第6話 初めての戦闘


「他に使えそうなのは……」


 期待外れだった一般スキル以外に明度が落ちていないのは、『魔王のむくろ』と『魔王の邪眼』の二つだけだった。他の魔王スキルは明度が落ちているので、レベルが足りないのか、まだ使用不可能のようだ。まず、意味不明な『魔王の躯』をタップする。


【『魔王の躯』レベル1:■■】


 何だこれ?


 何も起こらないし、テキストも表示されるけど黒くなっていて内容が読めない? まさかバグでも起こっているのだろうか。たぶん、これもパッシブスキルの類いと思われるが、せめて説明ぐらい読めれば対処のしようがあるのに……。


 次に『魔王の邪眼』に目を向てみる。名前からして視覚系のスキルのように思えて一縷いちるの望みを賭ける。


「『魔王の邪眼』をタップと……」


 今度はちゃんと反応し、スキル内容も確認できた。


【『魔王の邪眼』レベル1感覚鋭化(暗視): 邪眼のスキルで、プレイヤーキャラクターの感覚が鋭くなります。隠された情報や小さな変化に気づく能力が向上します。また、暗視能力が追加されます】


 ふむふむ。視覚効果だけにとどまらないのか。しかも暗視能力とは今のボクに一番有難いスキルだ。

 

 ボクは、ほっとしながら次の画面を見る。 


【スキルポイント1を消費して『魔王の邪眼』レベル1感覚鋭化(暗視)を発動しますか? Yes or No ※なお、☑にチエックを入れると次からはこのコマンドは表示されません】


 うん、まんまゲームみたいだ。なんだか、現実感が失われていく。


 ボクはチエックを入れないで、Yesボタンをタップする。慣れていないので、次に使う時も再度確認したいからだ。


【『魔王の邪眼』レベル1感覚鋭化(暗視)を発動します】


 その表示と共に視界が不意に明るくなる。白黒ではあるが、周りの様子がハッキリ見えるようになった。

 とても暗視ってレベルでは無い気もするけど、暗闇から解放されたのはありがたい。どうやら何もない真四角の部屋のようだ。それほど広くなく真正面に扉が見える。


「転げ落ちてきたんだから、どこかに穴が……」


 後ろを振り返ってみても壁しか見えない。天井まで見上げてみても穴らしきものはないようだ。途中に転移トラップでもあったのだろうか?


「とにかく、前に進むしかないみたい」


 意を決して扉まで進むと、耳を当てて音を聴く。ひやりとした感触の鉄扉の向こうは静かで物音ひとつ聞こえないようだ。否、自分の吐く息遣いと激しく鼓動する心音だけが耳に届いた。


 注意深くゆっくりと扉を開けてみる。かすかに軋む音がするが難なく開いた。わずかに開いた隙間から向こう側を見ると、すぐに壁が見える。迷宮でよく見られる白い石壁のようだ。扉の外へ慎重に顔を出して様子を窺うと左右に伸びる廊下が確認できた。


「よし、行くぞ! 男は度胸だ……今は女の子だけど」


 ボクは用心深く廊下へと身を乗り出した。



 恐る恐る廊下に出ると、右の廊下の先には扉が、左の廊下の先は行き止まりのように見えた。


「やっぱり何も着ていないと心細いったらないな」


 暗視でもわかる自分の白い肌に戸惑いを覚えながら、元男子のボクとしては何だか見てはいけないような気がして慌てて目を逸らす。


 とにかく先に進もう。


 ボクは、まず行き止まりの廊下に向かった。明らかに不自然で隠しシークレットドアの存在を疑ったのだ。


 近づいてみると何の変哲もないただの壁にしか見えなかった。手を伸ばしてあちこち触ってみても変化は起きない。

 ボクの探索スキルが低いのか、それとも本当に何もないのか……レベル1ごときのボクでは、とうてい判別などできない。


「ひとまず、こっちは保留と……」


 ボクは踵を返すと反対側の廊下へと進んだ。

 

 扉があると言うことは誰かがいる可能性がある。いきなり遭遇するとも限らないので、ボクは左右の手で大事なところを隠しながら、恐る恐る近づく。

 やがて、目的の扉の前に立つと、耳を当てて扉の向こうの様子を窺うが、今度も何も聞こえない。取っ手がついていたのでボクはゆっくりと扉を引いてみた。どうやら鍵は掛かっていなかったようで、大きな音を立てて扉が開く。暗視を使って覗くと真四角な部屋のようだ。


「げ、あれは……」


 部屋の中央に怪しげな魔法陣が描かれているのが見えた。

 どう見ても召喚陣の類いで、モンスターが出現ポップする未来が容易に想像できる。そして召喚陣の向こう側、つまり今ボクが立っている扉の反対側にも扉があった。つまり、ここを突破しない限り、先には進めないってことだ。


