第4話 異界迷宮
「それにしても、
異界迷宮(アナザーワールド・ラビリンス)、通称『AWL』は1980年代初頭に突如現実世界に出現し、その後世界各地に次々と発見された迷宮群のことを指す。長い間、各国政府に秘匿され研究が進められてきたが1999年8月に公けとなり、その存在が全世界に知られるようになった。
情報公開に至った理由は明らかにされていないが、異界迷宮の発見が年々増え続けたことに伴い、広く一般に門戸を開くことで優れた探宮者(ラビリンス・エクスプローラー)通称『LE』を集めることに方針を転換したためではないかと推測されている。
次に異界迷宮の具体的な説明だけれど、これはゲームやラノベ等によく登場する迷宮そのものと言っていい。リアルRPGとよく揶揄されるのも頷ける仕様だ。なので、一般的に思い浮かべるゲームの迷宮に存在するもの……真っ直ぐな石造りの廊下、不自然に並ぶ四角い部屋の数々、エリアごとに何故か一定のレベルで統一された凶暴なモンスター、誰が置いたか不明な宝箱、勝手に配置し直される凶悪なトラップ……などなどゲーム等にあるものは異界迷宮にも大体あると思って間違いない。
ちなみに異界迷宮と現実世界は『
また、異界迷宮のほとんどは発見された場所にある国家によって管理・保有されている。未発見の異界迷宮を発見した場合は発見者の所有となるが税金が高いのと管理料が掛かるため国家に売り渡すことが多いそうだ。金銭的に余裕があったり、所有する理由がある場合など、ごく稀に企業や個人が所有している迷宮も存在しているらしい。
そして、現在確認されている異界迷宮の数は日本だけで約1400近くに上り、全世界では推定で40000前後(非公表の国や組織があったり、発見しても未報告な例もあるため)あると言われている。
その多くは地下10層未満のD級迷宮(正確な迷宮分類法では4級迷宮)と呼ばれる比較的浅い階層によって構成される迷宮であり、最奥部で迷宮主を倒すと、他の上位迷宮へと合流する扉が現れることが確認されている。
日本でも最終的に多くの迷宮は7つのS級迷宮(100層以上ある迷宮を指し、正式名称は特級迷宮。迷宮分類法で最上位ランク)に集約されるのではないかと考えられていた。
おそらくではあるが、その日本の7つのS級迷宮どころか全世界のS級迷宮も最奥に進めば、いずれは合流して一つの迷宮となるのではないかとの推測が立てられている。
ところで、異界迷宮を語る上で最も特筆すべき点は、迷宮に入ると発生するその不可解な現象にあった。
まず
そして、迷宮内でEXP(経験値)を稼げばレベルアップしてどんどん強くなるのもゲームと同じだ。もちろん、現実世界に戻ると元の自分に戻ってしまい、レベルアップの恩恵も現実には影響しないのではあるが……。
とにかく、これらの現象は『迷宮変異(ラビリンス・メタモルフォーゼ)』と名付けられ、異界迷宮がリアルRPGと揶揄される所以となっている。
さらに、あと二つほど異界迷宮には大きな特徴があるのだけど、その話はまたの機会に話そう。
つまり、何が言いたいかと言うと、今ボクに起こっている謎の現象が異界迷宮に入る際に引き起こされる『迷宮変異』の一種ではないかと疑っているのだ。
もちろん、本来は迷宮内限定で起こる現象なので現実世界で起こるなんて聞いたことのない話だけれど、どう考えても似通っている。
とにかく、元々が謎仕様の異界迷宮だ。現実世界に起きないという保証はどこにもない。ただ単に過去にそういう事例が無かっただけに過ぎないのだ。
なので、ボクの結論としては何らかの理由で今まで現実世界では起こりえなかった迷宮変異が現実のボクの身で起きているのではないかという仮説だ。
そして、もしそうならば元のボクに戻れる見込みはゼロではない。通常であれば、現実世界に戻れば元の姿に戻るはずなのだから、この変異も原因がわかれば男に戻れる公算が高いように思えた。
そして、原因の一つとして考えられるのは、今朝見たあの謎の夢だ。夢の中であの少女と衝突したことが今の状況に陥ったことに関係があるとボクは思っている。とは言っても、あの短い夢から得られる手がかりは少ない。分かっているのは、ボクが夢の中で異界迷宮に入ろうとしていたことぐらいだ。
なので謎を解く鍵は、やはり異界迷宮にあるとボクは考えている。ならば、一刻も早く異界迷宮を探宮し、起こってしまった変異の謎を解明するしか無い。
けど、それについてボクとしては多少のわだかまりがない訳でもない。成り行きとはいえ、強制的に探宮者を目指すことになったのは正直不本意と言って良かった。何故なら、探宮者になる夢は一度ボクが諦めた夢だったからだ。
