第23話 あたしは普通じゃない
「いやまあ、続けてとか言っても無理だよね。ごめんねほんと邪魔しちゃって」
金髪ハーフツインの女の子は笑いの残滓を口元に残しつつ「あ、ここ座るね」と断って私達の隣に腰を下ろした。
他にも空席があるというのにわざわざ近くに座るその態度は全く悪びれているようには見えない。しかも、身を乗り出してこんなことまで訊いてくる。
「で。お二人はその、あれなの? 付き合ってる的な?」
「そんなんじゃないよ」
隣をちらりと見ると、菜穂が居住まいが悪そうに目を逸らしていた。
ひとまず菜穂のおかしな様子を追求するのは保留して、眼の前の女の子に向き合うことにする。
私達を見つめてにまにましている彼女とは、当然初対面。
厚かましいし失礼なのに、それが許されてしまうような雰囲気のある子だった。
格好がぱっと見ギャルっぽいし割とかわいい系の顔立ちだけど、声が少年みたいな澄んだアルトで、それがなんだか人懐っこい子供を相手にしているみたいな気にさせるのだ。
私のクラスの中でもこういう感じの子が一人いた。周りと歩調を合わせないのに爪弾きにされることなく友達の輪の中心に近いところにいて、マイペースな振る舞いを許されていた。
「そうなんだ? ごめんねいきなり。ってなんかあたし謝ってばっかりじゃんねあはは」
一人でウケて膝を叩いて笑う。
割と落ち着きのない人らしかった。
「じゃあ、二人はどうしてこんな夜遅くにバスに乗ってるわけ?」
私達が黙っていると女の子は「あー……」と口に手を当てる。
「いや、そりゃ言えないか。うちら初対面だもんね。名前も知らない相手にそんなこと言えるわけないね当然」
一人合点して、組んでいた足を下ろすと体をこちらに向けてくる。
「あたしは三枝晴。三つの枝に、晴れって書いてハルって読むの。あなたたちは?」
私は口を開こうとして、ゆっくりと閉じた。
あのソフモヒ男みたいな前例があるから警戒心ゼロってわけにはいかない。夜にはどんな生き物が潜んでいるか知れないから。それを私はこの短い間にたくさん思い知った。避けられない危険なら受け止める覚悟はしているつもりだけど、余計な危険を自ら招き入れたくはない。
確かに、この人は純粋に好奇心から尋ねている感がある。単に私達が珍しくて気になった、というところかもしれない。それでも、慎重さは失ってはいけないと思った。
私一人なら破れかぶれになってもいいけど、隣には菜穂がいる。
「私は、早川夕。こっちは宇喜多菜穂」
慎重に、それだけ口にした。
「じゃあ、夕と菜穂って呼ぶね。あたしのことも名前でハルって呼んでいいよ。雨女だけどねっ」
雨雲なんて軽く押しのけてしまいそうな笑顔を見せつけてきて良く言う。
晴は重ねて訊いてきた。
「それで、さっきの話、もう一度聞いても良い?」
どうして二人でこの深夜にバスに乗っているのか、という問い。
明かすには、もう少しこの人のことを知りたかった。
「先にこっちからあなたの話を聞いても?」
「私の話? いーよいーよ何でも聞いて。誕生日から寝相まで答えちゃうから」
「聞かないよそんなこと……」
突っ込むと「えぇー?」と残念そうな声が返ってきた。聞いてほしかったのかよ。
なんだか馬鹿らしくなってきて、敬語で対応する気が失せた。
「じゃあ聞くけど。晴は高校生? 年は?」
「十八。高校は中退しちゃった。つまんなくってさ」
「へ、へえぇ……」
思ったより斜め上な答えに、二の句が告げなくなる。
つまらなくても将来を思うなら、買ってでも苦労をしておいた方がいいんじゃないのだろうか。
けれど晴は、私のごく庶民的な思いを吹き飛ばすようなことを口にした。
「じゃあ今は何してるかっていうと、もっぱら配信活動して生きてる感じね」
「「配信活動……」」
私と菜穂の声がハモったことがおかしかったのか、晴は吹き出して笑う。
「今時そんなに珍しくなくない?」
