第9話 諦めた未来


「これがオレの妹のセルアだ」


 セルアのいる病室の中に入り、『魔力循環装置』の前でオレがそう言うと、マリアはおそるおそる覗き込む。


『魔力循環装置』の中にいる一人の少女を見て、マリアはぽつりと感想を漏らす。


「やはり兄妹なのね……顔がそっくり。幼い頃のあなたを見てるみたい……」


「瞳の色だけは違うけどな」


 何色なのかしら? と聞くマリアに、『翠色』と答えた。


 それからオレは『魔力循環装置』に手を置いて、セルアの顔を見ながら語り掛ける。


 いつもはどんな貴族を狩ったとか、どんな風に敵をボコしたのか話していたけど……今日は違う。


「セルア……今日はオマエ、元気になれる日なんだぞ。嘘なんかじゃねぇ、マジだ……。優しいお姉さんが今から、セルアのこと助けてくれんだ。元気になったら、お姉さんにお礼言おうな……一緒に」


「…………」


「それとな、セルア……。もう一つ言いたいことがあんだ。元気になったら、さ……オレとセルア、そしてお姉さんと一緒に遊ぼうぜ。きっと楽しいし、仲良くなれるって思うんだ。あと、ちょっと……あとちょっとで会えるからな。楽しみにしといてくれ―――」


 オレは置いていた手を離して、マリアの方をはにかみながら見て手を差し出す。



「と、言うわけだから、オレたちと一緒に遊ぶの―――約束な?」



 その手をマリアが掴もうとするが……掴むことはなかった。


 そしてオレと目を合わせず、俯いたまま話す。


「………ごめんなさい、その約束は……できないわ」


「……? あっ、家族水入らずの時間を邪魔するわけにはいかないって思ってんだな! 大丈夫だって! そんなの気にすんなよ!」


「そういうことじゃないわ。だって今からあなたに—――」


 マリアは……自分の心臓を指差して、オレの目を見る。





「私の心臓に眠る―――≪月の雫≫を取り出してもらうから。だから、あなたとの約束を守ることはできないわ」





「……はっ? ≪月の雫≫がオマエの心臓の中で眠ってる……? 約束を守れない……? 心臓から取り出すって……それじゃあ、オレがオマエのこと―――殺さなきゃ、ならねぇじゃねーか……。なぁ、冗談だよな……?」


「……冗談なんかじゃないわ。あなたは今から私の心臓を貫いて、大切な妹を救う。それが唯一私にできることで、あなたがするべきことよ。……早く私を……殺して」


「―――訳が分かんねぇよッ!!!」


 オレの叫び声が一室に響き渡る。


 大声を出さなければならないほど、本当に意味が分からなかった。


 マリアは動じず、ただオレの言葉を待つ。


「オマエの心臓に≪月の雫≫があるとか、私にできることとか、オレがすべきこととか、本当に訳が分かんねぇ……。何より一番、訳わかんねぇのは—――オマエが自分の命まで捨ててまで、セルアを救おうとすることだ……」


「…………」


「どうして、どうしてだ……? どうして自分を犠牲にしてまで、オレのこと、セルアのこと、救いたいって覚悟決めたんだ……?」


「……私が提示したシチュエーションにおいて、決死の選択を迫られたのにも関わらず、易々と相手に譲ることのできる器の大きさ、そして優しさと感じたこと。何よりあなたが……幸せそうな顔をしていたから……私は自分の命を懸けられる決意ができた」


「幸せそうな、顔……?」


 マリアはわずかに微笑んで頷いた。


 その顔は—――優しさに溢れていた。心からの慈愛が伝わってきた。


「あなたが元気になった妹さんとしたいことを話している時よ……。あんなに幸せそうな未来を見ている人の前で、自分にそれを実現させることができるのに……そうしない方がおかしいわよ」


「おかしい……? おかしいのはテメェ―だろうが!! オレの幸せのため? セルアの幸せのため? ふざけんなッ!! テメェ―自身の幸せはどうすんだよ!! テメェ―は本当にそれでいいのかよ!!」


