第10話 蒼ちゃんとの日々



「つくも君の実力なら今からでも、十分まだ間に合うよ。だから、一緒に勉強しよう」


 思ってもみなかった蒼ちゃんの申し出にボクは迷った。確かに頑張れば可能性はゼロではなかったが、かなり無理する必要があった。中三の一年間、勉強漬けの毎日で頑張らないといけなくなると気力が萎えかけたが、ボクは意を決して蒼ちゃんの申し出を受けることにした。

 そうすれば、蒼ちゃんと一緒に勉強が出来る……何よりも失いかけた蒼ちゃんとの接点が再び繋がることにボクは困難より希望を見出したのだ。


 すぐさま始まった蒼ちゃんとの受験勉強は、それこそ最初期は蒼ちゃんと二人きりで勉強できることに対し、浮ついた気持ちや密かな興奮があったのは否めないが、蒼ちゃんの真摯な態度にボクは考えを改めた。

 自分の勉強もあるのにボクのために時間を裂いてくれる彼女に不真面目な気持ちで向き合うことは彼女への冒涜と感じたのだ。なので、すぐにガチな勉強会となり、しばらくするとボクの成績は周りが驚くほど急上昇した。

 中三の二学期が終わる頃には志望校の合格ラインにギリ到達するまでとなった。担任は一つランクを落とせば余裕で合格出来ると言ったが、それでは猛勉強した意味が無い。ボクは志望校を頑として変えなかった。なので、担任も最後には折れて頑張ってみろと後押ししてくれた。


 そして迎えた高校受験。当日は思ったより緊張せずに試験に臨み、十分実力を発揮できたと自分でも感じた。「つくも君ならきっと大丈夫」と蒼ちゃんは太鼓判を推してくれたけど、ドキドキしながら結果を待った。

 そして結果は知っての通り、何とか合格することが出来、晴れて蒼ちゃんの同級生になれたのだ。もちろん、蒼ちゃんは余裕の合格で、ぎりぎり合格のボクとは雲泥の差だった。実際、入学してからのことを考えると他の同級生に付いていけるどうか少し不安を感じている。


 けど、合格は合格だ。3年間、蒼ちゃんと同じ学校に通えると思うだけでボクは嬉しかった。これをきっかけに関係を深め、あわよくば付き合えたりしないかなどと大それた妄想を抱いていたりもした。


 なのに、まさかこのタイミングでTSするとは……神様も人が悪い。あ、神様だから人間じゃ無かったか。

 とにかく、これほど努力したのだ。蒼ちゃんの献身的な協力だって無駄には出来ない。TSしたぐらいで合格した高校に入らないという選択肢はボクには無かった。



「でも、ずいぶん女の子らしい仕草も板に付いてきたね」


 蒼ちゃんはボクの歩く姿を見てしみじみ言った。


「あおい先生のおかげです」


「うん、よろしい」


 蒼ちゃんは満足そうに頷く。


 今日のお出かけミッションは、蒼ちゃんによる一週間の女子化特訓の成果を確認するためでもある。

 いやホント、蒼ちゃんって受験勉強の時もそうだったけど、けっこうスパルタなんだ。口調は優しいけど、やると決めたことは絶対にやり遂げさせる厳しさがあった。普段は天使みたいに優しいのに、そういう時は鬼に見えたよ。


 それにしても、女子と男子では歩き方から違うだなんて思ってもみなかった。座り方やちょっとした仕草もいろいろ違ってビックリしたよ。

 だから、この一週間蒼ちゃんが毎日来てくれて女子化の特訓に明け暮れることになった。いろいろな特訓がボクの頭に中に走馬灯のようによぎる。特に『お風呂事件』とか……『お風呂事件』とか(大事なことなので二度言う)は衝撃的な事件だったな。詳細については、ボクの尊厳が失われるので言及は避けるけど。(ちなみに蒼ちゃんはさすがに水着を着てました)


 それにあれは不可抗力な出来事で、決してボクの本意ではない。というのもボクが突然TSしてしまったため制服の採寸をもう一度行わなくてはならなくなったのが、そもそもの原因なのだ。(男子制服の採寸は済ませてあったが無駄になった)そのため、急遽販売店まで出向かなければならなくなり、目立つこの髪を黒に染めることが急務となった。さらに悪いことに、たまたま母さんの休日出勤が重なったため、蒼ちゃんが母さんの代わりを名乗り出たという流れだ。


 ボクは断固拒否したかったけれど、時間が無かったことと、同性なのに何を恥ずかしがる理由があるの?と蒼ちゃんに押し切られ、髪を染めるついでに女の子の身だしなみの基本であるお風呂の入り方も特訓をすることになり、くだんの『お風呂事件』と相成った訳だ。う~っ、思い出しただけで顔が赤くなる……。

