第3話 TS病?
病院に行ってきました。
結論から言えば、ボクは立派な女の子でした、以上報告終わり…………え、詳しく説明しろって? 止めろぉ――思い出させるなぁ! 忘却の彼方に葬り去りたいんだぁ――――。
ごめん、ちょっと錯乱しました。
もう大丈夫です。
とにかくボクの今までの人生で一番恥ずかしい経験の連続だったとだけ、お伝えしよう。ホント、精神力をゴリゴリ削られて虚無に陥りそうになったよ。
けど、丸一日も掛かった各種精密検査のおかげで、ボクが間違いなく女の子になっていることがハッキリした。その他については、この年齢にしては多少成長は遅めだが、健康そのものという結果だった。
診察した大学病院の先生曰く、最近になって数少ない症例が報告されている現代病の一種「後天性染色体突然変異症候群(通称TS病)」ではないかとの診断だった。
ただ、普通はゆっくりと徐々に変わっていくもので、一晩で変異したあげく容姿も別人に変わるような症例は聞いたことないとの話だ。
検査結果が無ければ、ボクと母さんが二人して嘘を吐いてると思われてもおかしくない状況だったらしい。
特に外見どころか骨格や背の高さまで変化する事例など前代未聞で、発症のメカニズムが解き明かされれば医学的発見につながるとかで、その大学病院の先生が前のめりになって力説していた。
とにかく大変興味深い症例なので、もし可能ならぜひとも長期入院して更なる検査をと勧められたが丁重にお断りした。こちとら4月には高校に入学する身なのだ。そんな悠長なことをしている余裕などない。
そうそう、その進学についても一応、担当医からアドヴァイスを受けた。
実際、身体は間違いなく女性ではあるけど『性自認』は男なので、この身体のまま『男』として生きていくという選択もあると示唆されたのだ。
ただ、それは本人だけの問題にとどまらず、家族や学校など周囲も巻き込んで考えていかなければならない問題なので、よくよく考える必要があると言われた。
確かにこの身体で男子トイレや更衣室を使うのは問題があるだろうし、別の部屋を用意してもらうのも気が引ける。そもそも周囲に知らせて奇異な目で見られるのは絶対に避けたかった。
世の中の差別や偏見については深く考えたことは無かったけど、実際に自分がその立場になってみるとありのままに生きていくことの厳しさを悟らざる得なかった。
ボクの立ち位置は目立たない地味キャラが相応しく、入学早々悪目立ちなどしたくないのだ。
なので学校には事情を説明しておくが、問題が生じない限り周囲には秘密にして女の子として生きていくことに決めた。戸籍事項の変更などの細かいことについては、もうしばらく様子を見てから考えることにした。まあ、実際に身体は女の子なのだから問題は無いはずだ。
クラスメイトを騙すことに少し抵抗はあるが、お互いが疑心暗鬼にならず、ボクが波風を立てず幸せな生活していくにはそれしかないように思えた。後は自分自身がこの変化にどう折り合いを付けていくかと、本当に女の子として生活していけるのか、それだけが少し不安だった。
それと聞きたくはなかったが、通常この病気を発症したら物理的な手術をしない限り元の性に戻ることはないのだそうだ。
「本当にいいのね、女の子として入学するって決めて……?」
病院の会計を済ませた母さんが心配そうにボクを見つめながら言った。
「うん、とりあえず頑張ってみるよ」
「じゃあ、お母さん、学校に連絡して状況を説明するわね。入学取り消しはさすがに無いと思うけど、話し合いや面談などがあるかもしれないから、覚悟しておいて」
「わかった……」
そう言いながら、ボクはガラスに映った自分の新しい顔を改めて見つめた。
髪の色は一夜にして短い黒髪から白髪のロングヘアに変化していた。ただ、
顔は非常に整っていて自分で言うのも恥ずかしいくらい、まさに究極の美少女と言えた。小柄で華奢だけど、それなりに出るところは出ているし、手足は長くて細い。まるで思春期の男子が思い描く理想の美少女像が現実に抜け出てきたような存在と言えた。