「私自身の幸せ……? そんなの—――」


 マリアから表情が消える。けど、いつもの無表情じゃない。


 感情が見えないほど……真っ黒に染まっていた。



「とうの昔に……諦めたわ」



「………!? 何で!? どうして!?」


「その疑問に答える前に、まずは私の過去について知ってもらう必要があるわ」


 オマエの、過去……? と言うと、マリアは頷いた。


「今から九年前、私たちが住んでいた場所で、ある悲劇が起こったの―――」







≪月の雫≫を生まれた時からこの身に宿し、『月の里』という誰にも見つかったことのない、人里離れた秘境の地で暮らす―――ムーンライト一族。


 誰も彼もが親戚だらけで、私は50人余りいる一族の一人だった。


 目新しいものはない。文明も文化も未発達だったから。


 全てが畑と山、大地という自然に囲まれた中で生活していたから窮屈感があった。


 年の近い人もほとんどいなかった。いるのは、私より10個も上の人たち。


 年の近い人と言えば、たった一人しかいなかったから、実質、友達はその人だけ。


 そんな場所で生まれたけれど……私は幸せだった。


 お母さんとお父さんが一緒だったから。


 お母さんには料理を教えてもらったり、お父さんには野菜の育て方や、動物の狩り方を教えてもらった。


 ふと私は疑問に思った。


 どうして子供の内から、こんなに何かを教えるのだろう、と。


 そんなのは後でもいいじゃないか、と。


 だからお母さんとお父さんと一緒に川の字で寝ている時に聞いてみると、子どもの疑問にお母さんとお父さんが答える。


「私たちムーンライト一族は、色んな悪い大人の人たちに狙われているの」


「それって≪月の雫≫が私たちの体にあるから?」


「あぁ、だからその悪い奴らが襲撃されて俺たちに何かあっても、ルナが一人でも生きられるように生きる術を身に付けて欲しいんだ」


「えぇ~! でも、そんなこと一度も起こってないんでしょ? なら、だいじょーぶだよ!」


「まぁ……里に敷いている結界魔法によって、≪月の雫≫を狙う者たちに見つからず、何年もの間、平和な日常を過ごしてるけど……」


「この世界に絶対なんて無いの。神の気まぐれで歯車が狂いでもしたら……私たちの日常が失ってしまうの。だから……ね?」


 そう言って、私を諭すお母さんとお父さん。その顔は笑っているけど、心配そうでもあった。


 二人のそんな顔よりも笑顔が見たかったら、私は一つ、笑顔にしてあげることにした。



「お母さん! お父さん! お母さんとお父さんに何かあったら私が守るもん! 他のみんなも! だから、心配しないで!」



 私がそう言うと、お母さんとお父さんは驚く。


 きっと私がそんなこと言うなんて、思いもしなかったのだろう。


 それから笑顔を浮かべて、二人は優しく頭を撫でてくれた。


「そうね……その時はお願いね? ルナ」


「待ってるよ……ルナ」


「えへへっ……うん! 任せて!」


 そうして私たちは眠りについた。


 家族一緒にくっつきあって、互いに温め合って。


 私はこの瞬間、時間が大好きだ。


 一緒にいれるって、スゴく安心するから……。


 だから私は、いつも思っていた。


 あぁ、この時間がずーっと続けばいいな。


 ずーっと、ずーっとお母さんとお父さんと一緒に……いつまでもいたいな……。



 けれど、そんな私の幸せがすぐに終わりを告げた。


 ―――私が幸せを願った、その日の真夜中の夜に。



「う~ん……何の音……?」


 何かの音が聞こえた私は熟睡から覚め、重たい瞼を指でこすりながら上体を起こす。


 すぐに異変に気付いた。私は一度寝たら、中々起きないタイプなのにも関わらずだ。


 両隣を見ると、一緒に寝ていたはずの、お母さんとお父さんが……いなかった。


「お母さん……? お父さん……? どこにいるの……?」


 子どもと言うのはたったそれだけでも、大きな不安が押し寄せてくる。


 子どもにとって親と言うのは、『世界』そのもの。自分の世界で、絶対的な味方。


 この不安から逃れるために、本能的に私は外に赴いた。


 ―――瞬間、信じられない光景が目の前に広がった。


「……へっ? ……どう、して」



 私たちの里が……燃えているの? と、赤く燃え上がる炎が瞳に映った。



 お母さんと一緒に料理を作っている時とは、全く別の炎。


 みんなの幸せを奪い、みんなの日常を破壊して、燃やし尽くすための炎。


 目の前にある近所のおじちゃんの家が炎によって崩れた時、私の頬に涙が伝り膝から崩れ落ちた。



「お母さんっ……お父さんっ……どこに、いるのっ……」



 お願い……。



「お母さんっ……お父さんっ……私をっ……」



 お願い……!



