第11話 告白


「ねえ、あおいちゃん。ここって、まさか?」


 喫茶店を出たボク達は駅から少し離れた蒼ちゃんお勧めの店がある場所に向かった。そこは、街の中心に戦前からあったという老舗百貨店デパートが閉店した後、しばらく開発されずに跡地になっていた場所で、現在は塀で囲まれた独立した区画になっており、中は見えないけどたくさんのお店が立ち並んでいると聞いていた。


「うん、そうだよ、つくも君。ここが迷宮街ラビリンスストリートだよ」


 迷宮街 ―― 異界迷宮を中心に、それに関わるお店が取り囲んで形成される商店街だ。有名なお寺や神社の前にできる『門前町』に似た場所だと考えるとわかりやすい。

 前にも書いたが、迷宮には現実の世界にある物は持ち込めないため、迷宮由来の装備類が必要となる。なので迷宮の入口には、そうした装備品の販売所や貸し装備レンタル品のお店がいくつも立ち並んでいるのだ。

 また、一方それら装備品は現実世界の法律に触れるため(銃刀法違反等)、区切られた区画から持ち出せないことが『迷宮法』(異界迷宮保安法施行規則)で定められている。そのため、そうした装備品を保管する貸し倉庫(コインローカーの大きい版と思えば想像しやすい)も多く設置されている。もっとも熟練探宮者になるとアイテム収納の魔道具やアイテムボックススキル持ちが多くなり不要となるのだけど。


「中に入るのには身分証明書が必要だけど、まだ3月だから中学の学生証が有効の筈だと思うんだ」


「ねえ、あおいちゃん……ひょっとして探宮者になりたいの?」


 この区画に入ろうとする者のほとんどは、たいてい探宮者か探宮者志望者だ。もちろん、ただの観光目的立ち入る者もいないとは言えないが、そう多くは無い。だから蒼ちゃんがここに入ろうと言うのはそういうことだ。


「うん、私16歳になったら探宮者になろうと思ってるの」


「ど、どうして……」


 決意のこもった目で宣言する蒼ちゃんにボクは引きつった顔で尋ねる。

 どうにも蒼ちゃんと迷宮との接点が見出せなかった。彼女は荒事を好まない、

むしろ忌避するタイプの大人しい女の子だった筈だ。


「あのね、つくも君……私の家って、あんまり裕福じゃないことは知ってるよね」


「……うん」


 蒼ちゃんは清楚な物腰と上品な言葉使いからお嬢様だと勘違いされやすいけど、実家は裕福ではない。蒼ちゃんが小さい頃にお父さんが病気で亡くなって母子家庭となっているのだ。そのお母さんも決して健康とは言えず、市から援助を受けている状況だ。

 子どもの頃、ボクの家によく遊びに来ていたのも、蒼ちゃんのお母さんの都合の悪い時に、家で仕事をすることの多かったボクの母さんが好意で預かっていたという事実も大きくなってから知った。また、今度の高校入学も給付型の奨学金を受けているとも聞いてる。


「うちの高校って進学校でしょ。だから原則、アルバイト禁止なんだよ」


「そうなの?」


「うん、でもね……迷宮探宮だけは認められているの」


「『迷促法』か……」


 『迷促法』――正確には『異界迷宮における探宮促進に関する法律』、国が迷宮探宮を国民に浸透させるために成立させた法律だ。この法律により16歳以上なら誰でも異界迷宮を探宮できることになっている。したがって、文科省ひいては公立高校も迷宮探宮を禁止することが出来ない。この点においては実質上のアルバイト解禁状態になっているのだ。

 つまり蒼ちゃんが言いたいのは、うちの高校でアルバイトのようにお金を稼ぐなら探宮者になるしかないってことだ。


「で、でもあおいちゃん。異界迷宮は危ないし、大変なところだよ」


 実際に異界迷宮を経験したボクは身に染みてわかっている。


「覚悟の上だよ。親戚のお姉さんに聞いたけど、言うほど危険じゃないみたいだし、高校生になって新しいことに挑戦してみたいって思いもあるの。部活動の代わりだと思えば、時間的にもそんなに負担じゃないし、その上お金まで稼げるんだったら、やらない手は無いよ」


