第11話 幼馴染は完全無欠の完璧淑女

 オレは頭が悪い。


 初等部で受けるテストじゃ、毎回0点。


 他のヤツらは「こんなテスト、簡単じゃーん!」と言ってる。


 訳がわからん。


 だって出題されてる問題、ホントに俺の知ってる言葉? ってぐらい、未知の言語だもん。


 どーしてオマエら、そんなもん理解できるん? 

 

 頭ぶっ飛んでんじゃない?


 オレと同級生のヤツらじゃ、全く考え方も、感じ方も全然、違うんだけど。


 ホントにオレ、同じ人間?


 何だか、ちょっぴり不安になってきたんだけど。


 そしてオレの頭は、今も健在だ。


 成長の見込みが無いどころか、揺るぎないほどに頭が良くなる気配が無い。



 もう一度言おう。



 俺は頭が悪い。めちゃクソにな!


 それで何だ……『魔剣学院』にはよ、実技試験だけじゃなくて、筆記試験なるものがあるだって?


 終わったじゃねーか!?


 オレの頭の破滅具合、舐めんじゃねーぞ!!


 あぁ無理〜マジで無理〜。


 消え失せろよ! このクソ筆記試験めぇえええええええ!!




 って、嘆くわけにも、諦めるわけにもいかず、オレはお勉強とやらをしてみる事にした。




 でも、一人じゃ不安だよな? 何事も。


 と、言うわけで―――




「なっ、頼む! オレに勉強、教えてくれ! シャル!」




 長年の幼馴染である、伯爵家長女でご令嬢―――シャルロッテ・マーキスさんにお願いをしました。


 それはもう、両手を合わせて丁寧に。


 そのせいか、何故かこうしてると、何だかオレの口調も穏やかになってきました。


 シャルは炎のように燃え上がる色をした赤髪に、金色の瞳をした女でございます。


 容姿はもちろんのこと、ぱっちりとしたキツイつり目で顔面が整っております。


 しかし、そんな美少女ことシャルの様子が変です。


 口角をピクピクと、引きつった笑みを浮かべています。


 なぜならオレが、貴族の女が通う―――『聖マリオネット女学院』の校門前でお願いをしているからです。


 つまり、大勢の女学生に囲まれているのです。


 シャルはそれが嫌なのでしょう。


 どっちのキャラで話せば良いのか、迷っているから。


「シャルロッテさんとアルセさんが幼馴染という噂は、本当だったのですね!」


「それにお似合いですわ! アルセさんのようなお美しい人には、シャルロッテさんのように、お淑やかで、女性らしくて……ピッタシですわ!」


 迷うシャルの代わりに、女学生がキラキラした視線をオレたちに向けてそう言いました。


 続いて、黄色い歓声が上がります。


 シャルさんと知り合ったのは、初等部で隣の席同士になった時のことです。


 今は中等部に上がると、貴族は貴族学校、平民は平民学校に通う決まっていますが、初等部だけは貴族と平民とか関係無く、一緒で教育を受ける事になっています。


 そんなオレとシャルですが、今ほど仲良くはなく、初めはあんまり関わったことがなかったのです。


 ですが、とあるきっかけで仲良くなったのです。


 セルアと一緒なって遊ぶくらいまでに。



 なので、知っているのです—――シャルの本当の姿をなァ。



「いや? お淑やかでも女性らしくもないぞ? 全くの正反対。シャルはただの暴力暴言クソおん—――」


「ちょっとアンタ!! 誰が暴力暴言女らしさの欠片もない男勝りですって!! はっ倒すわよ!! ドチクショウがッ!!」


 本性を表したシャルに、オレは「いや、そこまで言ってねーから」と手を横に振って否定する。


 でも、安心したぜ。オレの知ってる幼馴染のまんまで。


 何でも女学院じゃ、【完全無欠の完璧淑女】なんて呼ばれてるらしいからな。


 勉強も魔法も歴代最高成績を収め、かつ人を統率するカリスマ性を活かして歴代最高生徒会長。