「一人にしないでっ……!」


 

 お願い!



「―――置いてかないでっ!! お母さんっ!! お父さんっ!!」



「「ルナ!!」」



 私が叫んだ瞬間、聞き馴染みのある声が聞こえ、両方から抱きしめられた。


 私はこの温もりを知っていた。お母さんとお父さんだ。


「うわぁぁぁん!! お母さ〜ん!! お父さ〜ん!!」


 すぐに抱き返した。離したくないから、離れて欲しくないから。


 私が二人の胸の中で泣きじゃくった。


 お母さんとお父さんが、確かに傍にいると言う、安心から張り詰めいたものが緩んだのだろう。


 そんな私の背中を、二人は優しく摩ってくれた。


 けど、危機的な状況には変わりない。


 他のみんなは無事なのか、私は顔を上げて確認を取ることにした。


「……他の、みんなは?」


 すると二人は、辛そうな、怒っていそうな……そんな顔をした。……いや、おそらく両方だろう。


 お母さんとお父さんは辛くもあり、怒ってもいた。


 そして気づいた。聞こえて来るのは、炎が燃え上がる音と、それによってお家が崩れ落ちる音だけ。


 今まで一回も、お母さんとお父さん以外の—――人の声は聞いていない。


 ……誰かの悲鳴さえも。


 あぁ、他のみんなは死んじゃったんだ。でもそれは、偶発的な悲劇の災害なんかじゃない。



 —――意図的に引き起こされた、悪夢の惨劇だ。



 自然と拳が強く握られていた。憎しみを抱いたのだ。


 みんなが殺されたと言う、悲しみに、怒りに。突きつけられた現実が、私をそうさせた。


「早く、ここから離れた方がいいわ」


「そうだな。時間は稼いできたが、そう長くはもたない。移動を始めよう」


「えぇ!」


 そう言って、お母さんとお父さんは立ち上がる。


 それから私に笑顔を見せて、手を差し伸べた。


 二人を見ると、顔には土汚れと血が伝っており、服には何かに切り裂かれたような跡に切り傷があった。


 —――私たちに酷いことした奴らと、戦ったんだ。


 ……許さない、絶対に許さない。


 お母さんとお父さんを傷つけたことも、何も悪いことをしてない、ただ平和に生きてきた私たち一族を殺したことも。


 何もかも、許さない。


 私の中で生まれた、憎しみの炎が燃え上がる。


 私たちの日常を破壊し尽くす炎よりも……激しく燃え上がった。


 けれど、現実は非道なもので。


 今の私にそれを払いのけるほどの力は無いことを、幼い私でも理解していた。


 悔しいけれど……私は二人と共に逃げることを選んだ。


 私がその手を掴もうとした、次の瞬間―――



「ゴフッ……」


「カハッ……」



 笑顔のはずだった二人の顔が、突然、歪み始めた。


 その途端に、二人は勢い良く口から血を吐いた。


 べチャリ、と人肌の温もりような熱さが私の顔へとかかる。


 そしてお母さんとお父さんのある所を見て、何とか言葉を紡ぐ。



「どう、して……? お母さん……お父さん……。どうして―――」



 胸から腕が生えてるの?



