第13話 レベルアップ
それは突然、唐突に起こった。
いや、ついに起こってくれたと言うべきか。
【『シロフェスネヴュラ』はレベル2に成長しました。HP・MP・SPが上昇します】
いったい、何体スケルトンを倒したかは覚えていないが、ずいぶんな数を倒したなぁと思っていた矢先、頭の中にレベルアップの告知が響いたのだ。
やった! レベル2になったぞ……ってボクの
【名 前】 シロフェスネヴュラ
【性 別】 女性
【クラス】 魔王(LR)
【レベル】 2
普通はステータス画面で探宮者名も変更できるのだけど、試してみたが変えられないみたいだ。こいつは困った。
まあ、迷宮デビューしたら、略して『シロ』君って呼んでもらえば、本名の『白』と被るから違和感が少ないか……って納得できるかい!
ううっ……文句を言っても状況は変わらないので諦めるしかないのだろうか。
とにかく約3日かけて、とうとうボクはレベル2に達することができたのだ。能力値は変わらずでHP等も微々たる成長だったけれど成長には間違いない……そして頑張った甲斐は確実にあった。
【スキル『魔王の風采』が解放されました】
【スキル『魔王の邪眼』レベル2鑑定(低)が使用可能となりました】
新たなスキルを獲得し、既に得ていたスキルも成長したのだ。やったね。
「どれどれスキルの内容を確認してみようか」
【『魔王の邪眼』レベル2鑑定(低):邪眼のスキルが向上し、プレイヤーキャラクターは低レベルのアイテム、モンスター、他プレイヤーの簡易鑑定ができるようになります】
おおっ! 転生物のラノベでチートスキルとして度々登場する『鑑定』さんじゃないか。この異界迷宮でも『鑑定』スキルはかなりのレアスキルらしいので、簡易であってもこれは嬉しい。確か、『鑑定』スキルを持っているだけでパーティーに引っ張りだこと聞いている。
「さて、問題なのはこっちだ」
【『魔王の風采』(L2から常時発動):魔王の
何、これ? 厨二病感満載のスキル。
これはアレだな、きっと。魔王の
とにかく、後半の効果で魔王の正体も隠せそうなのが、ボクにとって何よりも得難いスキルだ。
「欺瞞? もしかして、元の姿にも変化できるかも……」
少なくない期待をこめてスキルを使用してみたが、残念ながらそれは無理だった。髪の色や瞳の色は多少変化させられるが、素顔は元のままだ。さすがにそこまで都合よくはいかないらしい。大体、異界迷宮のスキルは現実世界で使えないんだから、やっぱり女の子として入学するより他に道は無さそうだ。
でも、これで異界迷宮内で魔王という
それにしても、ここまで強力なスキルがあれば、すぐにでも蒼ちゃんの申し出を受けてもいいかもしれない。いや、受けても大丈夫だ。
ボクは悩みがさっぱりと解決したような気になり、明るい気持ちで今日の特訓を終えて自分の部屋に戻った。
◇
蒼ちゃんの申し出を受けようと勢い込んでいたら、翌日は蒼ちゃんの都合が悪くて来られないという連絡があった。どうやら、前に話を聞いた親戚のお姉さんが遊びに来ているらしい。
ちょっと残念な気もしたが、今まで散々ボクに付き合わせていたのだから文句など言える訳がない。まあ、一日伸びるだけだと自分を納得させた。
ところがその日の夜、驚いたことに単身神赴任していた父さんが、ひょっこり帰ったきたのだ。もちろん、ボクを心配してのことだけれど、帰宅した父さんはボクを見るなり絶句した。
「本当に
「まあね、信じたくないならそれでもいいけど」
「あなた!」
驚きのあまり疑問の声を上げる父さんに母さんが冷たい目で睨む。
「ご、ごめん。疑った訳じゃない、驚いたんで確認しただけだ」
「いいよ、別に。怒ってないし、当然の反応だと思う」
しどろもどろになる父さんにボクは目を合わせず答える。
何だろう、関係性の距離を図りかねるというか、どう接していいのか迷ってしまう。元々、そんなに頻繁に話す方じゃなかったから、ますます話しづらくなったような気がする。
「そうか、ならいいんだ……それにしても随分と可愛くなったもんだな」
「自分じゃわからないけど、そうみたいだね。真面目に困ってる」
父さんにまで可愛いと言われると、ちょっと複雑な感じだ。何だか、居たたまれない気分になる。
「へえ、そんなものなのか。え~と……とにかく、ただいま
「お帰りなさい、父さん」
そんな父さんの言葉が単純に嬉しくてボクは満面の笑みで答える。
「つっ……」
父さん、そこで真っ赤になって照れたような顔をされると反応に困るんだけど……。
父さんは日曜の夜には赴任先に戻るということで、昼間は家族総出で買い物と食事に出かけることとなった。
