第8話 やらかした!
探宮者を目指すのを止め、男に戻ることを一旦諦めたボクは女の子として生きていくことに決めた。
そうなると、当面の問題は4月から始まる高校生活になる。ずっと男性として生きてきたのだ。4月までのほんのわずかな間に女性らしい生活に慣れなくてはいけない。基本的なことは母さんから教わったが、同じ年代の女子の知識は皆無だし、まともな女子高生らしく振る舞えるか自信が全くない。せめて歳の近い姉か妹でもいれば何とかなったのかもしれないが……。
ちなみにネットや流行りのAI様に聞いても、あまり参考にならなかった。『女の子らしくするには』と検索したり質問したりしても『女らしい』は古い固定観念で自分らしく生きることが大事……とか諭されるのオチだった。
実のところ、家事全般は嫌いじゃない。と言うよりむしろ好きな方だ。父さんが単身赴任で家に居らず、母さんも仕事が忙しく帰るのが遅くなることもあったから、家事と妹の世話をボクがやることも多かった。いわゆるヤングケアラーってヤツかもしれないけど、別にそのことに特に不満は無かったし、自分の得意なことで家族に喜んでもらえることはボクにとっても嬉しいことだった。それに効率よく家事をこなすのは勉強するのに似て工夫改善が必要で、やりがいも感じていたし、完璧に出来れば達成感もあった。ぶっちゃけて言えば実益を伴う趣味みたいなものと言えた。
そう言えば、中学時代に友達の取れた制服のボタンを学生鞄に入れていた
あと、先ほど話に出た父さんと言えば、電話で女の子になったことを一応報告したのだけど、しばらく絶句してた。なるべく近いうちに休みを取って帰省するからと焦っていたので、こっちは何とか頑張るから無理しないでいいよと言ったら、感激していた。どうやら、娘に優しくされて嬉しいらしい。娘なら妹のさくらもいるのに……まあ、さくらは母さんにべったりで父さんに厳しいからな。
とにかく入学したらボロを出さないように、しばらく大人しく生活して乗り切ろうと思う。
ただ問題なのは、この目立つ容姿だ。眼にはカラコンを入れて髪の毛は黒く染めるとしても、自意識過剰と言えるかもしれないが人並以上の容姿であることは否めない。間違いなく注目を集めるのは必至だろう。う~ん、漫画などの定番の分厚い眼鏡でもかけようか。けど、あれでホントに可愛く見えなくなるのだろうか?
と、頭を悩ませていると玄関のチャイムがなった。
宅配便かな、と思いながらスエット姿で不用意に玄関のドアを開ける。自分の容姿が変わったことに無頓着なボクの明らかな失敗だった。
「げ……あおいちゃん!」
玄関に立っていたのは幼馴染の
「こんにちわ、つくも君はいますか?……って、貴女いったい誰ですか?」
蒼ちゃんはボクのことを小さい頃は『つくもちゃん』と呼んでいたのだけど、中学生になった頃には『つくも君』と呼ぶように変わってしまっていた。
「え……と、ボクは……」
普段、優しい表情の蒼ちゃんの鋭い視線にボクはたじろぐ。
「あれ? いま貴女、私のこと『あおいちゃん』って呼びましたよね? 私、貴女に初めて会った筈なのに何故、私の名前知ってるんですか? それにその服、つくも君がいつも寝巻代わりにしてたものですよね」
と言いながら、じーつとボクを見つめる。
不味い。非常に不味い。ボクのことを知り尽くしている蒼ちゃんに昔から嘘は通じない。ここは観念して正直に答えるしか……。
「あおいちゃん、信じてもらえないと思うけど、ボクこう見えて
◇◆◇◆◇◆
ボクは誠心誠意、ことの経緯を蒼ちゃんに説明した(異界迷宮に落ちたことは心配するといけないので内緒にした)。
話を聞いてもらうためならボクは土下座も辞さない覚悟で臨んだ。何故なら、警戒心ばりばりの彼女を味方に出来るか出来ないかで、4月からの高校生活が順風満帆に送れるかどうかの瀬戸際のように感じたからだ。もちろん、そういう打算的な考えも無いでもなかったが、それよりも大好きな蒼ちゃんに嘘を吐いて、後でバレて嫌われるのが怖かったのもある。
「ふ~ん。君が、つくも君ってことね……うん、わかった」
「そうだよね。こんな嘘くさい話、とても信じられないのは当たり前だけど、信じて欲し…え、今何て言ったの?」
「わかったって言ったんだけど……」
「ええぇぇぇっ――!」
「何、驚いてんの。信じて欲しくなかったの?」
「ち、違くて、信じて欲しいのはやまやまなんだけども」
蒼ちゃんも母さんのように質問攻めしてくると思っていたから、あっさり納得してくれたのはボクとしては意外な反応だったのだ。
「でも、どうして……」
「どうしてって……つくも君と私、どのくらいの付き合いだと思ってるの? 見たらわかるって」
そうなのか? いや、どのへんを見たらボクってわかるんだ。
「う~んとね。顔だってほんのり、つくも君っぽさが残ってるし……動きとか姿勢とか受ける印象っていうか……つくも君、ちゃんと背筋伸ばしなよ。せっかく可愛いくなったんだから、もったいないよ」
「え……うん、ありがとう……」
蒼ちゃんに不意打ちに褒められたことで、自分が可愛い女の子になったことに、ちょっと実感が湧いた。
「でも、そっか。つくも君、女の子になっちゃったかぁ……」
蒼ちゃんの顔が曇ったような感じがした。あれ、もしかして落ち込んでる?
「……あおいちゃん?」
「ううん、何でもない。性別が変わっても私たちが幼馴染なのは変わらないからね」
「ん? 何言ってんの、 当たり前じゃない」
「うん、そうだよね」
蒼ちゃんは何かを吹っ切るように頭を振ると再び明るい顔に戻った。
「それより、あおいちゃんこそ何でボクの家に?」
「あ、忘れてるな。入学前に学校まで一緒に行って通学路や通学時間を確認しようって約束したのに」
そう言えば、そんな約束してたような……。
「わ、忘れてないよ。ちょっと日を間違えてただけだから。あ、明日だと思っててさ」
「ホントかなぁ……で、どうするの? 予定通り学校に行ってみる?」
お誘いは嬉しいけど、さすがにこの格好で外を出歩く勇気がボクにはまだ無かった。
「遠慮しておくよ。着ていく服が無いし、女の子なりきりミッションはまだ始まったばかりだから」
「そうか……つくも君、女子になりたてだもんね。たしかにユキおばさんも仕事で忙しいから教えてあげるのに限度があるか……」
その時、ボクの眼の錯覚でなければ、蒼ちゃんの眼がキラリーンと光った気がした。
「しょうがないなあ。ここは幼馴染のよしみで、このあおい様が一肌脱ぐしかないか!」
すっごく嬉しそうな笑顔がちょっと怖いんですけど。
「あおいちゃん……?」
「つくも君、この私にすべて任せなさい。猫を被る……もとい、女の子らしく振る舞うのは得意中の得意だから」
そうだね、ボクからしたら信じられないけど、確か君は学校一の清楚系美少女様でしたっけ。
「ん? 何か疑わしそうに見てる?」
「いえいえ、ソンナコトナイデスヨ……」
慌てて蒼ちゃんから目を逸らす。彼女にはボクの嘘は絶対に通じないのだ。
「じゃあ、さっそく今からレッスンを始めようか!」
この日から蒼ちゃんの『つくも君美少女化計画』の猛特訓が始まったのだ。
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