 そう聞いても、声が返って来るはずもない。理解していた。


 心臓を貫かれていると。


 それは私たちの命の原動力―――≪月の雫≫を抉り取り、命を奪ったのだと。


 殺され死んだ人から、声が返ってくるわけがない。


 そんな当然のことに気づかないほど……信じたくなかった。


「それは、ですね……」


 けれど、返ってきたのだ。人の声が。


 ……でもそれは、今、私が最も求めている声ではない。


 男の人の声でも、明らかにお父さんの声ではなかった。


 だって……こんな冷たい声じゃないし、そして—――




「あなた達の中にある、≪月の雫≫を奪いに来たのですよ」




 こんなこと、言うはずがないんだから。


 その直後、貫かれていた腕が離れて、グチュッと生々しい音が私の耳に響く。


 そしてお母さんとお父さんが、私を抱きしめることもなく……力無く両隣に倒れた。


 虚ろな瞳をした二人の顔が見え―――私の中で何かが壊れ始める音がした。


「お母さん……」


 返事が無ければ、笑顔も返してくれることもない。


「お父さん……」


 返事も無ければ、高い高いもしてくれることもない。


 二人は何の反応も返してくれたなかった。


 そして徐々にヒビが入って広がり、やがて割れていき完全に壊れる。


 ―――私の、『世界』が。


「いや……いやだよっ!! お母さんっ……!! お父さんっ……!! 死んじゃいやだよっ……!! ねぇ、起きて……起きてってばっ!!」


 涙で目の前が見えないほど、縋るように私は泣いた。一筋の希望を求めて。


 しかし、私の希望を踏みにじるような、そんな溜息が聞こえた。


「……うるさいですね。せっかく良い気分でしたのに……。いくら泣き喚いたところで、死んだ人が生き返るわけがないでしょう? そんなのはただの……夢物語です」


 顔と体型を覆い隠すほどの黒装束に、フードを被って身を包む一人の男。


 その男は血に塗れた手を地面にポタポタと落として、月のように美しく儚い光を放つ二つ宝玉―――私の大切な人たちから命を奪い、赤く血で染まった≪月の雫≫を満月にかざして見比べるのを止めてそう言った。


「ですが、この優しい優しい私から……最後の慈悲をあなたに与えましょう」


≪月の雫≫を懐に入れながら、ゆっくりと私に近づく黒装束の男。


 穏やかな口調だが、今、自分がどんな顔を向けられているか、顔が隠れているのに分かった。


 とても冷たい顔をしたまま、その眼差しを向けられているということに。


「今からあなたを、あなたのだーい好きなだーい好きな……お母さんと、お父さんの元へ送り届けてあげましょう」


 その言葉は―――私に『死』を予感させた。


 二人に会わせるとは、そう言う事だろう。


「あっ……」


 私は後退ろうとするのだが……体が動かなかった。


 まるで蛇にでも睨まれたかのように、全く動かすことができなかった。


『死』という絶対的な恐怖が……私の心まで支配していた。


 黒装束の男は、とうとう私の眼前に迫る。


「では早速、会わせてあげましょう―――」


 ねッ! と、黒装束の男はお母さんとお父さんにしたように、またもその手で心臓を貫こうとする。


 私は腕を顔の前で防ぐように持ってきて、思いっきり瞼を閉じた。


 こ、殺される……っ!


 いやだ……死にたくないっ……いやだ!! 死にたくないよ……っ!!


 お母さん……! お父さん……!


「………あれ?」


 しかし、いつまで経っても自分が死んでいない、ましてや心臓を貫かれる気配も痛みも無い。


「どうして、ですか……!」


 さっきまであれほど余裕を見せていた黒装束の男に、焦りを感じさせる声が聞こえた。


 おそるおそる目を開けると、私の心臓の間近に迫る黒装束の腕。


 そして私の殺そうとする腕から守ってくれた、四本の腕が見えた。



「ッ……! どうして、心臓を貫かれてもまだ生きているのですかッ!? あなた達は!!」



 メキメキと腕が折れる音が響く。火事場の馬鹿力だろうか。


 それによって黒装束の男は、苦悶を混じらせて声を荒げたのだ。



 必死に私を守るために、残る力を全ての力を腕に集約させる—――お母さんとお父さんに向かって。



「……どう、して……心臓を貫かれて生きているのか、ですって……決まってるじゃない―――」



「大切な娘を守る……親としての意地、ただ……それだけだよ……」



「しつこい……しつこい極まりないですねッ! 本当にッ!!」


 激昂する黒装束の男は、二人の腕を振り払って後方へジャンプする。

 

 距離が離れ、痛む腕を押さえて体を震わせる黒装束の男。


 しばらくは動くことができないと判断したお母さんとお父さんは……胸から血を流したまま、屈んで私に笑顔を見せた。


 生きていること自体、奇跡なのに……今も痛みで苦しんでいるはずなのに、私を安心させるために、笑ってみせたのだ……。


「大丈夫だぞ……ルナ」


「あなたのことは……私たちが、守るからね……」


「………!」


 そうだ……私は言ったじゃないか、お母さんとお父さんに。


『お母さんとお父さんは私が守るもん!』


 自分が守るからって、そう約束したはずなのに……!