 女学生にとっての憧れの的、なんだとよ。オレの幼馴染。


 しかし、その憧れの声は女学院に留まらねぇ。


 中等部に上がってから、シャルとは滅多に会わなくなったけど、時々学校に行くと毎回、シャルの話がそこかしこで耳に入った。


 つまり同年代のヤツ全て、シャルに憧れを持ってるんだ。


 オレもそんなスゴいヤツと幼馴染だなんて鼻が高い。


 ……だけど、心配だった。


 みんなの憧れを守るために頑張りすぎてねぇかなー? って。


 でも、あの感じ……大丈夫そうだな。


 元気に学院生活、送ってるようでよかったぜ。


「しゃ、シャルロッテさんが……あのような粗暴なお言葉を言うだなんて……」


「信じられません……有り得ませんわ……」


「わたくし達の憧れは一体どこへ……?」


 信じられないと言った様子で、回りの女学生どもがオレたちを見ていた。


 口々に呟かれる言葉はどれも、シャルに対する好感度の爆下がりと幻想破壊。


 いや、てゆーか引いていた……あの変貌ぶりに。


 自身の株が急暴落。


 シャルは急いで、今まで自分が積み上げてきたモノ全てを取り戻そうとする。


「お、おほほっ! もうアルセさんったら! 一体、わたくしのどこか粗暴で野蛮なのですか? そんな冗談を言うだなんて……もう! ユーモアなお・か・た!」


「いや、だからそんなこと一言も言ってねぇって。頭イカれちまったのか?」


 瞬間、シャルは耳元に顔を寄せてきて、「誰がイカれてるですって……? どつきまわしたりましょうか……? アァン?」って、恫喝して来た。


 こっわ。顔こっわ。表と裏の言動がごっちゃになっちゃってるよオマエ。


 横目で見れば、シャルの凄まじい形相。しかも、器用なことにオレにしか見えない位置取り。


 昔っから魔法はザコだけど、元々の運動神経がいいから、戦闘能力に関してはピカイチなんだよなー。


 ん~でもな? シャル……足掻くには、ちと遅かったな。


 回りを見てみると、女学生どもは恫喝シーンに気付いていなものの、明らかな不信感を抱いていた。


 それに気づいたシャルは……めっちゃ泣きそうになった。唇をブルブルと震わせて。


 涙がたっぷり溜まった瞳で、シャルはオレに上目遣いをした。


「ど、どうしてよっ……あるしぇ……アタシが、アタシが……! 今まで積み上げてきた栄光が……っ!!」


「シャル……」


 優しく波の音のように全てを包み込むような声色。


 おふざけのお嬢様口調とは違う、究極的な優しい声でオレは呼んだ。


「ぐすっ……あるしぇ……?」


 ぽかんとするシャルに、オレは肩に手を置いた。


 あれ? 何かめちゃゴツゴツしてんな。


 ムキムキマッ―――何て華奢な肩なんだ……思わず守りたくなってしまうよっ、キラン♪



「ご愁傷様だぜ!」



「―――アンタのせいでしょうがぁああああああああ!!!」



「ぺぷしっ!!」


 咆哮するシャルが、オレの顔面を貫く勢いで拳を振りぬく。

 

 あまりの速度にオレは避けることもできないまま……芸術的なアーチを描いて吹っ飛んでいった。


 その場面を見ていた周りの女学生は、悲鳴を上げることもなく、ただただ恐怖していた。


 オレは最後の気力を使って、何とか上体を起こして女学生どもに忠告する。


「ど、どうだ……これがオマエらの憧れと掲げてるヤツの……本当の、姿だ……!」


 バタンッと、気力を使い果たしたオレは意識を落とす。


「何バカなこと言ってんのよ、バカルセ」


 そう言って、シャルはオレの首根っこを掴んで後にした。


 その瞬間、シャルはピタリと足を止めて振り返る。それに女学生どもは、思わず息を飲んだ。


「みなさん、最後に一つ言っておきます。わたくしは『暴力』はしたことがありませんし、『暴言』も吐いたことのない純粋無垢で可憐な乙女です。何か間違っていることはありますか?」


