第9話 幼馴染
「ごめんねぇ、蒼ちゃん。
「いえ、いいんです。つくも君は私にとって昔から弟みたいなものですから」
「弟ねぇ……」
母さんがニヤニヤした眼でこっちを見る。
絶対この前、無理やり答えさせた質問のこと思い出してるだろ。
「悪かったな出来の悪い弟で」
口を尖らせて抗議すると蒼ちゃんはニコニコ笑いながらボクの頭を撫でた。女子になる前はボクの方が背が高かったのに、今は彼女に負けている。
「何、拗ねてんの。可愛い弟だって言ってるのに……そうか、今は妹になっちゃったね」
「頭、撫でんな!」
「あれぇ、つくも君ったら反抗期かなぁ」
「
母さんが堪えきれずに笑い出す。
「か・あ・さ・ん……!」
「ごめんごめん、あまりに
ボクがじと目で睨むと母さんは口を押さえながら謝った。
「つくも君が不憫? ああ確かに今回の件は不憫ですよね。いきなり女の子になるなんて」
蒼ちゃんが間違って解釈してるけど訂正はしない。
「それより、つくも君の服代だけでなく私の分までいただいて良かったんですか?」
「全然、大丈夫よ。本当は私が買いに行かないといけないのだけど、時間が無くてねぇ。それに今どきの女の子が着る服もわからないから、無理に蒼ちゃんに頼んじゃって本当にごめんなさいね。だから、アルバイト代も兼ねて蒼ちゃんも好きなお洋服買っていいから」
高いものは買えなくてごめんねだけど、と母さんが言うと蒼ちゃんは自信ありげに答えた。
「お任せください。私のコーディネートで、つくも君を今以上に可愛くして見せますから」
今以上って……どうなるんだ、ボク。
という訳でボクと蒼ちゃんは、ただ今絶賛お出かけ中です。
ミッションの目的はボクの私服&下着の調達である。
「う~っ、なんの罰ゲームだよ」
「罰ゲーム? わたし的にはご褒美なのだけど」
いやいや罰ゲームだって。何が悲しくて好きな女の子と自分用の女子下着を買いに行かなきゃならんのだ。恥ずかし過ぎて死ねる。
「でも、つくも君とこうやって一緒に歩くの久しぶりだね。何だか懐かしい」
並んで歩く蒼ちゃんが感慨深げに話す。
「懐かしい?」
そう言われるとそうかもしれない。中学に入る前は母さんにお使いを頼まれて近場には、よくこうして並んで出かけることも多かったっけ。
「確かにそうだけど、今のボクの姿じゃ感慨どころじゃないんだけど……」
通り過ぎる店のガラスに映った自分の姿を見て憮然としながらボクが答える。
「それもそうか」と蒼ちゃんはクスクスと笑う。
その屈託のない笑顔に、つい見惚れてしまう。やっぱり可愛いなぁ。
「ねえ、せっかくだからウチに寄ってく? ママも、つくも君に会いたがってたし……」
「何言ってんのさ。さすがにこの姿で、おばさんに会えるわけないじゃないか」
「そうかなぁ。絶対、喜ぶと思うんだけど」
喜ぶと言うより、おもちゃにされそうな予感がして怖い。
そう言えば、前に話すと言っていたボクと蒼ちゃんの関係を少しばかり説明しようか。
ボクと蒼ちゃんは幼馴染なのは前に言った通りだ。互いの家が小さな道路を隔て向かい合わせの位置にあったことが親しくなるきっかけだったようだ。近所に同じくらいの年齢の子がいなかったのとボクの母さんと蒼ちゃんのお母さんが、たまたま同い年であったことからボク達は小さい頃からお互いの家を行き来する関係になった。いわゆる家族ぐるみの付き合いというヤツで、妹の桜が産まれるまでボク達は二人は本当の姉弟のように育った。
私立の幼稚園も一緒だったのでボクはずっと蒼ちゃんと一緒の生活が続くものと信じ込んでいた。
転機が訪れたのは小学校入学時のことだ。何と、ボクの家と蒼ちゃんの家はあの小さな道路を境に別の県だったのだ。県境の多くは河川だったり山だったり自然地形によって区分けされるものだけど、こんな小さな道路一本で別の県になるとは思ってもみなかった。当然、通う小学校も別々となる。ボクは知らなかったが、越境通学も母さんは考えたようだけど、結局別々の学校に通うことになった。
