第12話 演説の後

《side イリーナ》


「ふう……」


 なんとか最後までボロを出さずに話しきることが出来た。

 嘘はつかないようにしているが、本当のことも言わない話というのはとても頭を使う。


 特に如何に自分たちの提供する生態系が無ければ地球は立ち行かないかを説明するための言葉選びに苦心した。

 このまま行くと地球は死の星のままだ、なんて強い言葉まで使ってしまった。

 まあそれは実際の所本当のことでもあり、現状では嘘でもあるのだが。


 私達は既にナノマシン入りの微生物を大量に海に放っている。

 だから実を言えば、数百数千万年単位になるが、これ以上私達が何もしなくても地球の生態系は何らかの形で復活する。

 しかし一方で、人間が地上に出て生存するためにはその時間はあまりにも長過ぎる。


 だから今生きている人類にとって、わたしたちの救済を受け入れないことは死を選ぶことであり、わたしたちの提案を受け入れることこそ正義である、という言い回しを使ったのだ。

 もちろんこれは地球人にイエスと言わせるためにあえて強い言い回しを使ったのである。


 実際他の選択肢として地球上のデータベースから以前の星の環境に近いものを作り出したり、あるいは地球人をこの本船である宇宙船ではないにしても、小型の輸送艇等こちら側に招いて、生態系やそこに存在する生物などをいじることは簡単に出来る。

 出来るが、そのことは示唆しなかった。

 なぜなら私は、自分の考えている生態系を地球に再現したかったからだ。


 だから選択肢として、『イエス』か『ノー』しか存在しないような話し方をしたのである。


 実際その御蔭で、一番最初に話したロボットを操作していた彼には非常に元気よく『イエスだ!』と言ってもらうことが出来たので、私の話し方はある程度効果があったと思う。


「ずるいですね、リーナは」

「う、やっぱりわかる?」


 話した言語は英語だが、同調することができるシュマーレ族やマリー達人工知能にとっては言語の差は本質的に意味を為さない。

 今の私の演説もマリーには聞こえていたのだろう。

 

「もちろん。でも良いと思いますよ。荒廃惑星ならこっちが勝手に再生させるわけですし、向こうが荒廃惑星ではないと言い張るなら、知的生命体もいるわけですし放置することも出来ますから」

「たまにマリーが黒いこと言うの怖い……」


 どんなモンスターを生態系に組み込むか、と話していたときも、私の前世の記憶にあるゲームから影響を受けたのか、感染するウイルスのようなものを用いて繁殖するゾンビ系も真っ青な生態を持ったモンスターとか、瘴気のようなバクテリアを操り相手をゾンビ状態にして操るモンスターとか、色々と怖いものを想像していた。

 それ私が再現するか悩んだやつなんだけど、とその時は思ったものだ。


「はー……それにしても地球かあ……」


 気が抜けたことで、思考がダダ漏れになってしまう。

 その言葉に、やはりというか、私のメンタルケアもしてくれているマリーは反応する。

 そりゃこう深くため息を吐けば反応もするよね。

 

「やはり、かつての故郷がここまでのことになっているとショックだったりしますか?」

「いや、それは全く」


 でも質問の内容は的外れだった。

 私のそんな反応にマリーは驚いた表情を見せる。

 

「ショックではないのですか?」

「むしろ『やっぱりかー』って感じだよね。何回もゲームとか映画とかのネタにされるぐらいにはやばい国際状況だったし」


 シュマーレ族は完全に思考を同調することが出来るので国家とか無いけど、人類はそんな能力もなくそれぞれの国の人がそれぞれに国益を追いかけていたのだ。

 そりゃあいつかぷっつんして爆発もするよね。


「それよりも私は、色んなゲームのデータとかアニメとか残ってないかの方が気になってるのよね」

「ああ……」


 なんだその残念そうなものを見る目は!

 だって大事でしょう、今目指している目標の礎になったものなんだから!


 とは言え自分でも、ここまで前世の故郷の荒れ果てた姿に衝撃を感じないとは思わず、今も内心少し戸惑っている。

 いくら前世の自分が人格の形成に大きな影響を与えてないからといって、例えば目標が前世の夢と同じになっていたりと影響を受けている部分は確かにある。

 にも関わらず地球の荒れ果てた姿にはこうまで何も感じない。


 それは前世の自分が『ゲームの世界で生き、そして死にたい』と願う程度には地球に未練が無かったからか。

 あるいは現実感の無さか。


 まあ考えていてもわからないものはわからない。


「それよりマリー、超特急で設定練らないと!」

「はい。とはいえ、微生物群が広まるまでは数年はかかる予定です」


 うむむ、それは確かにそうだ。

 いくら地球人からの返答を急いだところで、今すぐに地球の全域に生態系を広げることが出来るわけではない。

 わけでは無いが。


「せめて、どこか一箇所ぐらい希望を見せてあげたいよ」


 あんな演説をしておきながら、後数年は待ってね、なんていうのもちょっと気がひけるというか。

 そもそも微生物の展開が終わった後だって、本来なら植物の種を撒いてからの成長にも時間がかかるし、多数の生物の展開にだって時間がかかる。


 でも、地球の人間たちはきっと、今目の前に希望を求めているはずだ。

 意思は確認したからあと30年は待ってくれ、では話が合わない。


「うん、やっぱりなんとかしよう」


 私はそう決心を固めて、無い頭を振り絞り始めた。

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