第10話 約束

「誰がそんな願い、叶えてやるかよ。バーカ」


「……え?」


 ちょっと煽り気味な物言いに、ルナは目を丸くさせた。


 否、オレの物言いじゃない。オレがルナの願いをぶった斬ったからだ。


「ど、どうしてなのかしら……? だって、あなたの願いは妹さんを救う事でしょう? それなのに、なぜ……。私を殺して≪月の雫≫を得なければ、ずっと寝たきりで……あなたの望みは一生叶わないのよ? それに私は『死』を受け入れている……。だから、私のことは気にしな―――」


「そこが気に入られねぇんだよッ!!」


 心底ムカつく。だからオレは叫んだ。


 だけどルナは突然、叫んだことにも、オレが怒ってる意味が分からず、疑問符を浮かべる。


「……オマエの過去は壮絶だった。親殺されて、家族失って……。復讐したくても、できなくて……。死にたくても、死ねなくて……。意味の分かんねぇもんに板挟みになって、もがき苦しんで……絶望の淵に立ってるってことはわかった……。そして今、その呪縛から解放される時だってのも分かってる……。できるならオマエを殺して、願いを叶えてやりたい……。だけどオレは、許せねぇッ!!」


 オレは『魔力循環装置』を指差した。


「オマエの願い叶えるためのダシに、セルアを使ってんじゃねぇよッ!! オレの妹を侮辱すんなよッ!! それに―――」


 指差す手を下ろして、オレは強く握り拳を作った。


 グッと奥歯に力が入る。それからオレの目に……熱いもんが何か出てきやがった。


 ―――涙だ。



「オレ……オマエのこと、殺したくなんかないっ……! 別に人を殺したくないわけじゃない……。その罪を全て背負う覚悟だってできている……。だけど何でか……オマエだけは嫌なんだ……! オマエだけは殺したくねぇ……!」



「あなた……」


 嗚咽を漏らすオレを、ルナは心配そうに呟いた。

 

 それからルナがこっちに来る足音が聞こえた。


 顔を上げると、滲んだ視界からオレを見下ろすルナの顔が見えた。


 どんな表情をしているか……わからなった。


「……そこまであなたが私を殺したくないのは意外だったけど……そうね」


 そう言ってルナは、指を使ってオレの涙を丁寧に払う。


 見えたのはいつも通りの無表情。だけど何処か……うっすらと笑っているような。



「なら、私たちの願いを懸けて勝負しましょう―――『ミスタリス魔剣学院』で」



「『ミスタリス魔剣学院』……?」


 どっかで聞いたことあるような……。今、着てる制服もその学院のだよな……?


「あなたが来年度、入学して、私と一対一の決闘に勝つことができれば、あなたは私を殺さずに済む。……反対に私が勝ったなら―――」




 私を殺して≪月の雫≫で妹さんを救いなさい、とルナは言い放った。




 瞬間、オレの覚悟は決まった。真っ直ぐにルナを見て、オレは思うがまま告げる。


「いいぜ、わかった……。オレが『魔剣学院』とやらに入学して、必ずオマエに勝ってみせる。……ゼッテェーオマエを殺さねぇ」


「やれるものなら、やってみなさい。私が勝つ」


 そうしてオレたちは、右手の小指を前に持ってきて結んだ。




「「約束だ(よ)」」







「親父! お袋! オレ、『魔剣学院』に入学―――」


「アルセ!」


「アルちゃん!」


「「本当にごめんなさい!」」


 本当だったら親父とお袋と約束した時に、元気になったセルアを連れて帰って、それから仲直りする予定だった。


 しかし、それはできねぇ。


 なぜなら、セルアを元気にするための≪月の雫≫を得るには、あの女を殺すしか方法がねぇから。


 なので、予定は却下!


 殺したくなかったオレは、あの女と約束した勝負に勝つ必要がある。


 つまり―――『魔剣学院』の入学試験に合格して、そこの学生にならなきゃいけない。


 そのためにオレは、予定を変更して入学試験を受けるための許可を得ようとしたわけだけど—――


「……え?」


 何で親父とお袋……頭下げてんの?