元男のボクとしては、この容姿で生きていくことに不安しかない。元々、人付き合いが悪く他人と接触してこなかったので、絶対にトラブルに巻き込まれる未来が容易に予想出来た。
まあ、日本人顔のボクの要素もほんの少し残っているので、髪を黒に染めてカラコンを入れれば、かろうじて日本人に見えなくもない。とにかく、アニメの実写ドラマ化のようなコスプレ感だけは避けたいところだ。
ちなみにボクが当面は女の子として生きていくことを決めたのには、実は大きな理由があった。
それは、ボクのこの変異が先生の言うような病気のせいでは無く、別の要因によるものかもしれないと考えがあったからだ。もしかしたら、また男に戻れる可能性も皆無ではないという期待も密かに持っている。
何故なら、とうてい信じられない話だが、他人には見えていないようだけど、ボクの目の前には、よくゲームなんかで見られるステータス画面が開いていたのだ。
そこには、こう記されていた。
【探宮者名】 一色 白(いっしき つくも)
【性 別】 女
【クラス】 魔王(LR)
【レベル】 1
【HP(体力)】 465
【SP(技力)】 465
【MP(魔力)】 525
【固有スキル】 魔王の
魔王の矜持、魔王の
【一般スキル】 幸運、料理、裁縫
【装 備】 布の服(上下のスウェット・下着等)、スマホ
◇◆◇◆◇◆
「これって、やっぱりアレだよな」
病院から帰ってきて自分の部屋のベッドに横たわると、ボクは改めてステータス画面らしきものをまじまじと見つめて呟いた。
最初にそれに気付いたのは、病院で次の検査まで時間があり廊下の長椅子に腰かけて待っている時だった。
ふと気が付くと、視界の右上の端に何か文字みたいなものが映っているのが見えた。何だろうと思って目を凝らしてみると、それはひらがなの『く』の字を二つ並べたように見える記号だった。
何だろ、これ?
ボクは目の前の宙に浮かんでいるそれを無意識に指で触れてみる。意図せずにタップしたような仕草になった。
「おわっ!」
すると驚くべきことに、目の前の空間にゲームのようなステータス画面が突然現れたのだ。
「どうかされましたか?」
ボクが思わず大声を上げたものだから、通り過ぎようとしていた看護師さんが立ち止まって声をかけてくる。
「ああ看護師さん、ちょっと見てください。目の前にこんなゲームみたいなステータス画面が出てきたんです。何ですかね、これ?」
ボクが目の前で起こっている異常現象に狼狽して看護師さんに意見を求めると彼女は訝し気な表情でボクを見つめる。
「ス……テータス画面? 何を言ってるんですか。何も見えませんが?」
「え?」
どうやらボクに見えている画面は看護師さんには見えていないようだった。
「あ、すみません。何だか寝ぼけていたみたいです。何でもありません」
「そうですか。なら、いいのですが体調が悪いようなら誰か呼んで来ましょうか?」
「大丈夫です。検査待ちなんで……」
慌てて言い訳して看護師さんに立ち去ってもらったボクは、目の前に浮かび上がったステータス画面らしきものを呆然として見つめるしかなかった。
◇◆
「どう見ても異界迷宮(アナザーワールド・ラビリンス)のステータス画面だよね、たぶん」
それはネットでよく見る
「現実世界でこれが見れるなんて……」
ベッドに寝ころびながら、ボクは目の前に浮かび上がる画面をじっと観察する。見れば見るほど異界迷宮の中で表示されているステータス画面にそっくりだ。
けど、現実世界でこの画面が現れることは絶対に無いと言い切れる代物だった。ボクだって目の前に無ければ、とうてい信じないだろう。
「もしかして、ボクにしか見えない……とか?」
いや、待て。そんな都合の良い話でなく、最悪ボクだけに見える幻覚という可能性もある。もし、そうなら本気でヤバイ。他の人に言ったら確実に病院送りになってしまう。
迂闊なことは言わないようにしないと……まあ、実際のところ受験勉強一色の一年間だったから、その線もまったく捨てきれなかったりもするけど。
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