 それなのに今、私は守られている!


 私が弱い、子どもだから!! 親に守られるべき存在だから!!


「ごめんなさい……私、お母さんとお父さんのこと、守るって言ったのに……守られてばっかりで、ごめんなさいっ……!」


「ううん……謝らないで、ルナ……。親が子を守ることは、当然の事なんだから……」


「でも、でも……!」


「それよりも……ルナ、おそらく俺たちには……残された時間が後、僅かだ……」


「……!? そ、それならさ! そんな人、放って置いて早くここから逃げようよ! それから病院に行けば、きっとお母さんとお父さんの傷だって治って、それで―――」


「この傷の深さじゃ、病院に駆けつけたとしても……間に合わないわ」


「俺たちは……ルナを守り切ってそれで―――死ぬんだ……」


「いやだ……いやだよ!! 私と一緒にいてよ!! 私を一人ぼっちにしないでよ!! 一緒に生きてよ!!」


 必死に泣き叫んで、私は二人に訴えかけた。


 当然だ。お母さんとお父さんが……明確な死を私に告げたのだから、何が何でも否定したい。


 それをお母さんとお父さんは、困ったように微笑む。


「本当に、ごめん……。だけど、俺たちから伝えたい、最後のお願いがあるんだ……聞いてくれるか……?」


 私は拒絶したかった。


 いつものお願いなら聞く。いい子にだってなる。


 その願いだけは、どうしても聞きたくなかった。


 ……それでも私は、ゆっくりと頷いた。


 困らせたくない……と言うのもあるけど。


 これがきっと、今の私ができる恩返しで、親孝行だと思ったから。


 最後の親子としての会話だと、そう思ったからだ。


 安心したのか、二人は弱々しく微笑んで……最後をお願いを事を言う。


「ルナ……朝はちゃんと一人で起きて、夜更かしはしちゃダメよ……? 将来、美人確約のルナのお肌に悪いから……ね?」


「うん……」


「ルナ……友達は作って欲しい。別に多くとは言わない……ただ、少ないけれど信頼できる人間関係は築いてほしい……。自分が悩んでいる時は相談して、逆に友達が困っていたら助けるんだ……。人は一人では生きていけない……支え合って初めて生きることができる……人見知り、頑張って乗り越えてくれるか……?」


「……頑張る」


「そしてこれが、ルナへの最後のお願いよ……」


「ルナ……君は一人になってしまうけど、一人じゃない……。ルナには見えなくても、俺たちが付いてるから、守ってるから……。だから、今がどんなに辛くても……苦しくても……悲しみで前が見えなくとも……時間がルナを癒し、未来がルナを照らす……だから―――」



「「生きて……生きてさえいれば、必ず最後は幸せになれるから」」



「………! うん、わかった! 私、絶対に幸せになる! お母さんとお父さんのお願い叶える!」


「―――あなた達、さっきから何をほざいているですか……?」


 今まで回復に徹底していた黒装束の男が、嫌悪を露わにしてそう言った。


 どうやら完全には回復していないものの、動ける状態にまでなったようだ。


 お母さんとお父さんは予想通りと言った感じで静かに見据え、私はその図太さに驚愕していた。


「あなた達、親は自分の身に迫る『死』を悟っている……だと言うのに、どうしてですか? どうして我が子風情に遺言なんか残しているのですか? おかしいでしょう? どうせ一緒に死ぬと言うのに。まさか、自分たちの命と引き換えに守ろうというのですか? それも……親としての意地とやらですか?」


「……愚問だね、そんなの当たり前だ」


「えぇ……絶対にルナに手出しはさせないわ……」


「あぁ……本当に気持ち悪い。実に気色悪いものですね……家族愛というものは……。だからこそ、バラバラに―――」


 引き裂きたくなりますよ……と、駆け出す黒装束の男。全身から殺意が満ちていた。


「逃げろ、ルナ!!」


「逃げて、ルナ!!」


 その瞬間、私は振り返って走った。


 ただひたすらに走った。前だけ見て走った。


 逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。


 生きなきゃ生きなきゃ生きなきゃ。



 ―――お母さんとお父さんの願いを、私が叶えなきゃいけないんだ!