「行くしかないのは、分かってるけど……さすがに素手で戦うのは無理があるよね」


 そう思い悩んでいると部屋の片隅に細長い棒のような物が転がっているのに気付く。


 もしかして、あれって……。


 ボクは意を決して部屋に飛び込むと、その白い棒を拾おうと試みる。

 その刹那、ボクが部屋に入るのと同時に召喚陣が白く輝き、陣の中央にモンスターが現れた。


 ボクは一瞬だけ、視線を向けながら白い棒……改め小剣ショートソードを拾い上げると両の手で握りしめ、モンスターに身構える。


「あれって、スライムだよね」


 出現したのは、ファンタジーゲームなどの最序盤に登場するモンスターであるスライムだった。異界迷宮でも初心者ルーキーの探宮者が最初に戦うことで有名だ。


「スライム一体ならボクでも何とか……」


 なるのだろうか? 魔王って近接戦闘系のクラスじゃないと思うし……。大体、小剣と言っても、けっこう重いし、そんなに長くは戦えそうにない。


「うりゃ~!」


 けど、あいつを倒さない限りと向こうの扉には行けない。不安を感じながらもボクはスライムに向かって突進した。


「確か内部に浮いている魔核を壊せば良かった筈だ」


 うる覚えの知識でスライムの弱点を思い出し、小剣を振るう。


 すかっ!


 ボクの剣は盛大に空振りした。

 ぷるるんと、たわんだスライムはボクの剣を避けると、ぽーんとボクの方へ飛んでくる。


「うわっ」


 ぽよん、と体当たりを食らったボクは頭から後ろにごろごろ転がって壁で止まった。他人には絶対見せられない、あられもない恰好になっていたので慌てて足を閉じる。ヒットポイントがわずかに減っただけだけど、恥ずかしさによる精神的ダメージの方が甚大だ。


「な、何か使えるスキルは……?」


 スライムに意識を向けながらステータス画面を開く。けれど、先ほどと変化が無いので現状のままで戦うしかなさそうだ。


「こうなりゃ自棄やけだ。やってやる!」


 ボクは覚悟を決めて再度スライムに挑んだ。



◆◇


「はあはあ……何とか倒した」


 あれから何度も剣を振るい満身創痍になりながら、ようやくスライムを倒すことができた。戦士系ジョブなら簡単に倒せたと思うけど、どうやら魔王は近接戦闘は苦手なようだ。


 それにしたって……。


「破裂するなんて聞いてないよ」


 全身、粘液でベタベタになったボクは涙目になる。まさか、魔核を潰した直後にスライムが破裂するなんて。魔物の亡骸は粒子となって消えるのが普通だけど、スライムの粘液は素材扱いらしい。おかげでスライムの体液を頭から被ってエロい……もとい酷い有様になってしまった。


「うえ~っ、シャワーが浴びたいよ」


 柔肌に残ったぬるぬる感に生理的嫌悪感を覚えながら(無臭なのがせめてもの救いだ)、スライムの消えた後に残った魔結晶を拾い上げる。粘液以外のドロップ品はさすがに無いようだ。

 とにかく泣き言を言っても始まらないので前へと進んだ。




「あれ?」


 奥の扉の前に立ってボクは途方に暮れた。扉にはノブや取っ手など開けるための手段が全く無かったからだ。

 唯一、ヒントと思われるのは扉の中心に取り付けられている薄い円盤状の装飾だけだった。しかも、どう見ても掌が収まる大きさというのがミソだ。


「罠っぽいよね? けど……」


 他の選択は無かった。


「えいっ!」


 ボクは躊躇わずに右の掌を円盤に当てる……と、そのとたん頭の中に声が響いた。


【生体認証確認………………終了】


【照合の結果、あるじとして、承認】


【主の記憶により区画を生成中】


【生成…………完了】


 その声と共に扉がスライドして開いた。


「へ?」


 中を覗き込んだボクは呆気にとられる。


 明るい照明によって照らされた一室はどう見ても現代日本のワンルームマンションだったのだ。


「どういう……そう言えば『主の記憶』により区画を生成するって聞こえた気が……」


 ボクがもし主に認証されたのなら、ボクの記憶を元にこの部屋が出来たってことなのだろうか。確かにスライムでベトベトだったから、ユニットバスでいいからシャワーが浴びたいって思ったのは事実だ。


「とにかく……」


 ありがたい! シャワーが浴びられる……え、待って、ちゃんとお湯出るよね?


 心配しながら浴室に入り、蛇口をひねると温かいお湯が降り注いだ。どこから水を引いているかなんていう謎はこの際、無視だ。


「ああああ……生き返るぅぅ」


 ボクは文明の利器に涙した。

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