第7話 帰還
身体や髪を洗って(驚くべきことにアメニティグッズも完備されていた)さっぱりしたボクはタオルで拭きながら浴室から出る。
その足で期待を込めて壁に収納されたクローゼットを開いた。
「やっぱり、そんなに甘くないか」
残念ながら中は空っぽだった。
【主様、何かお探しですか?】
「ひぃっ!」
気落ちしたボクがソファーに腰かけようとした瞬間、頭の中に声がしてボクは情けない悲鳴を上げ飛び上がった。思わずちびりそうになったのは内緒だ。ちなみにユニットバスだから当然トイレも完備していた。
「だ、だだ誰?」
【驚かせてしまい申し訳ございません、主様。私はこの部屋の管理ユニットでございます】
「管理ユニット?」
【はい、主様の世界のさしずめ人工知能みたいな物でしょうか】
「ア〇クサやシ〇とか、グー〇ル先生みたいなもの?」
【厳密に言うとそれらは人工知能ではないのですが、まあそう考えていただいて、よろしいかと思います】
ボクの記憶から情報を得ているにしては、けっこう博識だ。深層意識の記憶でも読み込んでいるのだろうか……で、ここは定番の……。
「教えてアレ〇サ、ここはいったいどこなの?」と聞いてみる。
【残念ながら私はこの区画のことしかわからないので、ご期待通りのお答えは出来かねます。あと、私はア〇クサではございません】
冗談が通じない……真面目くんだったか。
結局、ユニ君(管理ユニットなので『ユニ』君と安直に命名した)によると、ここは異界迷宮内で使用する個人退避所のような
【主様、こちらをどうぞ】
ユニ君はそう言うとテーブルの上に乳白色の腕輪と黒色のローブを出現させる。
「これは?」
【『証の腕輪』は、主様であることを証明する端末用の魔法具でございます。これがあれば、何処にいてもここに自由に入ることも出来ますし、外の防衛用の召喚陣も発動しません。お召し物は、さすがに全裸はどうかと思いましたので、生成してみました】
な、なんて気が利くんだろ、ユニ君えらい。
「ありがと、心から礼を言うよ」
ホント切実に助かった、着るものは今のボクにとって一番必要な物だったから。
受け取ったローブを身に纏いながらユニ君の説明を聞くと、部屋の前の召喚陣はこの部屋を守るための防御設備で、主が設定したレベル(上限はさすがにあるらしいが)のモンスターを召喚させる仕掛けなのだそうだ。現在の設定は主が不在だったこともあり、侵入した敵のレベルに合わせたモンスターが召喚されるようになっており、しかも複数人ならその総合力に応じたモンスターになる仕様との話だ。殲滅目的ではなく撤退を促すことを目的としているのは、新しい主を選別する試練の意図もあるらしい。
つまり、初心者のボクだったから、あの最低レベルのスライムが現れた訳で、超強力なパーティが来たら、物凄く強いモンスターが召喚されたってことだ。
ん、ちょっと待てよ。
「ユニ君、もしかしてこの
上限があるにしたって、レベル自由でモンスター召喚できるなんてアイテムなんて聞いたことが無いもの。
【『ユニ君』の意味が不明ではありますが、主様の仰る通りで間違いございません。『魔王の
あ、やっぱり。薄々、気が付いていたけど、これってボクのクラスに関連するアイテムってことだね。
承認が通ったのもボクが魔王だったからに違いない。
そのことについて、いろいろ『ユニ』君にも尋ねてみたけど、前の魔王については何も記録がないとの話だ。どうやら、使用者が変わるとリセットされる仕様らしい。
それではと思って、行き止まりの廊下や最初に落ちてきた部屋について質問してみると、それについてはすぐに回答してくれた。
『区画の仕掛けについては、主の腕輪があれば使用可能になります』との話だ。
どういう意味かと言うと、『証の腕輪』を付けていれば秘密の扉が使えるようになるらしい。しかも、最初の部屋の秘密の扉は『
何て便利な……まるで『ど〇でもドア』だ。
◆
「おぉ!ホントだ……」
ボクはユニ君に別れを告げて最初の部屋に戻って来ていた。腕輪を嵌めた状態で見ると、後ろの壁が透けて急な階段があるのがわかった。どうやら腕輪が無ければ一方通行の通路のようだ。そして、おそらくだがボクはここを転げ落ちてきたのに間違いない。
恐る恐る透けている壁に手を伸ばすと、ちゃんと通り抜けが出来る。試しに腕輪を外すと、壁は透けずに壁のままで通り抜けも不可能のようだ。
「一時はどうなることかと思ったけど、何とか助かったみたい」
ボクは安堵しながら階段を昇り始めた。
『
「それにしても凄い体験だったな。まさか、実習前に異界迷宮へ入るだなんて夢にも思わなかった」
探宮者を志す者は、16歳の誕生日を迎えると探宮者の資格を得るために迷宮協会の検定を受けることが出来る。その際、現地実習として異界迷宮に入るのだけれど、ほとんどの人間はそこで初めて異界迷宮を経験することになるのだ。今回のボクのように偶然、異界迷宮に落ちるケースも無いことはないが、かなり稀なことと言えた。
「でも、やっぱり……」
今回の件で改めて、今の状況の原因が異界迷宮にあることを確信する。謎を解明して元に戻るためにも一刻も早く探宮者にならなきゃ、と決意を新たにした。
「ユニ君の話では、『証の腕輪』を外して、あの部屋に侵入すれば召喚陣が作動するって言ってたから、考えようによっては、かなり都合のいいトレーニングルームな気もする」
自分が設定したレベルのモンスターが出現するのだから、練習台には持ってこいだ。危なくなったら、腕輪を装着すれば良いのだから、危険も少ない。
5月生まれのボクは、あと一カ月弱で16歳になるけど、それまで毎日、時間を見つけて特訓することにしよう。もしかしたら、すぐに高レベルになっちゃって無双したりなんかするかも……。
そんな夢のようなことを考えていた時期がボクにもありました。
「む、無理~!」
次の日、異界迷宮から戻ったボクはベッドに突っ伏した。
スライムの攻撃による打撲と全身筋肉痛の痛みで、身体をピクリとも動かせない状況となっていた。
そう、ボクは致命的な欠陥に気が付いたのだ。
通常なら起こるべき筈の『迷宮復元』が現実世界に戻ったボク自身には作用しなかったのだ。
考えてみれば当然の話だ。何しろ、ボクは異界迷宮でしか現れない現象を現実世界で起こしている。つまり、ボクにとって現実世界と異界迷宮の境界が無い状態なのだ。そもそも『迷宮変異』が常時起こっているのだから、『迷宮復元』も起こらないのも当然と言えば当然だ。
結果、戦闘のダメージは現実世界に持ち越す羽目となった。
「ちょ、ちょっと待って。と言うことは……」
異界迷宮で死んだり致命傷を負ったら、ボクはもしかして……。
怖ろしい想像にボクは背筋が凍った
「探宮者になるのは止めよう。うん、そう決めた!」
やっぱり、元からボクが探宮者になるなんて無理だったんだ。男に戻れないかもしれないけど、少なくとも死ぬことは無い。
うん、せっかく美少女になったんだから、女性として生きていくのも決して悪くない……筈だ。
ボクはそう結論付けて、頭から布団を被って震えた。
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