「「「何一つございません!! シャルロットさんは我が学院が誇りであり、目指す目標である【完全無欠の完璧淑女】です!!」」」


 ただ笑顔を貼り付けたシャルの確認に、誰一人逆らうことはできず、口を揃えてそう言った。


 ……てゆーか、あぁするしかねーよな……。


 よろしい、と満足したのか、シャルはまたオレを引きずって歩き出す。


 しばらくすると、女学生どもの気配が無くなったことを確認したオレは、気絶したフリを止める。


「あのさ……シャル」


「なによ」


「ケツ、痛い」


「………あっそ」






「それじゃあ早速、オレに勉強、教えてくれよ!」


「いやよ、アタシは勉強を教える気なんか、さらさらないわ」


「? なら、どーしてオレをここに連れて来たんだよ」


 シャルに引きずられながら辿り着いたのは、『王立図書館』だ。


 王国の歴史やら魔導書やらが多く所蔵していて、勉強するにはうってつけの場所。


 オレは何一つ言っていないのに、シャルはそんな所を自らオレをここに連れてきた。


「勉強、教える気が満々だからじゃねーのか?」


「そんなわけないでしょう。あんな恥さらしをされたんだから……どっかの誰かさんのせいで」


 隣に座るシャルが、鋭く眼光を光らせてギロリと睨む。


 だからオレは、「ヒュッヒュヒュー」とできない口笛でバツの悪さを隠した。


 どっかの誰かさんとは……言うまでもないよな。


「はぁ……でも、今からアタシの質問に全て答えることができたら、勉強を教えてあげるわ。聞きたいことが山ほどあるもの」


「ホント! マジで! 何でも聞いて来いよ!」


「まずは、そうね……」


 シャルは顎に手を手て考える。


 聞きたいことが山ほどあるって言ってたから、きっとその中からチョイスしてんだろう。


 けれど、すぐにそれは終わった。


「どうして、アタシに教えてもらおうと思ったの? 他の人にでも教えてもらえばいいじゃない」


「ん~っとな、まずはシャルが毎回テストで満点取ってるの知ってんから」


 シャルの持ってるテストの束、いつも百点に花丸しか見たことねぇ。


 それを見る度にオレは、自分の0点+『頑張りましょう。必死にね』という、センコーに送られたメッセージを見比べて悲しんだ。


「今も毎回満点なんだろ? 【完全無欠の完璧淑女】っつーイカれた二つ名で呼ばれてんだから」


「イカれてるは余計よ。……でも、中間、期末テストはどれも満点を取ってるわ。どれも簡単だもの。逆に点を落とす方が難しいとも言えるわ」


「うっわ、嫌味かよ」


「予習復習を地道に重ねていけば、このぐらい誰でもできるわ」


 だとしても、いくら何でもそれだけじゃ、欠かさず満点をキープできるわけねーだろ。


 なんか怖いわ、オマエの頭。


「だけど、わかったわ。アンタがアタシに勉強を教えて欲しい理由が」


「ほう? と言うと?」


「アタシ以外に頭良い人を知らないからでしょ? ったく、しょうがないわね! そこまで言うなら、教えてあげるわ! いい? アタシから直々に教わるだなんて光栄に思いなさい!」