 すると、後ろから声が聞こえた。


 ……悲鳴を上げる、男の人と女の人の声だ。


 それでも私は、ごめんなさい……、と涙を出しながら前へ進んだ。







「それから何とか逃げ延びた私は、リズベットとモモに拾われて、私は今日まで生きてこれたの」


「あっ……」


『……それが君の選択なら、私は尊重するよ』


『……ありがとう、リズベット』


 さっき二人が話していた会話の意味が、ようやく分かった。


 だからオレは、ここにいないソイツに向かって舌打ちをする。


「チィ……、リズベットのヤツ、オマエが≪月の雫≫宿してるって、初めっから知ってたんだな。そして……」


 言葉を続けるのを止め、オレは押し黙った。


 尊重するっつーことは、そういうことだよな……。


 つまり、リズベットとこの女の関係はその程度……?


 いや、それはねぇ……。あの時、確かな絆が垣間見えた。


 なら、親代わりとして、子の選択を見守ろうってことか……?


 ダメだ……分かんねぇ。親が子に対して、何を考えているかなんて……これっぽっちも思い浮かばねぇ……。


 というか―――



「オマエ、自分の幸せを諦めたり、命を犠牲にするってことは—――親の願い、破っちまってるじゃねぇか……どうしてだ?」



 ムーンライト一族の存在を隠すために、おそらくリズベットが考えた偽名を今、この女が名乗っていること。


 それは、分かった。だけど、何でだ? 


 親から願い託されてるって言うのに、何で生きて幸せを掴み取ろう思わないんだ?


「それにオマエが生きる理由なら、あるはずだろ? 復讐って言う理由が……。あの時の憎しみは消えちまったのか?」


「……無いと言えば噓になるわ。確かに私は復讐を果たしたかった……。お母さんとお父さん、そして里のみんなを殺したあの男の仇を取りたかった……」


「なら—――」


「でも、そんなことどうだっていいのよ……。ただお母さんとお父さんに会いたい……会いたいのよ……私は」


 ルナの半分、髪で隠された顔から……一滴の涙が零れ落ちる。その涙には、女の悲しみも憎しみも怒りも、何もかも感じた。


 そして何故だか……心が痛くなった。


「復讐を果たしたとしても、きっと私の心は冷たいまま……死んだとしても地獄行き。優しいお母さんとお父さんは、天国にいるだろうから……絶対に会えない。それじゃ、意味がない。それに復讐自体に時間を割きたくない。会いたい……早く二人に会いたい……」


 ルナは自分自身を抱きしめた。いや、ルナの腕の中には両親もいるんだろう……。


 そう錯覚するほど、ルナがどれだけ家族に会いたいか、今も愛しているか……重く伝わる。


 だからこそ……辛い。


「でも……自分で命を絶つことはできなかったの。だって、あまりにも独善的で、私を産んでくれたお母さんとお父さんを否定しているような気がしたから。私に二人を追いかけることなんて……許されないと思っていたの。だから死に場所を求めた、死んでもいい理由を探した……そしてようやく、見つけた……」


「………!」


 まさか……!


 目を見開くオレを、ルナは涙を止めて真っ直ぐに見る。


 その瞳には……オレが映っていないようで、もっと別の景色を見ているような、そんな気がした……。




「あなた達、兄弟が……私に理由を与えてくれたの……。この命を以って誰かを救うことが、未来を照らす光となれるなら……きっと私は許してくれる、分かってくれる……。お母さんとお父さんにも、世界にも……。だから、お願い―――」




 お母さんとお父さんに会うために、私を殺して……、とルナは切に願うように告げた。



「…………」


 この女を殺して≪月の雫≫を取れば……オレはセルアとまた一緒に過ごせる。


 そしてこの女の願いも叶えられる……親父とお袋に会わせるという、あの世に送り届けることもできる……。


 死後の世界なんて考えたことねぇけど……人のために死んだとなったら、オレはこの女が天国に行けると思う……。


 逆にオレは、無罪の人間を殺すわけだけで、地獄に行くんだろうけど……あんまし興味ない……。


 どいうか、地獄でオレを裁こうとするヤツらを片っ端から叩きのめせばいい……。


 つまり、利害が一致している。



 ―――オレがこの女を殺せば、オレたちの願いは叶う。



 だから、オレは—――





~あとがき~


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