 オレは対面に座る両親を見て、唖然としていた。


「と、突然なに謝ってんだよ……。いきなりどーしたんだよマジで……」


 そう戸惑いがちに訊ねると、親父とお袋は申し訳なさそうな顔で俯く。


「俺たちは……最低で最悪な決断をしてしまった。セルアの死を自分たちで選択してしまったことを……後悔している。アルセのように、家族を思うならもがき続けるべきだった……。諦めないで、セルアを助ける手段を模索するべきだった……」


「それだけじゃないわ……。私たちはセルちゃんを救う唯一の方法、≪月の雫≫の存在を疑った……。本当に助けたいと、一緒にいたいと思うなら、信じるべきだったわ……」


 二人が懺悔するように言った後、オレの目を見る。


 思わずオレは、顔をハッとさせた。それくらい、今の親父とお袋から覚悟が伝わってきたから。


「アルセ、親として間違った判断した俺を許さなくてもいい、恨んでもいい。……ただ、謝らせてくれ。本当に、すまなかった」


「私も……まやかしだなんて簡単に諦めて、アルちゃんの希望を踏みにじる様な発言をして……。本当に、ごめんなさい……」


 そして二人はもう一度、オレに向かって頭を下げた。


 オレはそんな姿見たくなくて、慌てて立ち上がって止めにかかる。


「頼むから頭上げてくれって! なっ、ホント頼むから……」


「わ、わかった……」


 頭を上げたことを確認したオレは、椅子に腰を落ち着かせる。


 全く、疲れるぜ……。だけど、親父とお袋は謝ったんだ。今度は、オレの番。


「親父、お袋……オレも……その……ごめん!」


「アルセ……?」


「アルちゃん……?」


 頭を下げて謝罪を口にしたオレに、親父とお袋が驚く。


 初めてだからな、謝んの。


「親父たちが選択したことって、きっとオレ以上に辛かったよな?」


「………!!」


「だってオレ、親父たちがセルアのこと大好きなの知ってるから……。だから親父たちがあんなこと言うのは、スッゲェー辛かったはずだ。辛いに決まってる……。オレだったら、ゼッテェー言いたくねぇ……。大切な家族の死を、選ぶことなんて……。あん時は何でそんな事が言えるんだって、親父たちのこと、薄情見限り切り捨て無情ペアレントって思ってたけど……それは間違ってた」


「本当にスゴイワードセンスよね。心が痛いけど」


「一体、誰に似たんだ? ご先祖様か? とても辛いけど」


「親父たちは家族を守るために、家族を苦しませないように、オレとセルアを想って最善の判断をしたんだ……。たとえ、自分たちの首を絞めることになって、オレから恨まれることになっても……。そんな親父たちの気持ちも知らねぇまま酷いこと言って……本当にごめん。親父、お袋……」


「アルセ……。ううん、そのことでアルセが謝ることはない。むしろ、感謝すべきだ。あそこにアルセがいなかったら……セルアはすでに亡くなっていた」


「確かにあの時、受けた言葉は酷いと言うより……痛かったわ。でも、一番に感じたのは、正しさよ。家族ならこうするべきだって気づかされたの」


 だから、ありがとう、と親父とお袋がオレにお礼を告げた。


 だからオレも、顔を上げて感謝を伝える。



「オレの方こそ、ありがと。親父とお袋がオレの親で、二人の子に生まれて……よかった」



「アルセ~!!」


「アルちゃ~ん!!」


 突然、マジ号泣するオレの両親。


 オレのこと好きすぎんだろ、全く。オレも親になったら、こんな親バカになんのかな?