幼い頃のボクにとって、探宮者は漫画やアニメのヒーローのようで、いつかはなりたいと憧れる存在であり、周囲にもそれを公言していた。子どもながら隠れて特訓の真似事をしたりするほどで、今から考えるとまさに黒歴史そのものと言えた。けれど、成長して異界迷宮の過酷さや残酷さを知るにつれ、ボクは正直怖くなってしまったのだ。
とてもじゃないけれど、臆病でメンタル弱者の自分には耐えられる筈も無い厳しい世界だと理解させられた。だから、小学校高学年になる頃には探宮者になりたいという夢が、才能も無いのにプロスポーツ選手や芸能人を目指すのと同じような無謀な考えであることを思い知り、早々に諦めたのだ。
まさか、このような状況に陥り、もう一度探宮者を目指すことになるとは夢にも思わなかった。でも、こうなったからには16歳になったら一刻も早く探宮者の資格を取り原因を究明するしかないように思えた。
ボクはそう結論付けるとベッドの上で背伸びするように思い切り手足を伸ばし、大きく息を吐くと身体の力を抜いてぼんやりと天井を見上げた。ふと何気なく視線を落とすと自分の上半身に隆起した小山が二つ、存在を主張しているのが見える。
きょろきょろと周りを窺ってから、そーっと手を伸ばす。実はずっと気になっていたのだけど、罪悪感から敢えて触れないようにしていたのだ。
お椀を包むようにゆっくりと握ってみる。
おおっ、ふわふわだ。意外と弾力がある。何だか不思議な感覚だ。しばらく感触を堪能した後、身体を起こすと自分の下半身をじっと見つめる。
「駄目だ……今のボクにはまだ
頭に浮かんだ行為を振り払うようにボクは頭を左右に振ると、もう一度ベッドに横たわった。すでに何度かトイレに入り、現状は理解していたのだけど、まだ自分の身体として納得してはいない。未だに違和感があり、慣れるにはもう少し時間が必要のようだ。
そう自分自身に言い聞かせ自制心を強くしていると、視界の端に書棚が目に入った。
そういや、母さんに例の秘密の隠し場所、バレバレだったっけ。別の場所に移さないといけないかなぁ……まあ、今さらの気もするけども。
けど、そもそもの話。今の身体で、ああいう物で果たしてボクは興奮するのだろうか? 試す気はないが、ちょっと疑問に感じた。
とにかく、今は新しい隠し場所を考えよう。どこか良い場所は……と視線を巡らせると結局のところ押入れに行きつく。
やっぱり、ここしか無いか……だがしかし、ここは禁断の場所でもあるのだ。
と言うのも、この押入れはボクだけのテリトリーでなく、単身赴任をしている父さんの着ていない洋服が衣装ケースに詰め込まれ保管されている場所なのだ。なので、ボクのいない間に母さんが勝手に開ける危険が非常に高いため、隠し場所として除外していた経緯がある。
しかしだ。ちょうど秋・冬物を仕舞い、(父さんに送るため)春・夏物と入れ替えた直後のこの時期なら、しばらくの間は母さんがこの押入れを開ける可能性は極めて低いと確信できた。
つまり今現在なら、この禁断の場所は母さんの盲点となっていると言っても過言ではない。一時的な退避場所としては申し分ないのだ。
ボクは、のそのそと起き上がると、ゆっくりと押入れの戸に手をかける。そして、さくらが乱入して来ないか気にしながら、用心深く戸を開けた。(ボクの部屋には鍵がないのだ)
押入れの下段には左右二段づつ積まれた衣装ケースがあるので、とりあえず右側の一番上のケースの中に例のブツを潜ませておけば当面の目的を達せられるように思えた。これ以上の最適解はないだろうと押入れの中を覗き込んだボクは違和感を覚える。
あれ? 思ってた以上に押入れの中が暗い? と言うより奥が見えない。
そんな馬鹿なと思ったボクは右側の列の上下二段の衣装ケースを外へと引っ張り出すと、自分が入れるスペースを作り押入れの中へと入った。
おかしい……押入れの中ってこんなに広くなかったと思うけど?
普通なら、すぐに壁が見えるはずなのに部屋の光が全く届かず押入れの中は真っ暗闇で奥が確認できない。そんな不可思議なことが、あり得るのだろうか?
手を伸ばして見えない奥の壁に触ろうとした瞬間、ボクは失敗を悟った。
壁を確認しようとしたボクの手は固い壁に触ること無く、空を切ったようにすり抜けたのだ。しかも体重を預けていたため、つんのめるように壁の向こう側へと転がり落ちる。
え! 何だ、これ?
たぶん、そこには押入れの壁では無く黒い穴……恐らくは『
「うわぁぁぁ――!」
ボクはパニックになりながら、一転して真っ暗闇の中、身体を丸めてごろごろと異界迷宮へと転げ落ちて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます