第15話 遭遇


 翌日の午前中は採寸した制服が出来たというので、母さんと制服専門店に赴いた。サイズ調整した制服を試着して着心地を確認する。試着室の鏡に映る自分のブレザー姿をまじまじと見つめる。採寸の時にも、お店の人にお世辞抜きでよく似合ってますよと絶賛された。そうは言っても多少は社交辞令が入っているとは思うけれど、身びいきを差し引いても、めちゃくちゃ可愛かった。

 日本人離れした肌の白さが制服とのコントラストで透き通るような美しさだ。自分でなければ間違いなく惚れる自信だってある。いや、決してナルシストじゃないからね、極めて客観的な評価だから。


 とにかくこれはヤバイ。出る杭は打たれるの諺もある通り、過ぎたるは妬みの対象になる。学校では出来るだけ蒼ちゃんのそばにいることにしよう。あっちはあっちで反則級の可愛さだからヘイトを分散できるはずだ。


「じゃあ、ママはさくらと買い物に行ってくるから、お留守番お願いね」


 母さんは、さくらの新学期用の学用品を買いにクラスのママ友と一緒に出かけるとかで、ボクを家の前で下ろすと車で走り去った。ボクとしても女性(自分も女性だけど)の長い買い物に付き合わされなくてよくなったので、手放しで大歓迎だ。


 門扉に手をかけ、開けようとした時、不意に声を掛けられた。


「ちょっと、君。いいかな?」


 振り向くと見知らぬ若い女性が立っていた。背が高くモデルのような体型ですごい美人さんだ。可愛い系と言うより綺麗系で、ボクより少しばかりお姉さんのように見えた。高校生? いや、大学生ぐらいか。


「何でしょうか?」


 ボクは警戒感を露わに固い声で返す。


 蒼ちゃんからも、性別に関わらず不用意に近づく相手に十分注意するようにきつく言われていた。どんなに普通に見えても危ない人間はいるのだとか。蒼ちゃんが言うと何か生々しい説得力があって、ボクは怖すぎて理由が聞けなかったのだけれど。

 そんなわけで蒼ちゃんの厳しい薫陶のおかげで、ボクはいつでも家の中に逃げ込めるように門扉を開けながら、お姉さんに相対した。


「君が一色つくも君……さんで合ってる?」


 何故、疑問形? けど、この姿をしているボクを一色白と認識できる人物はそう多くない。なにしろ一カ月前には存在していない女の子なのだから。


「貴女はどちら様ですか?」


 彼女の問いかけには答えず、逆に質問する。


「あ、ごめん。警戒させちゃったね。私『天川彩芽あまかわあやめ』って言うの、初めまして」


「こ、こちらこそ」


 天川さん? やっぱり初めて会う人だ。初めましてって言ってるし。でも、どこかで聞いたことのある名前だし、会ったことのある既視感もある。いったい、どこでだろう?


「ふうん、女の子だったのかぁ。ちょっと残念」


 あれ? 何気にディスられたような。


「残念ってどういう意味ですか?」


「え? ああ、親戚の子がね。私の所属している事務所に入るって言ってたのに昨日突然止めるって言い出したから。てっきり、彼氏に止められたのかと思ってさ」


「か、彼氏……」


「うん、だって『ごめんなさい。やっぱり、つくも君と一緒に探宮者になることにしたの』なんてキラキラした目で宣言されたら、普通は彼氏だって思うでしょ」


「そ、そうでしょうか……」


 やっとこの女性の正体に気付いた。この人は蒼ちゃんを事務所に勧誘しに来た親戚の探宮者LEさんだ。まだ、東京に帰っていなかったのか。


「でも残念、こんな可愛い女の子だなんて思わなかったよ。せっかく、蒼の彼氏の顔が見られると思ったのに」 

 