 そんなことを考えていると、涙の滝が収まった親父から一言。



「実は俺たち、前々から話し合っていたことがあるんだ」



「私たち―――アルちゃんと一緒に貴族狩りをすることにしたの」



「じょ、冗談だよな……」


 まさかの衝撃発言。


 思わずオレが顔を引きつらせると、親父たちは大きな荷袋をドンッとテーブルの上に置いた。


 中を覗いてみると……顔バレ防止用の仮面に、一通りの装備類が入っていた。


 あっ、これガチだ。


「はぁ……マジかよ」


 オレが頭を抱えると、親父たちからやる気が漲っているのを感じた。


 いやだよ、何のこの人たち。


「これで≪月の雫≫が手に入りやすくなったな!」


「アルちゃん! あなただけに重荷を背負わせたりはしないわ!」


「あー……実はな―――」





「えぇ!! アルセ、【貴族狩り】辞めちゃったの!!」


「それと≪月の雫≫も探さない!!」


「「一体、どーゆうこと!!」」


 オレは二人に【貴族狩り】を辞めたこと、そして≪月の雫≫を探すことを告白した。


 そのどちらも、真正面から事実なんて言えることはわけがなく……。


 ちょっと濁らせて伝えた。


 魔法騎士団の前に、今まで集めてきた強奪品を置き、自らの意思で【貴族狩り】をしない旨を伝えた手紙を添えてきた、と。


≪月の雫≫は、ただ単純に諦めた、とオレは言った。


 特に≪月の雫≫に関しちゃ―――



「いやー、≪月の雫≫ってよ! ムーンライト一族ってヤツを殺して手に入るもんなんだよな!」


「何ムーンライト一族って!? 何者!?」


「アルちゃん! 人殺しになっちゃダメー!」



 なーんて事になり兼ねねぇ……。


 だから変に誤魔化しても拗れるだけ。なら、率直に結論だけ言えばいい。


 ってか、親父とお袋がやるとしたら【貴族狩り】じゃなくて【冒険者】だろ、普通。何でだよ。


「【貴族狩り】を辞めるのはともかく……」


「伝説の秘宝を信じてまで、セルアを助けようとしたオマエが≪月の雫≫を諦めるだなんて、本当なのか……? だって、アルセはあれほど探し求めてたのに……」


 そうだよな、突然、探さないなんて言ったら、不思議に思うに決まってる。


「まさか、諦めたのか……?」


「違うわよね? アルちゃん……」


「諦めるわけねぇだろ。ただ≪月の雫≫じゃなくて、他の方法でセルアを助ける。……それにリズベットとモモに力を借りれば、≪月の雫≫なんか無くても、きっと救ってくれる何かを発明してくれる。そっちの方が現実味があって、実現性が高ぇーからな」


「そうか、そうだよな……。アルセがそう簡単にセルアこと、諦めるわけがないもんな」


「えぇ、確かにその通りかもしれないわ。あの人たち、ちょっとアレだけど……。頭はスッゴく良いものね。きっと成し得てくれるわ」


 嘘だ。リズベットとモモは断言していた。


≪月の雫≫以外に、『ラーセルブ病』から完治する手段はねぇと。


 だから正直……どうしようか焦ってる。


 だけど、≪月の雫≫では助けられないとわかった今、オレが二人を安心させるためには、こう言うしかなかった……。


 すまねぇ、親父、お袋……。けど、必ずセルアは救ってみせる。


 それは絶対だ。


 今はまだ、その手段が見当もつかねぇけど……オレはこの世界の可能性を信じる。


 疑わず信じ抜けば、やがて現実となってオレの前にやってくる。


 そして誓いを果たすことが、嘘をついたオレの―――贖罪だ。


「そう言えば、アルちゃん。私たちに何か話したいことがあったのよね?」


「そうだったな……。アルセに謝りたくてそっちが先行してしまった……。アルセ、いったい俺たちに何の話があるんだ?」


 やっと本題に入れる。


「実はその……オレ……」


「「ほうほう」」



「ま、『魔剣学院』に、入りてぇんだ……」



「「…………」」


 興味深そうに耳を傾けていた親父たちが……突然フリーズしだした。


 それはもう、一寸たりとも表情を崩さないまま。


 オレは「おーい。親父? お袋?」と、目の前で手を振りながら呼びかける。


「「ほ、ホントに~~~!!」」


 前触れもなく叫ぶ親父たちに、オレは「おわっ!」と声を上げる。驚いたわけじゃねぇからな!


