第1話 目的の共有

 早速目的の星に向けてワープ航法に入った船の娯楽室で、イリーナとマリーはイリーナがなんとか集めることが出来たしょぼいシュマーレ族のテレビゲームで遊びながら雑談をしていた。


「そう言えばお話する機会が無かったので聞いていなかったのですが」

「うん?」


 ちょうどゲームが一段落したときに口を開いたマリーの言葉に、イリーナはゴロンと横に転がって視線をイリーナに向ける。

 なお彼女のゲーム時の姿勢はうつ伏せだ。


「イリーナは何故この仕事を?」


 マリーのその問いに、イリーナは一瞬どう答えるべきか逡巡する。

 父と母、そして仕事の上司たちにやったようにごまかすべきか。


 だが、それで良いのか。

 他の人達はともかく、マリーはこれから長ければ数百年以上ともに活動する予定の相手である。


 悩んだ結果、言っても問題にはならないだろうと考えたイリーナは、正直にマリーに前世のことについて明かすことに決めた。


「実は私さ、前世の記憶があるんだ」

「そういった方は稀にいると聞きます」


 そう、イリーナは育つ中で調べて知ったのだが、実はシュマーレという種族、それなりな頻度で前世のある個体が生まれるのである。

 といっても結局はシュマーレ族からシュマーレ族への転生であるわけだが。


 だが、イリーナについては事情が少しばかり違う。


「私の場合は例外。だって私の前世は、シュマーレ族じゃなかったもん」

「つまり、別の種族からシュマーレ族になった、と?」

「うん、そういうこと」


 そしてイリーナは、前世の自分、前世の記憶の中の人生がどんなものだったのかをそれなりに詳しくマリーに説明した。


「その中でも前世の私はゲームが好きだったみたいで、仕事しながらも時間見つけてはずっとゲームをやってたの。結局最後は交通事故で死んじゃうんだけど」

「ゲーム、ですか」


 そう言ってマリーが視線をやるのは手元にあるコントローラー。

 イリーナに言わせれば、ファミコンに成り損ねたどころか手を伸ばすことすら出来なかった駄作のゲーム機だ。


「そんなのよりももっと凄いゲームだよ。マリーにも見せてあげられればよかったんだけど」

「わかりました。思考同調開始」

「あ、その手があったか! よし来いマリー! 私と一緒になろう!」


 前世で言えばプロポーズかなにかかと言われそうな台詞を口にするイリーナ。

 だが実際に、今からマリーがしようとしているのはそれに近いことだ。


 長きに渡って大きな繁栄を築いているシュマーレ族だが、その理由にとある技術がある。

 それが、思考感覚同調装置。

 つまり、シュマーレ族は、相手と全く同じ考え、感覚を体験することが出来る道具をもっているのである。

 彼らは長い間、この道具を使うことで争いを未然に防いできた。

 どのような不理解から来る争いも、これを使えば互いのことを我がこととして理解してしまうことが出来る。


 その結果、長いあいだ大きな争いが起こる事無く、シュマーレ族は繁栄を謳歌しているわけだが。


 それをマリーはイリーナに対して使おうとしている。

 イリーナが、自分の記憶の中のものをマリーも見ることが出来たら良いのに、自分のワクワクをマリーにも共有出来たら良いのに、と願ったからだ。


 人のように見えるが、マリーはAIであり、その体は生体部品を使った機械であるバイオロイドである。


 つまり何が言いたいかというと、マリーは人に仕えるために生み出された道具だ。

 故に、人が望むことを叶えるのもまた、マリーの役目なのである、


 今は思考の同調がそれだった。


 やがて、イリーナと思考同調が果たされたマリーは、イリーナとともにイリーナの記憶の中へと潜り込んでいく。


 全く異なる惑星『地球』で生まれた男として過ごした前世の人生。

 その中で出会った多くのサブカルチャー達、とくにゲーム。


 それらをマリーは短時間で一気に閲覧していった。

 巨大なモンスターを、狩人が武器片手に狩るゲームを。

 すでに終わってしまった世界を繋ぐために、火を求めて彷徨う世界を。

 ポップなキャラクターが、2Dスクロールで画面を動き回り、配管工がお姫様を助けるゲームを。

 人の世界が終わりを迎え、人と、機械で出来た獣の世界がやってきたゲームを。


 様々なゲームを、男性の人生を通してマリーは経験していった。

 そしてしばらくして、マリーは目を開き、イリーナとの同調を解除する。


「確かに……素晴らしいものばかりでした。イリーナ様は、あれを作る文明を作りたい、と?」


 マリーのその言葉に、イリーナは首を横に振る。


「マリーも、男の人の夢は見たでしょ? ゲームの世界に行きたい、あの中に行きたい、って」

「はい、見ました。まさか、その再現をするのですか?」


 マリーの言葉にイリーナは頷いた。

 

「出来ないと思う?」


 イリーナに問いかけられてマリーは少し考え込む。

 こればかりはAIでも一瞬では答えが出せない内容だった。


 そして演算が終わったマリーは、イリーナに告げる。


「ほとんどはナノマシンを使えば再現可能です。ただ、世界の法則が現実と違うゲームについては、似たような状況を再現できても全く同じにすることは難しいかと」

「うん、だよね。私もそう思ってる。だから、再現できる限り再現して、後は私がアバターで楽しんじゃおうかなって」


 イリーナのその言葉に、マリーが一瞬停止した後、アンドロイドとは思えないような満面の笑みを浮かべた。


「それ、すごく楽しそうです!」

「だよね、すごく楽しそうだよね!」


 イリーナの夢に、マリーという共犯者が誕生した瞬間である。




******




「あのでもイリーナ、あんまり怖いのはやめた方が良いかなって思うんですけど」

「そう? 例えば?」

「『血と獣と狩人』は救いがなさすぎますし、『ゾンビハザード』はそもそも人がいないと駄目ですし危険ですから」


 マリーの言葉に、イリーナはそれはそうだと頷く。


「うん、だから完全にゲームを再現するんじゃなくて、いくつかのブロックに分けて、いくつかのゲームを混ぜながら再現したいなって。例えば巨大なモンスターと戦うゲームだって、いくつもあるでしょ?」

「なるほど、題材が近かったりと似たゲームは混ぜるのですね。それはいい発想だと思います」

「でしょ?」


 こうして、着々と二人による惑星ゲーム化計画は進行していくのだった。

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