「…………」


「つくも君はどう?」


「どう、って?」


 蒼ちゃんの真っ直ぐな瞳に気圧されて、ボクは目を泳がせる。


「小さい頃、将来探宮者になるって言ってたよね」


「それは……」


 蒼ちゃんはボクが小学校高学年で探宮者を目指すのを諦めたことを知らない。否、隠していたと言ってもいい。幼少期にあれだけ息巻いていたので、かっこ悪くて蒼ちゃんには言い出せなかったのだ。


「つくも君……ううん、つくもちゃん。一緒に異界迷宮の探宮者を目指そうよ……」


「…………」


 蒼ちゃんの申し出に、ボクは言葉を詰まらせた。蒼ちゃんの想いもすごくよくわかったし、彼女の期待にも応えたい気持ちもあった。けど、『迷宮復元』が起こらない今の自分を考えると素直に同意することが出来なかった。探宮者になったら死ぬかもしれないという思いが頭の中でぐるぐる回っていた。正直、すぐに即答できない自分がとても情けなく思えた。


 ボクが俯いて答えられずにいると、蒼ちゃんは「ごめんね。少しいきなり過ぎたよね。すぐに答えなくても良いから」と微笑み「でも、考えておいてくれると嬉しい」とだけ言い、結論を先延ばしにしてくれた。


 その後、ぎくしゃくした雰囲気になったのとボク自身が外に出て疲れ果てていたこともあり、結局迷宮街にも寄らずそのまま帰宅することになった。

 蒼ちゃんは、先ほどの話が無かったかのように饒舌になり、これからの高校生活について楽しそうに話してくれた。ボクはそれに対し、意味もなく相槌を打つだけで帰宅の途についた。

 


『え? ツクモ。おまえ探宮者になりたいって……嘘だろ』


 将来、何になりたいかを発表する授業でのことだったと思う。クラスで一番運動が出来る小笠原君が驚いたように僕を見た。


『お前みたいな弱っちいのがなれる訳ないじゃん』


 格闘技好きの川井君は馬鹿にするように言い放った。


『そうそう、クラスで一番走るの遅いし』


『探宮者って強くないとなれないんだぞ』


 他の同級生の男子達も小笠原君達の尻馬に乗って笑いながら囃し立てた。


『っ……』


 彼らが言うことは事実だった。だから言い返せない。

 そんなこと僕だって薄々気付いていたんだ。

 

『何よ男子達、シロ君をいじめないで!』


『そうよ、シロ君はあんた達みたいな野蛮人と違うんだから』


 黙っていると、たまに話すクラスの女子達が僕を庇ってくれた。


『けっ! 女子に守られてやんの』


『さすが未来のトップ探宮者様だな、ハーレムじゃん』


『ぷっ……かっこわりぃ……』


 笑い転げる男子達と目くじらを立てる女子達、そして心を閉ざすボク。


 かつて見た小学校時代の一幕だ。




「嫌な夢を見たな……」


 帰宅した後、自分の部屋でいつの間にか眠ってしまっていたボクは思い出したくない過去を夢に見ていた。


 どういう授業かは忘れたけど、確か将来なりたい職業を発表させる内容だったと記憶している。そこで、ボクは深く考えもせず当時目指していた『探宮者』になりたいと口に出したところ、夢に見た状況に陥った訳だ。


 今から考えれば、女子にいいところを見せたい小学生男子達の取るに足らないマウントの取り合いだったのだろうけど、当時のボクにとっては重大事だった。しばらくはそれをネタに揶揄われ、またボクの心の中でも思うところがあり、探宮者への憧れは急速に萎むことになってしまった。



「けど、まさかあおいちゃんが探宮者になるつもりだったなんて……」


 思いもしていなかった。本来、彼女は争いを好まない温和な性格をしていたし、経済的な理由があったとしても彼女がそのような選択をするとは夢にも思わなかったのだ。


『……一緒に異界迷宮の探究者を目指そうよ』


 さっきの蒼ちゃんの顔は真剣そのものだった。決して思い付きなどでは無く、ずっと思い詰めてきたことだと想像がつく。


 出来ることなら、彼女の力になりたかった。


 けど……。


 異界迷宮でモンスターに殺される自分の姿が目の前に浮かび、激しい恐怖に襲われる。ボクには迷宮復元が起こらないのだから、迷宮で大怪我したら現実世界に戻っても怪我をしたままだ。ましてや死んでしまえば、それで人生が終わってしまうことになる。


 怖い……迷宮に入るのが正直恐ろしかった。


 僕はベッドに蹲ると、恐怖と情けなさでバクバクする自分の心臓が収まるのを待つしか無かった。

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