 それから親父とお袋は、テーブルの上に手を乗っけて身を乗り出す。


 始まるのは質問の嵐。


「ま、魔剣学院ってアレだよな!? 『ミスタリス魔剣学院』のことだよな!? 我が『デュランダル王国』の最高戦力である【魔法騎士】を育てる、最高峰の教育機関って名高いあの!?」


「それだけじゃないわ! 王国の魔法騎士を目指す『魔法騎士科』の他にも、未だ世に誕生してない魔道具を開発する『魔工技師科』、数多の偉業を成し遂げ名声を勝ち取る冒険者を目指す『冒険者科』、戦闘技術を軽く嗜みながら勉学を重きに置く『普通科』があるのよね!」


 ご丁寧に説明ありがと、なんだけど……。逆に丁寧すぎて引くわ。


 ってか、何それ?  そんなに教育整ってる所、通ってんの? あの女。普通に学費ヤバそうなんだけど。


「アルセは『魔剣学院』に通いたいのか……」


「でも、あそこは実力主義だから、実力さえあれば入学できるし、私たちの収入でも通わせられるわ」


「うん、そうだな! アルセの実力なら余裕に違いない!」


 は~、良かった……。貴族オンリーってわけじゃないんだな。そこはちゃんと公平性を持ってるようで一安心。


 ……しかし、オレの安堵とは裏腹の不穏な空気が……親父たちから流れる。


「……でも、アルセが『魔剣学院』に入学したいのって……あれが理由だよな?」


「そう……あれ、よね?」


「何だよ、あれって」


「そんなの決まってるじゃないか!!」


「アルちゃん、またメフィスト病院の人みたいに、入院費を請求されたのね!?」


「はぁ?」


 マジで何言ってんの? この人たち。


「だからアルセが『魔法騎士団』の団長を目指して、その分のお金を稼ごうってことだろ!!」


「何て人たちなのかしら!! 私たちのカワイイアルちゃんに酷いことするなんて!! ……所詮はただのショタコンの変態!」


 それは違いない。


 そーいや、お袋。リズベットとモモのこと、何かイヤそうにしてたもんな……。


 あっ、それに気づいてんのオレだけな? 


 アイツらはお袋の作り笑顔に気付いちゃいない。


 むしろ、好感を抱いてるって思ってる。


 ホントは真逆なんだけどな、アイツらの印象。


 けど、今は同意している場合じゃねぇ。


「だー違ぇーって! 別にオレは団長なんか目指してねーし、リズベットとモモはそんなクズいことしねーよ」


「それじゃあ、どうしてアルセは『魔剣学院』に入学したいんだ?」


「うんうん、アルちゃんが学院に行きたい理由、知りたいわ?」


「理由、か……。【冒険者】になって、セルアを救うアイテムを探すこともそうだけど、オレは……」


「「オレは?」」


 突然、口を噤みだしたオレを、親父とお袋は不思議そうに見た。


 しかし、オレが今、助けたい二人の顔が思い浮かんだ瞬間―――オレは迷いを断ち切ることができた。



「オレは……セルアのほかにも助けたいヤツがいるんだ!」


「「………!」」


「そいつを助けるためにはオレは—――」




『魔剣学院』入学したい! と、椅子から立ち上がって、二人へのわがままを言った。



 それはおそらく、これっきりで特大のわがままだ。


「……そうか、アルセには助けたい人がいるんだな」


「しかも、セルちゃんじゃなくて他の誰か……。アルちゃんはその人のことが、大切なのね……」


「別にそんなんじゃねぇって、ただ……」


 何となく、放って置けねぇ……。助けたくなっちまう……。


 何て言うんだ? こう言うの。体が勝手に動く、だったか? 


 いや、それを言うなら心、か。そっちの方が正しい気がする。


「……アルセにそこまで思わせたその人が誰が、とても気になるけど……。うん、わかったよ。俺たちはアルセのこと応援するよ」


「親父、それってまさか―――」


「あぁ。アルセ、『魔剣学院』に入学しなさい! 手続きとかは俺たちに任せとけ!」


「アルちゃん! ファイト!」


 親父たちが椅子から立ち上がって、グッと親指を突き出し、オレにエールを送る。


「ありがとう! 親父! お袋!」


「おう! ……だけど、思い出したことが一つだけあるんだよな。それも、アルセにとっての大きな問題が……」


「大きな問題って?」


「なになに? どんな問題なの?」


「いや……、『魔剣学院』の入学試験ってさ……」


「「うん」」



「―――筆記試験あるんだよね」



「「…………」」



 マジかよ、終わったじゃねーか。






~あとがき~


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