 という訳で、現在ボクの髪は黒くなり、かろうじて日本人に見えなくもないという容姿に落ち着いている。もちろん、例の制服採寸も滞りなく済み、女子制服も発注済みである。


 とにかく、この一週間の血の滲むような努力の結果、何とか蒼先生さまに及第点がもらえたボクは、こうして次のステップとしてお出かけミッションを決行することになった。そして現在、最寄りの駅から電車に乗って市の中心街にある駅に移動中である。


「ん?」


 電車から降りたとたん、周りから妙な視線を感じた。

 

 さりげなく観察すると、男女問わず遠巻きにこちらをチラチラと見ているようだ。


 何で、見てるんだ? ……ああ、そうか。これって、あれだ……。


「ねえ、あおいちゃん。やっぱり、あおいちゃんって凄いよね。あまりの美人さんだから、みんながあおいちゃんに注目してるよ。ホント大変だね~」


 ボクが蒼ちゃんを揶揄うように耳元で囁くと、彼女は呆れた顔で答える。


「つくも君、なに言ってるの? 半分以上はつくも君を見てるんだよ」


「え? まさか」


「ホント、自覚無いんだから。いい? やっぱり私が許可を出すまでは単独外出禁止だからね。危なくて外なんか出せないよ」


「何だよ、それ。ボクだって小さな子どもじゃないんだし……」


「残念だけど、今のつくも君は子ども以下です」


 がーん、そうなの? ボクって、そんなにも信用が無いんだ。


「ほら、呆けてないで行くよ」


 地味にショックを受けているボクの手を掴んで引っ張ると、蒼ちゃんは周りの注目を物ともせず歩き出した。


 さすが蒼ちゃん……小さい頃から可愛かったから、こういう注目の的にも慣れっこなんだ。


 ただでさえ他人の注目に敏感なボクは不躾な視線に怖気づきながら蒼ちゃんに引っ付いてホームの階段を降りると改札口を抜ける。

 今回の目的地は駅ビルや駅近くにある商業施設だ。中学の時は、たいてい親に連れられて郊外のショッピングモールで買い物していたので、何気に自分の足で服を買いに出かけるのは初めてだったりする。そもそもファッションセンスの欠片もなかったので、ほとんど母さんに任せきりだったし。

 まあ、今日も蒼ちゃんに任せきりだから変わりないのだけれど。とにかく、今日一日ボロを出さずに過ごせるかが本日の課題だ。



◇◆◇◆◇◆◇



「あおいちゃん~もう無理ぃ……」


「え~まだ下着買っただけじゃない。これからが本番だよ」


 ボクが早々と降参すると蒼ちゃんは呆れた顔になる。


「いやいや、下着コーナーだけでボクのライフはゼロです。もう勘弁してください」


「仕方ないなぁ。ちょっと休憩しよっか?」


 憔悴したボクを見かねて蒼ちゃんは商業施設の1階にある喫茶店に誘った。


「きゅう~」


 注文もそこそこにボクはテーブルに突っ伏してへたり込んだ。


「大丈夫?」


「だいじょうばない」


 顔も上げずに弱音を吐くボクに蒼ちゃんは、くすくす笑った。


「ホント、つくも君メンタルよわよわだね」


「うぬぬ……返す言葉も無いです」


 ボクの返答に、蒼ちゃんは笑いを収めると心配そうに続けた。


「この後、どうする? 無理強いするつもりもないし、もう帰る?」


「え? 服を買う予定は?」


「またでいいと思う。なんならネットで買ってもいいし、ユキおばさんも、それなりに買いそろえてるんでしょ。それに、注文した制服が届けば私服を着る機会だって、まだそんなに無いだろうし」


「それはそうだけど……」


 確かに万能衣装である制服はプライベートは元より冠婚葬祭もOKだ。

 けど、それだと蒼ちゃんの成功報酬分の服も買えなくなるし……蒼ちゃんとのデート(偽)も終了してしまうことになる。

 ここはボクが無理をしてでも当初の予定を……。


「つくも君、無理は禁物だよ。十分、特訓の成果は出てたから、次に頑張ろう」


「でも、せっかくお出かけしたんだし……」


「う~ん、それもそうだね……うん、せっかくだから、私の行きたい店に行ってもいいかな? そんなに時間かからないし、たぶんつくも君も興味があるところだと思うし……」


 ボクが興味のあるところ? どこだ、それ。


「えと……別にいいけど」


「じゃあ、決まりね」


 蒼ちゃんは訝し気なボクに、にっこり笑うと目の前のグラスのストローに口をつけた。


~~~~

 あとがき


  都合により更新時間を変更しました。

  よろしくお願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る