「彼氏でなくて、すみません」


 本当なら彼氏になりたかったですけども。 


「いいよ、別に謝らなくっても。ちょっと話がしたかっただけだし」


「ボクに話ですか?」


「おっ、ボクっ娘なの、君。いや、まさか男の娘?」


「いえ、性別は女です(今は)」


「そうなんだぁ。可愛いから、どっちでもいいけど」


 どっちでもいいんだ……。


「で、話って何ですか?」


「いやあ、君が彼氏だったら、別れてもらおうと思ってね、蒼と」


 彩芽さんは表情を改めて脅すような口調で言った。


「別れさせるなんて穏やかな話じゃないですね」


「そう? せっかく乗り気になってたのに横からかっさらうなんて酷くない」


「あおいちゃんの意思を尊重すべきでは? それに最初に約束していたのはボクの方が先です」


 忘れてたけど。


「ええ~っ、その割には彼女、迷ってたみたいだけど」


 ぎくっ! 確かに結論を保留にしていた優柔不断なボクが悪いのだけど。


「と、とにかく。あおいちゃんはボクと一緒に探宮者を目指すんです。これは決定事項です」


 ちょっと食い気味に言い訳する。


「もうつ! 生意気だぞ、君」


 彩芽さん、冗談めかして言っているけど目は笑っていない。正直、怖すぎる。


「今回の件はめったにない良い話だし、蒼にとって凄いチャンスなんだけどな。君、自分の我が儘で蒼の将来を駄目にしていいと思ってる訳?」


 ぐぐっ……その話は何度も考え抜いたから結論は出てる。


「あおいちゃんが望んだことです。ボクはそれに応えたい……いやボク自身の気持ちで彼女と一緒に探宮者を目指したいんです!」


 もう決めたんだ、迷ったりしない。


「そう……きっと後悔するよ、君」


彩芽さんは溜息を吐くと諦めたように言い、ボクをじっと見つめた。


「な、何ですか?」


「いや、蒼も捨てがたいけど、君もなかなか……」


「へ?」


「どうだろう? 君も蒼と一緒に事務所に入らないか? 悪いようにしないよ……って、私が決めるわけじゃないけど」


「な……」


「今回のパーティーは一枠しか空きが無いから蒼しか入れないけど。君なら絶対別のパーティーに所属出来ると思うんだよね、どうかな?」


「お、お断りします。ボク、あおいちゃんとパーティー組むんで」


「頑なだな~」 


「不器用なだけです」


「……でも、そうゆうの嫌いじゃない」


「え……?」


「わかった、蒼のことは諦めるよ。でも、蒼のこと悲しませないでよね。小さい頃から知ってるから幸せになってもらいたいんだ」


 そういや蒼ちゃん、このお姉さんのことすごく慕っていたっけ。きっと悪い人じゃない。むしろ、蒼ちゃんこと心配して便宜を図ろうとしていたのかもしれない。


「わかりました。任せてください」


「うん、良い返事。頼んだよ……けど残念だな。君が男の子だったら良かったのに」


「?」


「別に女の子同士ってのを認めないわけじゃないんだ。それこそ恋愛は自由だと思うし。けど、ああ見えて蒼って中身はホントに普通の女の子なんだ。だから、時代遅れかもしれないけど、どこにでもいる普通のお母さんになってもらいたいなって思ってるんだ」


 いろんな考えがあり、何が普通で何が普通でないかは、ボクじゃわからない。

 ただ、男の子に戻って蒼ちゃんを絶対に幸せにします……って言い切れない今の現状がボクには歯痒かった。


「ボクもそう思います」


 それだけしか、ボクは言うことが出来なかった。


「じゃあ、私そろそろ行くね。話せて良かったよ、つくもちゃん」


「はい、ボクもです。彩芽さん」


 立ち去ろうとする彩芽さんの後姿を見て、ボクはハッとする。既視感があるのは当然で、間違いなく見たことのある後姿だったからだ。


 そうか……迷宮変異してる姿とギャップがあったから気付かなかった。


「彩芽さん……貴女もしかして、アイリスさんですか?」


 そう、彩芽さんはMyTubeでチャンネル登録者数100万人を越える人気探宮者『残像のアイリス』こと『アイリス・ミルキーウェイ』に間違いない。彼女の配信は何度か見たことがある。


 けれど、後姿の彩芽さんはそれには答えず、振り返りもせずに右手を少しだけ上げると曲がり角に消えていった。

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