当時のボクは蒼ちゃんと違う学校に何故通わなければならないのかが理解できなくて泣き叫んで暴れたらしい。らしい……と言うのはその時のことをボクが覚えていないからだ。とにかく登校を渋るボクを蒼ちゃんは毎日慰めてくれていたらしい。まったく申し訳ない話だ。
しかも、入学した小学校で新しい友達が出来ると、蒼ちゃんのことをすっかり忘れて喜んで登校していたとも聞いた。そのことで蒼ちゃんはずいぶん傷ついたらしい。我ながら酷い奴だと思う。ホントごめん。
そんなこともありながらも、ボクと蒼ちゃんの関係はいたって良好で、妹の桜が産まれてからは三人兄妹のような暮らしぶりが続いた。
けれど、成長するにつれてボクは蒼ちゃんと少しずつ距離を置くようになる。
学校が違うせいもあったが、何より大きかったのがは蒼ちゃんが他のどんな女の子より可愛かったからだ。小さい頃は気にしなかったが、大きくなるにつれ蒼ちゃんの尋常でない可愛さにボクも気付き始めた。正直に言えば、全然たいしたことないボクが、どこにいても目立つアイドルのような蒼ちゃんと一緒にいることに気後れを感じるようになってしまったのだ。
それに加えてボク自身の心境の変化もあった。元々、引っ込み思案であったボクは年齢が上がるにつれクラスになじめなく、人付き合いが上手く出来なくなっていたのだ。表面上は会話を交わし孤立するようなことは無かったが、心は孤独を感じていた。まあ、虚勢を張ってそれもかっこいいと思い込んでいた節もあったのだけれど。
そんな感じだったので、蒼ちゃんとも小学校高学年ぐらいになると、だんだん疎遠になり始め、中学に入る頃にはほとんど挨拶を交わす程度の関係になり下がってしまう。まあ、そういう年頃だから仕方ないことだと思うし、よくある話とも言えた。けど、ボクとしては本当のところ意識しまくりで、当時は悶々とした日々を送っていたことを覚えている。
ただ、一般的に初恋は実らないことが多いとよく聞くので、ボクと蒼ちゃんとの関係はこのまま良い思い出として記憶に残っていくんだと勝手に思い込んでいたのだ。
ところが中学二年の3月、第二の転機が訪れる。
当時、ボクが住んでいた家は父さんの実家だったのだけれど、父さんには二つ上の姉がおり、結婚して別世帯となっていた。ところが、そのお姉さんが突然離婚して娘を連れて実家に戻って来てしまったのだ。それほど広い家では無かった実家は急に手狭になってしまった。それにより、ボクの母さんとお義姉さんの間は少なからずギクシャクする関係となったらしい。そして、どんな話し合いが大人の間で交わされたかは子どものボクにはわからないけど、父さんが新しい家を買ってボク達親子が出ていくことに決まった。
最初は面倒なことになったと不満を感じたりもしたが、新居が実家からそれほど遠くないこともあり、中学を卒業するまで同じ中学に通えることになったので、ほっとしたものだ。
しかもである……転居先は例の道の反対側、何と蒼ちゃんと同じ県になったのだ。つまり、通おうと思えば蒼ちゃんと同じ高校に通えることになったのだ。
さっそくボクは久しぶりに蒼ちゃんに連絡を取った。すると、蒼ちゃんはすぐにボクのところに飛んで来てくれた。引っ越しすることや進路の話をすると蒼ちゃんも今度こそ一緒の学校に行けるねと、すごく嬉しそうだった。けど、浮き浮きした気分で聞いた蒼ちゃんの志望校にボクは愕然とした。
何故なら蒼ちゃんの受験する高校は引っ越し先の県内でトップレベルの高校だったのだ。ボクも学校の成績はそれなりに良い方だったけど、さすがにそのレベルに達していなかった。
それに県外受験は内申点的に不利とも聞いていたので、早々と諦めようとしたボクに待ったをかけたのは蒼ちゃんだった。
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