黙るか黙らせるか

 途中の窓から見下ろせるロンドンの街は、空からココナッツパウダーをぶちまけられたかのようなありさまで暗闇の底に眠っていた。月と星は手を取り合って雲隠れランデヴーといった所かな。招かれざる客人が現れたのもこんな天気だからだ。


 上に行った三人の内一人は、まだ二階のシャワールームの周辺にいた。大きな洗濯機の中を見た後は共同トイレの二つしかない扉を一つ一つ慎重に開けている。ご苦労なものだ。

 僕は背後からぬっと彼の肩先へ顔を出して、朗らかに声をかけた。


「Good evening, Mr. 僕はロビン。言っておくけどシャーロック・ホームズじゃないよ。ここの住人の一人だけど……」


 まだ言い終わらない内に彼は凄い形相で振り返り、銃口を僕の頭に押し当て、引き金を引きかけた。だからまあしょうがない。僕はさっと身体を右に流し、すかさず左手でその銃を奪った。彼には何が起きたか分からなかったろうけど、その方がいい。

 僕は一階の男にそうしたように彼の首を捻り、もう何処にも歩いて行くことのないようにしてから部屋を後にする。


 彼はたいそうな銃を持っていたけど、ここは何も知らないマフィン君やユウミさんも暮らす普通の下宿だ。シャーロックのように所構わず穴を開けるなんていう非常識なマネはしたくない。ナイフも使うつもりはないので置いて行く。


 そうして三階に上っていくと、真っ暗な廊下をじりじりと歩く二人がいた。

 彼らは二階にいた男のように “扉があれば開けてみる” というような慎重派ではないらしい。あっという間に三号室――マフィン君の部屋の前を通り過ぎ、二号室――シャーロックの部屋の戸口に差し掛かった。が、何ということでしょう!

 彼らはそこさえも通り過ぎて、一号室――僕の部屋の扉の前で立ち止まった。鍵穴に針金っぽいものを差し込んでカチャカチャやり始めた。


 おいおい、何故僕の部屋だ。


 扉には何の防護策も施していなかったから、たちまち開いてしまった。

 黙って見ていると、先頭の人間がまず部屋に姿を消した。二番目もそれに続こうとしたが、その前に僕に気付いた。まあその時には真横にいたからね。

 

「Good evening, Mr. 僕はロビン。ここの部屋の主だけど……」


 残念ながらこの男も、僕が喋り始めると同時に黙らせようとして来た。ただ、銃身が長いせいで弾の出る部分が僕の脇腹の向こうにあったから、一階の男のようにナイフを抜いた。それが心臓めがけて突っ込んで来るのを反り返って躱し、左手で叩き落としながら、僕は壁のスイッチを押した。

 廊下はパッと明るくなり、目の前の彼が「わっ」と悲鳴を上げた。裸眼の僕さえまぶしさに目を細めたほどなのだから、暗視ゴーグルで明かりを拝むのはかなりキツかっただろう。

 僕は彼が目を押さえて転がっている間に、今生の別れを告げさせた。方法については言うまでもない。

 

 でもその時、開けっ放しの部屋の中でヘルメットを脱ぎ捨てた男が、猛獣のように唸りながら僕に飛びかかって来た。







 ごろり床の上に転がされ、すかさず肩口を押さえられる。胴に膝を乗せられる。

 あまり経験のない低い位置から見上げた客人は、ちょっとその辺では見かけないくらい大きな男だった。でも何処かで見たような覚えがあるのはどうしてだろう。

 曲がった鼻や分厚い耳たぶ、それに燃えるような目は、彼が裏社会の猛者であることを暗に物語っていた。でも更に印象的なのは、腕や足や胴の太さ・厚さだった。優に僕の二倍ある。

 固められた拳は大きくて、我が国のリンゴ三つ分くらいはあった。今のところ彼の顔の横で止まっているけども、もしそれが振り下ろされたら――そしてまともに喰らったら――コンクリートでさえひび割れる。僕の鼻なんか木っ端みじんだろう。喰らってやるつもりはないけど。

 

 僕は以前女の子たちに「天使もかくや」と表された笑顔を作り、「Good evening, Mr. 僕はロビン……」と始めた。でもやっぱり途中で、男が「黙れ!」と怒鳴った。


「お前は何だ?! 下の連中はどうした?! お前が殺したのか?!」


 嘘を付いても仕方がないので僕は頷いた。


「そう。でも正当防衛だったんだ。君らが何の目的があってここに侵入したのか知らないけど、僕は無関係のはずだ。しかも丸腰で敵意もない。ちゃんと挨拶したし、それぐらい分かるだろう? なのに襲われたからさ」


 直後、彼は拳を振り下ろした。

 間一髪避けながら、僕は以前斧で砕いた頭蓋骨Mr.ボーンのことを思い出した。ああなるのはゴメンだった。


 僕は僕の肩を押さえている彼の腕を両手で掴み、次の瞬間にはへし折った。

 でもアドレナリンの作用か、彼は暴れ牛のように唸っただけ。折れていない方の手で傍らの銃を掴んだ。黒光りする銃口が僕の目を覗き返す。


「死ね!!」

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