないの?」
「ないわね」「ないですね」
「くっ……」
二人は間髪入れずハモりやがった。
いいんだ、そうやってボクのこと見下していれば……今日一日、完璧なレディーを演じて黙らせてやるもんね。
ボクは意味の無い闘志をめらめらと燃やしていた。
◇
ええ、そんな闘志を燃やしていた時期もありましたね。
「ねえ……あおいちゃん、どうしよう。緊張し過ぎて気持ち悪いんだけど……」
「大丈夫だよ、私がついてるから」
蒼ちゃんは真っ青になったボクの手を握って優しく励ましてくれる。
「…………頑張る」
「とにかく、式を乗り切ろうね」
蒼ちゃんは弱弱しい声で答えるボクの手を引いて入学式が催される体育館に入った。ちらりと後ろに目を向けると母さんが心配そうに見ているのがわかる。新入学生は前の席に座り、保護者は少し離れた後ろの席に座ることになっているのだ。
心配させてごめん、母さん。こんな筈じゃなかったんだけど……。
出かける前にイキって見せた闘志はすでに雲散霧消している。たださえ緊張する入学式という場の雰囲気に、着慣れていない女子の制服、さらに家族や蒼ちゃん以外の人に女性になった姿を見られるという緊張感が想像以上にボクの精神を苛んでいた。
自分で言うのも情けないけど、男時代はわりと物事に動じない知的クールキャラを演じていたが、本当はかなり落ち込みやすい性格をしていたのだ。けれど、この身体になってからは、ますますその傾向が強くなったように感じる。ちょっとしたことで不安定になるのは正直困惑している。
まあ唯一の救いは、式の前に渡されたクラス名簿で蒼ちゃんと一緒のクラスになれたから、この場でも一緒にいてもらえることぐらいだ。そうでなければ、体育館から逃げ出したい衝動に駆られてもおかしくなかった。ホント、全く面目ない。自分が情けなさ過ぎて涙が出そうだ。でも、なんとか式だけ乗り切らないと……。
なけなしの勇気を振り絞って所定の席に座ると、すぐに入学式が始まった。実際、ボクの精神状態とは関係なく入学式は
「新入生代表、
「はい!」
名簿順の席に座っていた蒼ちゃんが呼名を受けて立ち上がる。人々の目が一斉に蒼ちゃんに集まった。それに対し蒼ちゃんは、全く動じる素振りも見せず壇上に上がると、新入学生を代表して挨拶を行った。
壇上の蒼ちゃんは凛とした姿がとても綺麗で、そして堂々としていた。
「かっこいいな……」
思わず心に浮かんだ言葉が口から漏れる。
聞こえる筈の無い小さな呟きだったけれど、挨拶を終えた蒼ちゃんが壇上から降りる前、一瞬だけこちらを見て微笑んだような気がした。
式が終わるとボク達は教室に向かい、母さん達保護者は体育館に残って学校からの説明やPTA役員との話し合いがあるそうだ。
「大丈夫、つくも君?」
順次、クラスごとに教室へ移動し始めると、すぐに蒼ちゃんがボクに寄り添い心配そうに聞いてくる。
「なんとか……あ、あおいちゃん、さっきの挨拶とってもかっこよかったよ」
「え、そう? ありがとね。つくも君がそう言ってくれるなら頑張った甲斐があったかな」
「えと……それとごめん」
「うん?」
「あおいちゃんは、みんなの前で挨拶するって大役があったのに、ボクなんかの面倒を見てもらって……」
「なんだ、そんなこと。つくも君のおかげで、逆に緊張がほぐれて助かったんだよ」
蒼ちゃんは重責を何でもなかったかのように笑顔で答える。
「あおいちゃん……」
ホントに彼女は強くて凄い子だと、つくづく感じた。
それに比べて今のボクは何てメンタル弱々なんだ。こんなんじゃ駄目だ。ちゃんと約束通り蒼ちゃんを守れるようにならなくちゃ。
「あれ、また何か思い悩んでるな。表情が暗いぞ。もっと気楽に考えて」
ボクの様子をじっと見た蒼ちゃんはボクの手を引っ張っると、先導する担任に続いて歩くクラスメイトの後を追って目的の教室へと向かった。
教室に入ると、先に入っていた生徒達の注目を一斉に浴びる。
そりゃ、そうだ。さっき、生徒代表で目立った蒼ちゃんと一緒なのだから。蒼ちゃんは、この視線気にならないのだろうか?
「座席は、とりあえず『あいうえお』順みたいだね。つくも君は、あそこで私はここみたい」
「そうだね」
蒼ちゃんと別れて前寄りの自分の席に着く。
あれ? 蒼ちゃんと離れたのに半分以上の視線がボクに、くっついてくる気がするんですけど。何でかな?
理由が分からず困惑していると、全員が着席したことを確認したクラス担任が声を上げる。
「皆さん、こんにちわ。そして、入学おめでとう」
そこで一旦、間を取り教室を見渡した後、クラス担任は続けた。
「私がA組担任の『
葉月先生は見た目が凄く若そうな女の先生で、ショートカットに紺のスーツという、いかにも先生と言った雰囲気だ。ボク達そういくつも違わないようにも見えたし、スーツ姿があまり着慣れていない感じから採用されて数年といったところか。ジャージ姿でボク達に混じったら間違いなく生徒と見分けがつかないだろう。
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あとがき
申し訳ありません。ストックが尽きたので毎日更新が終了しそうです。
週2は頑張りたいけど、無理かも(リアルが忙しすぎて……)
そうなったら、ごめんなさい。
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