そういう訳で蒼ちゃんへの(申し出を受けるという)告白は、またもや延期となってしまった。
まあ、これは仕方ない。家族水入らずのところへ蒼ちゃんを呼ぶのは気が引けたし、蒼ちゃんも恐縮するだろう。また、父さんを無視して蒼ちゃんと会うというのも家族的に無理な相談だ。
なあに、急ぐ必要はない。また一日伸びるだけだ。ボクは4月1日に蒼ちゃんと会うことをスマホで約束すると、夜まで父さん達と行動を共にした。
明けて4月1日。世間は新年度を迎えて慌ただしい日の午後、ボクは蒼ちゃんと一緒に近くの公園に来ていた。
「ごめん、昨日は会えなくて」
「ううん、こっちこそ一昨日はごめんね。急に
何か久しぶりに会えた恋人同士の会話みたいで、ちょっと恥ずかしい。
「彩芽さんって
ボクは恥ずかしさを紛らわせるように話題を振った。
「うん、東京の大学に通いながら探宮者やってるんだ。けっこう有名人なんだよ。
「それは凄いね」
「それでね。彩芽お姉さん、私が前から探宮者になりたいって知ってたから会いに来てくれたんだ」
「え? じゃあ、わざわざ東京から?」
「そう」
何だか、嫌な予感がした。
「ただ話をしに来ただけ?」
知らず知らずのうちに声が固くなる。
「ううん、あのね。私が16歳になったら彩芽お姉さんが所属している事務所に入らないかって誘われて……」
探宮者は配信することが義務付けられているし、人気があり登録者数が多い探宮者は芸能人と言っても、ほぼ差し支えない。なので、多くの大手の芸能事務所では探宮者部門を設けているぐらいだ。蒼ちゃんほどのルックスなら仮に探宮者の才能が無かったとしても、ガチ攻略勢とは違う探宮者系アイドルとして十分やっていける逸材だ。ボクでなくてもスカウトするのは当たり前に思えた。
「事務所に入るの?」
「……迷ってる」
蒼ちゃんは目を伏せると小さな声で答える。
「高校はどうするの?」
「学校にはちゃんと通うよ。せっかく合格したし、しっかり勉強もしたいから。ただ、土日は東京へ行って探宮者することになるかも」
まるで決まったかのような口振りだ。迷っているのは本当だろうけど、心は前向きに動いているように感じた。
「じゃあ、土日は会えないね」
ただの友達なのだから毎週土日に会う必要なんてないのだけれど思わず口に出た。
「ううん、平日もこっちの練習スタジオでレッスンがあるから、ほとんど会えなくなるかもしれない」
「そうなんだ……」
蒼ちゃんの返答で、勢い込んで言おうとしていた『一緒に探宮者を目指そう』というボクの一大決心は大きく揺らいだ。
だって、考えてみて欲しい。ボクと一緒に探宮者を目指すってことは地方の個人系探宮者になるってことに他ならない。
それに対して彩芽お姉さんの誘いは企業系探宮者になるってことと同義だ。どちらにメリットがあるかなんて一目瞭然だろう。
ちなみに探宮者は、後ろ盾を持たず個人で活動を行う個人系探宮者、学校の部活動などで探宮を行う学校系探宮者、企業に所属する企業系探宮者、国や自治体の機関に所属する公務(お役所)系探宮者に分けられる。もちろん、後者になるにつれて門戸は狭くなる。
そう考えると彩芽お姉さんの誘いは蒼ちゃんにとって大きなチャンスだ。今のボクにそんな好条件の誘いを蹴って一緒にやろうとは、さすがに言い出せない。かと言って、ボクも事務所所属になるという案も無くはないがリスクが大きい。今のボクには隠しておきたい秘密が多すぎて企業所属には向かないのだ。
まあ、それ以前にスカウトされなきゃいけないので机上の空論に過ぎないのだけれど。
「ところで、つくも君。何か話したいことがあるって言ったよね?」
蒼ちゃんが核心をついた質問をしてくる。そういう理由で呼び出したのだから聞かれるのは当然だ。
けど、言おうとしていた台詞に迷いが生じていて言葉が出ない。ボクはいったいどうしらいいんだ?
彼女のことを考えるのなら、ここは潔く退くべきだろう。その方が蒼ちゃんいにとってメリットが大きい。ボクとしても異界迷宮に挑むというリスクを負わなくて良い。合理的に考えるならそれが正しいだろう。
でも――。
本当にそれでいいのか?
彼女が本当に望んでいるのはそれなのか。
ボクの本当の気持ちはどうなのか……。
違うだろ?
蒼ちゃんがボクに探究者になりたいと言った時のあの顔を思い出せ。
そして、それを聞いたボクの本心はどうだった……。
「あおいちゃん、今さらこんなこと言ったら困らせるかもしれないんだけど……」
「……つくも君?」
「ボクはあおいちゃんと『一緒に異界迷宮の探宮者を目指したい』んだ!」
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