第17話 小さな第1步

 イリーナの音声配信による説明から数日後。

 イリーナ達の母船から放たれた小規模の探索艇が地球中を跳び回り、イリーナ達が1週間で作り上げた生態系を再現した島へと地球人を運び集めてきた。


 その総数はおよそ150人程度。

 一部だけシェルターに残る事を選択した者たちもいたが、これが、終末戦争とも言える人類の戦争を生き残った現在の残りの人数だった。


 皆互いに初めて生で人間を見ているかのようにオドオドとした様子を見せていたり、逆に人を見てハイになってしまったのか周囲の人々に無闇矢鱈と話しかけている者もちらほらいる。


 そんな人達をドローン越しに見ながら、イリーナは話し始める。


「『えー、地球の皆さん、集まってくださってありがとうございます』」


 イリーナの言葉に、騒がしかった島の開けた平原が一気に静まり返った。

 どんな言葉をかけられるのかと皆緊張しているのだ。


 そんな地球人に対して、できる限り敵対的にならないように、丁寧にイリーナは話を進める。


「『これからの皆さんの生活は、科学のかの字も無い所から始まります。生活の基本である衣食住で言えば、住むための家を自分たちで作り、自分たちで植物から繊維を取り出して衣類を編み、自分たちで食料を確保する。基本的には、まず皆さんにはこれを出来るようになってもらう予定です。当然ながら、娯楽なんてものはありません』」


 その説明に、また地球人たちがざわつき始める。

  『そんなことしたこと無いぞ』『いきなり飢え死にしたりして』なんて、ネガティブな事を言い始める者もいる。

 そんな地球人たちを安心させるように、イリーナは声をあげる。


「『とはいえ、いきなり出来るようになるとは思っていません。そこで、皆さんが自然での生活に慣れるまでの間は、衣食住は、特に食と住はこちらで提供しようと思います。後ろを見て下さい』」


 地球人たちが振り返ると、ちょうどそこに自分たちを運んできた未知の技術による乗り物が着陸しようとしていた。

 彼らを降ろした後移動していたはずのものだが、戻ってきたのだ。 


「『探索艇の中身を改装して、居住空間にしてあります。個室というほどのものはないですが、男女別れて寝泊まりが出来るようになっています。また食料はシェルターなどから回収したものを提供します』」


 そのイリーナの言葉に地球人たちから安堵の声が漏れる。


「『ただし!』」


 そんな地球人たちに釘を刺すようにイリーナは声を強くする。


「『これはあくまで、皆さんが自然の中での、いわゆるサバイバルでの生活に慣れてくるまでの補助です。食の部分については命の根幹なのですぐに取り上げるようなことはしませんが、特に住、住む場所については、早急に自然での生活に慣れて下さい。住居の作り方等方法についてはこちらから教えます。もし仮に、わざと時間をかけてダラダラと探索艇を寝床として活用し続けようとする人が居た場合には、没収させていただきます』」


 その言葉にざわめきが起こるが、イリーナは既にした話を繰り返す。


「『繰り返し言いますが、これから何十年もの人生を生きる間、皆さんは自然の中を生き抜かなくてはなりません。それに慣れるまでの補助はします。ですが、生き抜くのは皆さんなのです。そのつもりで、毎日必死になって生きて下さい』」


 その言葉に、不承不承ながらも地球人たちが頷いたところで、イリーナはまず最初の指示を出す。


「『では取り敢えず今日は、この草原の中を自由に動き回って下さい。森の方へ行っても危険な生物はいませんが、段差から落ちて怪我してもしりませんよ』」


 イリーナの言葉の意図がわからずに固まる地球人たち。

 彼らに、イリーナは簡潔にその意図を説明した。


「『十年以上も地下に籠もっていた身体がどれぐらい訛っていると思っているんですか? 多分軽く歩き回ったりちょっと走っただけで息が大きく上がりますよ。まずは、動けるだけの体力をつけることです。はい、後はご自由に』」


 そう告げると、イリーナの声を発生していたドローン完全に沈黙した。

 

 最初は困惑していた地球人だが、そのうちに1人が草原の外周をぐるりと回るように歩き始める。

 一方には森があり、一方には低い段差の下に海が迫っている草原。

 草は足首ほどの丈もなく、草原と言うよりは芝生のほうが近いかもしれない。


 そんな中を、1人が歩き始めるとやがて数人がそれについたり逆方向や無茶苦茶に歩いてみたりと動き始め、そしてそのうちほぼ全員が身体を動かし始めた。


 そしてわずか数分後に、地球人たちは『動くと疲れる』という事を思い知った。

 この場にいるほとんどの者はかつての地上での生活を知っているし記憶として持っているが、長年地下に籠もり日光すら浴びてこなかった身体は全く覚えていなかったのだ。

 身体を動かすというのがどういうことかを。

 シェルターの床のように一様に均一ではなく衝撃を吸収する芝生の上がどれほど歩きづらいかを。


 地球人たちがそんなわちゃわちゃをしていると、新しく探索艇が飛来して、人影を降ろして飛び去っていく。

 その頭上にイリーナの声を伝えていたドローンが飛んでいって、人影の代わりに話し始めた。


「『あなた方の身体構造を模倣して、遠隔で動くバイオロイドを作ってみました。このバイオロイドを使って、身体を効率的に鍛えるための動きを教えていくので、真似をしてみて下さい』」


 地球人たちの地上生活。

 それはまず、動けるようになるところから始まるのだった。

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