「珍しいっていうか純粋にすごいって思う……」
私が通う学校には、SNSに動画を投稿したりゲームしている様子を配信している生徒も普通にいる。一時、何がしかのきっかけで動画がバズり、凄まじい再生数を稼いだ生徒が話題になった。
とはいえ、それらはあくまで趣味の範疇に留まっていたと思う。
生計を立ててやっていくというレベルになると話が違ってくるだろう。単純に楽しいことをしているだけでは結果が伴わないだろうし、時には嫌になることだって飲み込んで続けなければ稼げるほどの高みまで手が届くことなんてないはずだ。
今の私にはそれがどれだけ大変なことなのかなんて全然分からない。
十八にして自分で稼ぎを得て生きるだなんて、想像もつかない世界だ。
にこにこ笑っている晴からは、そんな苦労の片鱗なんて少しも伺えない。
「基本、昼夜逆転生活なんだよね。朝寝て夜起きるみたいな。だからたまに昼に出かけるとお日様が眩しくって眩しくって」
名前、晴のくせに吸血鬼みたいだよねぇ、とまた笑う。
この深夜に出かけていた理由が分かったことに、ひとまずはほっとした。
ダボいオーバーオールに金髪といった派手な格好をしているのは学校や会社に気を遣わなくていい身だからだろう。配信者だという話も、晴の自由人みたいな気風に合っている。
「気になるなら『ハルデバラン』で検索してくれるといいよ。どう? これで信用してくれた?」
「少しだけ」
そこまで話してくれるなら、少しは信用して良いかなと思えた。
大丈夫かな、という意味で菜穂を見ると、おずおずとしたうなずきが返ってきた。
一定の信頼はおける、ということで見解の一致を見たから素直に話すことにする。
「私達、家出してるんだよ」
晴はぱちぱち目を瞬かせたかと思うと真顔になった。
「マジ? めちゃめちゃロックじゃん。人は見かけによらないねぇ……」
と、晴に見つめられた菜穂がちょっと照れくさそうにうつむいていた。
見た目がお嬢様だから、そんな火遊びとは無縁だと思われていたのだろう。
「それで三枝さんは」
「晴ね」
すかさず突っ込まれて、言い直す。
「晴は、どうして、このバスに乗ってきたの?」
「あたしはねえ……、なんでなんだろうね?」
「いや、こっちに聞かれても困るんですけど」
晴は車内を見回して、次に自分の格好を見下ろして、肩をすくめる。
「変な話だけどさ、どこに行こうとしてたわけでもないんだよ」
「え……?」
「ふと気がついたら目の前にバスがあって、なんだか誘われてる気がして乗り込んだわけ」
「もしかして酔っ払ってる?」
この人は年齢不相応に垢抜けている。そういうこともしてるんじゃないかと邪推した。
「バレた? ……なんてね冗談。いくらあたしでもそこまでぶっ飛んでないって」
でね、と晴は続ける。
「なんだか今も夢の中にいるみたいな気分がしてるんだよ。その最たるものが君たちだったってわけ。だってこんな深い夜に二人きりでバスに乗ってる女の子に出会うなんて思わないじゃん?」
それで私達にこんなふうに遠慮なく絡んできた、ということなのか。
すると、菜穂が少しだけ声を上擦らせて言った。
「晴は、バスに乗る前のこと思い出せる?」
「え?」
「どこにいたのかとか。何をしてたのかとか」
「そんなの……」
きょとんとした晴は、記憶を思い出すように斜め上を見上げたきり固まった。
突然、すとんと抜け落ちたように表情が消えて、目があちこちを泳ぐ。
ただならない様子だった。
しばらくしてから、思い出したように私に向き直ってぽつりと呟いた。
「おかしいや」
「な、何が?」
「だってあたし、たぶん、死んじゃったはずだから」
「……それも、冗談だよね?」
待ったけれど、晴がその言葉を口にすることはなかった。
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