「ううん、普通に違う」


「そうね、まずはテキストを―――へっ? 違う?」


 シャルがカバンから取り出したテキストが、ボタッと床に落っこちる。


「ど、どういうこと? だってアタシに教わりたいから、あんなお願いをしたんじゃ……」


「いや、オレってば久々に学校行って、教えてくれるヤツ探したんだよ」


「勉強を、よね……」


「そうそう。んで、隣の席の女に『勉強、教えてくれ!』って頼んだら、顔真っ赤にして逃げて行ったんだよ」


「へぇ……」


「それでさー。学校のヤツらに教えてもらう無理だなって思ったんだよ。だから、消去法でシャルに教えても—らおって思ったわけ」


「消去法……」


「いやー! やっぱコミュニケーションって大切だよな! いざって時に頼ることができねー。まっ普段から貴族狩んの忙しくて全然、行ってねーから自業自得なんだけど!」


 えへへっ! とオレは笑う。


 自虐ネタが上手くはまったからな。


 シャルも笑ってるかな? と、思って見てみると……笑ってはいるが、その笑顔はどこか―――殺意を醸し出していた。


 ゴゴゴッと、赤黒いオーラを纏い、そのオーラとマッチした髪の毛を宙に浮かせながら。


「どーかしたか?」


「……何でもないわ。言いたいことはたくさんあるけれど、今は我慢するわ……。時間のムダよ」


「そっか」


 そう言うと、シャルはオーラを消して真剣な顔つきになる。


「……ちなみに、どこに受けようと思ってるの? 受験まで後、数ヶ月しかない。志望校に合わせて、勉強範囲を絞り込みたいから」


「なるほどな。オレが受けたい所は—――」


「所は?」


「『ミスタリス魔剣学院』」


「諦めなさい」


「何でだよ!? まだ始まってすらいねーだろーが!!」


「あそこは実力主義なのは知ってるわよね?」


「お、おう! もちろん、そんなことよゆーで知ってんぜ!」


 嘘です。知ったのは、つい先日のことです。


「でも、実力主義な所は魔法や剣術と言った実戦に関係するものだけじゃなくて、勉学においても同程度の実力も求めてるのよね」


「実戦と同程度? それってつまり―――」


「『魔剣学院』は戦闘教育の最高峰であると同時に―――学問においても最高峰なの」


「マジか~」


「だから、諦めて他の所を受験しなさい」


「嫌だ。ゼッテェ『魔剣学院』に行く」


 そう言うと、シャルは信じられないと言った顔をした。


 しかし、オレは続ける。


「学問でも最高峰の所に、最底辺の頭脳を持ったオレが筆記試験を突破するなんて不毛だ。そんなことは自分でも分かってる。……だけど、それだけでオレが諦める理由にはならねぇ」


「……アルセの意志が揺るがないのは分かったわ。けど、どうして『魔剣学院』にこだわるの? 勉強嫌いのアンタがそこまでする理由ってなに?」


「実はオレ……『魔剣学院』にいる、ある女に負かされたんだ。それも【不殺の金月】の時に。おかげで貴族狩り、廃業させられちまったぜ」


「魔法騎士団の指名手配解除は、そう言う事だったよね……」


「だからオレは、貴族狩りを廃業させたソイツに下剋上がしたい。そのためにオレは、『魔剣学院』に入学したい」


 ホントは、ちょっと違うけどな。


 シャルは「そう……」と、納得するように呟く。


 すると、シャルは悲しい顔を浮かべた。瞳を伏せて、眉尻を下げて……。



「ねぇ、アルセ……。アルセは—――その女の人に惚れたから、自分に振り向いてもらうためとかじゃ……ないんだよね?」



 シャルはオレの制服の裾をちょこんと摘まんで、不安そうに尋ねた。


「えっ? 何でそうなるん?」


「だ、だって!! アルセはその女のためだけに入学しようとしてるんだから、好きなんでしょ!? 本当は!?」


「だから、何でそうなるんだって……。妄想飛躍しすぎだし、なに怒ってんだよ……」


「怒ってない!」


 むぅ~! と、シャルは頬を膨らませる。


 それ絶対、怒ってるヤツが言うやつじゃん……。



「なら、宣言するぜ―――」



 オレは椅子から立ち上がり、腰に手を当てる。


 シャルは呆気に取られたように、目を丸くして見上げる。



「オレはその女のこと! オマエの目の前でぶっ飛ばしてやるよ! それも入学式っつード派手は場所でな!」

 


「ホントっ!」


「おうよ!」


 爽やかスマイルに加えて、グッジョブポーズをシャルにかます。


「それなら、アルセは新入生代表に仕立て上げないと……わかった! アタシ、アンタに協力してあげる! そのためにアルセ! アンタは是が非でも全ての試験、一位取りなさいよね!」


「もちろん、任せとけ!」


 オレたちは固い握手を結ぶ。


 そして「うん」と互いに頷き合って、謎の確認をした。


 筆記試験は合格水準ぐらいでいいかな? 


 この場のノリで言っちゃったけど、なんか喜んでるみたいだし、それでいいか。


「―――図書館では静かにお願いしまーす」


「「す、すみません……」」


 遠くから司書のおばさんに注意されたオレたち。


 どっちも急に我に返って恥ずかしくなり、シュンッと着席する。


 顔を見合わせて、オレたちは笑う。


「ふふっ……よかった。アルセに好き人がまだいなくて……」


「なんか言ったか?」


「何でもないわ。それより今から、ちゃーんとアタシがアンタの頭に叩き込んであげるから、覚悟しなさいよね」


「おう。先生、よろしくお願いしまーす」


 今度は怒られないように小さくそう言って、シャルに勉強を教えてもらった。






~あとがき~


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