招かれざる客
シャーロックは扉の向こうで生返事をしたきり、とうとう三階から降りて来なかったけど、マフィン君と僕はパンやチーズやワイン、それからスーパーで買って来た野菜を持ち寄ってシチューを作り、ささやかな夕食会を開いた。
どうもマフィン君は料理人の才能があるらしく、シチューは思いがけないほど美味しかった。シャーロックの分まで残しといてやるのが少し癪なくらいだった。
そんなだから僕も気を良くして、わざわざ部屋の電気を消してキャンドルを灯すという演出に凝った。パチパチ暖炉で薪が爆ぜる音を聞きながら、心地良い闇に沈む。ムードは満点だ。
きんきん きらきら こうもりさん おまえは なにをねらってる――
興に乗ってイカレた帽子屋の歌やら心配性の仕立屋の歌やらを口の中で歌っていたら、いつの間にか真夜中も過ぎ、一時近くになっていた。外で庭石がじゃりじゃりいう音が聞こえて我に返った。こんな遅くに誰が来たんだろう?
そういえばマフィン君は?
ふと気付くと声がしない。不思議に思って首を回すと床に転がって寝ているのが目に入った。
それで、『ああ、そうだった』と思い出した。途中で何度か席を立とうとしたり、シチューをおかわりしようとしたので、お茶に睡眠薬を混ぜて眠らせたんだっけ。
それにしてもマフィン君は不器用だ。さっきまでカウチの上にいたはずなのに、寝返りでも打って落ちたのか。ま、一日くらい床で寝たって平気だろう。これでようやく目当てのことが出来るし、それに――
僕はキャンドルを吹き消し、カウチにかかっていたブランケットを取り上げて、マフィン君の体をすっぽり覆った。そして、まるでツタンカーメンの棺桶のようなシルエットになった彼をずるずる引きずって、暖炉前の低いテーブルの下に押し込んだ。ついでにソファのクッションやテーブルの本をじゃんじゃか彼の周りに積み上げ、ちょっと見にはそこに人間がいることなんか分からないようにした。まあ何で物が積み上げてあるのかも分からないわけだけど。
僕自身は、ガサガサ火かき棒で乱暴に炎を蹴散らして、暖炉の中にしゃがみ込んだ。壁は熱いけど、触れなければ大丈夫だ。
まもなく居間の大きなフランス窓の辺りでガラス切りを使うキーーッという細い音が聞こえ、続いてカチッと鍵が鳴った。黒い影法師が見えたかと思うと、太い腕がぬっとカーテンを払い、暗視ゴーグル付きのヘルメットに防弾チョッキ姿のお客様が四人、次々に姿を現した。銃を構えながら。
一人目はソファや飾り棚の間を縫って、ゆっくり居間を横断して行く。二人目と三人目はその援護をする形で両脇に付いている。彼らは僕にもマフィン君にも気付くことなくそのまま進み、やがて玄関の方に消えた。その後どうしたか、ここからは見えないけれど、階段を上がって行く足音が聞こえる。
でも四人目はグズグズしていた。入って来た窓の前から動こうとせず、首を巡らせて部屋を見回している。外や一階に異変があれば仲間に知らせようっていう腹づもりか。あーあ、迷惑だな。僕はそろそろ足が痛くなって来たし、上に行った人間たちの方が気になるのに。
僕は忍び足で暖炉から離れ、ただの二歩で客人の傍らに立った。
ハッと振り返った彼の顔は何処かで見たことがある気がした。何か不快な出来事とセットで。
僕は何も持っていない無防備な掌を見せ、にこやかな笑みを作って言った。
「Good evening, Mr. 僕はロビン。ここの住人の一人だけど、こんな遅くに何の用だい?」
MI6から情報が漏れたというならいざ知らず、こんな重装備で寝込みを襲って来るような客人に心当たりはない。多分シャーロックがらみの刺客だろうけど、問題は、どんなに邪魔が入ろうと彼しか殺すつもりのないプロなのか、目的達成のためなら無関係の人間を殺すことも辞さない雑魚なのか、ということだった。前者なら僕は口出ししない。
彼はきゅっと口を結び、腰から黒いナイフを抜き出した。いきなり銃声を轟かせては上のシャーロックに気付かれると思ったからだろうが、やれやれ。残念。彼は後者の方らしい。
一瞬の後、僕は身体を駒のように回転させて突き出されたナイフを躱した。同時に彼の首へ手を伸ばし、ゴキリとへし折った。彼は声一つ立てずに倒れ、後はカーテンが外からの風に煽られてひらひらしているだけ。
僕はすぐさま窓の外を確認したが、大丈夫、門の向こうの道路にも庭の花壇や木々の間にも、僕の足元で永久に眠り込んだ彼と上に行った三人の他に我が下宿の平穏を乱す者はいないようだ。マフィン君はここに置いて行っても平気だろう。
僕は彼らが開け放した扉を抜け、忍び足で階段を駆け上がった。
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