第7話 ≪月の雫≫
「あれ? どうして……?」
リズベットに案内された部屋に入って、衝撃的なものが目に入った。
それは、セルアを唯一生命維持することができる装置―――『魔力循環装置』があった。
その中にいるセルアは、安らかな顔で眠っている。
どうやら、本物みてぇーだ……。
でも—――
「どういうことだ……? どうして『魔力循環装置』がここにありやがる……。だって―――」
確か『魔力循環装置』は、クソメガネの病院―――『メフィスト病院』にしかなかったはずだ、この国じゃ……。
つまり、コイツらは超が付くほどの大金持ちの貴族ってことか?
それはねぇーか。そうだとしたら、自分の領地守ったりとか、王国の政治で忙しくて、そんな余裕ねぇもんな……。
ましてや、医者になって病院経営するなんてもってほかだ。
でも、説明がつかねぇーぞ? いったい、どうすりゃーこんなことを……。
すると、オレの予想を覆す返答が来た。
「—――ん? その装置作ったの私だからだよ。ねぇ?」
「はい……あれは疲れました」
「ま、マジかよ……」
訳の分からんボタンに、訳の分からんスイッチ。
あんな大量の部品を取り付けたり、術式埋め込んだりとかやったのか?
たった二人で。
二人へ顔を向けると、その時のことを思い出してか、らしくない疲れた顔を浮かべていた。
いったい、何者なんだ……。
「ってか、よくセルアが『ラーセルブ病』だってわかったな」
「あぁ、それはね。ずっと君のことをつけて―――」
「え、えっとー……! アル君が眠ってる間に検査したので……」
リズベットの口を手で塞いで答えるモモに、あぁ、そういうことか、とオレは納得した。
パッと手が離されて解放されたリズベットが、「し、死ぬかと思った……」と胸に手を当てて呼吸を整える。
「ふぅ~、何はともあれ、私たちが開発した装置が役立ってよかったよ」
「はい! 頑張った甲斐があるというものですね!」
二人がオレに微笑みかける。
「………」
オレは誤解してたかもしれない。コイツら確かに変態だ。けど、人を助けるために装置を作っっていることも確かだ。
実際に、こうしてセルアのこと、助けてもらっている。
―――本物の命の恩人だ。
感謝してもしきれねぇ……。それだけの恩を、リズベットとモモに持ってる。
オレはそんな恩人に『しね』だの『キショい』だの仇で返して……。
とても、申し訳ねぇ……。
「さっきは『しね』とか『キショい』とか恩を仇で返すような真似をして、悪か―――」
「いや~まさか―――『失敗作』がこんな所で活きるなんてね」
「はい! 私も驚きですよ!」
オレが今までの非礼を詫びろうとした瞬間、まるで思い出話に花咲かせるように、二人は笑い合っていた。
し、失敗作……?
「お、おい……」
そう言うと、二人がオレに顔を向ける。その顔には、疑問符が浮かんでいた。
「失敗作ってどういうことだ……? あれは『ラーセルブ病』から症状を抑えるために作ったんじゃねぇーのか?」
「ううん、違うよ? あの装置は元々、身体の成長に密接している魔力供給を無理やり減らすことで—――全人類を幼児にさせることが目的だったからね。なのに……」
「結果出来上がったのは、魔力供給を減らす装置ではなく、安定化させる装置が完成してしまいました……」
「「はぁ……本当に失敗作だよ(です)……」」
身体の成長と魔力供給の大きさって関係あんの? 年食えばだれでも成長すんじゃないの?
—――じゃなくて!
「ふざけんなよ、テメェ―ら!! 動機がゴミすぎんし、マジで大人の階段上らせないように研究してんだな!! もっとマシなことに頭使えよ! もっと時間を有効活用しろよ! バッカじゃねぇーの! マジしね!! マジキショい!!」
腹の底から、心の底から落胆するリズベットとモモに、至極真っ当な暴言を放つ。
それを受けて二人はさらに落ち込むどころか……みるみると元の元気を取り戻した。
非常に厄介な、あのエネルギッシュさが……。
「ふっ……アル君からしたらゴミみたいな動機かもしれないけど、私たちにとっては生きる希望そのものなんだ……。それだけ愛してるだよ……小さな子どもを……」
「そのためなら、この才能も、この頭脳も、全身全霊をかけて願いを成就させるために、いくらでも利用してやりますよ……。時間だって、命だって惜しくありません」
「「私たちのアヴァロン—――『全人類ロリショタ改造計画』のためなら!」」
「しゃべんな、クソ犯罪者」
「「ありがとうございますっ!!」」
オレが冷たく言い放つと……なぜかお辞儀をして礼を言われた。しかも、何か妙にキレーなお辞儀だ。直角九十度。
するとモモが、「まだ、犯罪行為はしてないので、犯罪者ではありませんが……」と付け足した。
いや、まだってなんだよ、まだって。やる予定でもあんのか? おい、誰かコイツら捕まえろー。全員、ロリとショタにされっぞー。
まっ、オレがそうさせないけどな。コイツらを牢屋にぶち込む前に、やって欲しいことがあるから。
「リズベット、モモ。二人にお願いしたいことがあるんだが、聞いてくれるか?」
「あ、アル君が私たちを名前呼び、ですか……!」
「私たちに頼みごとかい! うんうん! 何でも聞くよ!」
心の底から喜び、目を輝かせる二人に、オレは若干引きつった笑みになる。
さっきのキャラはどこへいったんだよ。……でも、餌付けは完了。
内心でガッツポーズを決めてから、オレは頼み事を告げる。
「―――『ラーセルブ病』を完全に治してほしい! セルアを、元のセルアに戻してほしい!」
リズベットとモモは間違いなく―――天才だ。
いくら変態で終わってるとしても、天才であることには変わりねぇ。
たとえ本人たちの目的とは違うものが出来上がったとしても、どの医者よりも、どの発明者よりも先に進んでるのは確実。
なら、どのようにしてゴミみたいな目的から、人のため、世のためになる真っ当な目的にさせるか?
―――その答えはオレだ。オレを目的にすりゃいい。
コイツらはショタコン……生粋の変態だ。
だけど同時に……誰よりもショタに愛情を持ってるとも言える。
だから、そんなショタに頼み事されたら、見捨てて無視することはできねぇーし、逆にやる気が漲るんじゃなぇーのかな?
ましてや—――超絶イケメンのオレが頼んでるってなったらよ。
ったく、まだショタでよかったぜ、オレ。
「いや、それは無理かな? あれは厄介だからね。私たちじゃ、とても手に負えないよ」
「不可能ですね。医療技術うんぬんの話ではありませんから」
まさかのできない宣言に面食らうも、顔を下に向けて納得した。
「そう、なのか……」
リズベットとモモがここまではっきりと言ってるんだ。間違いなく本当なんだろうな……。
オレはただ、ありふれたごく普通の毎日を取り戻したかった。
セルアがいる、本当にただの当たり前の毎日を……。
でもそれは、望んじゃ、ダメなんだ……許されてねぇんだ……。
リズベットとモモが『ラーセルブ病』からセルアを助けてもらってる……。
それだけで『奇跡』なんだ……! こうしてセルアが生きられてるだけで、スゴイことなんだ、十分なんだ……!
だけど、もう二度とセルアが笑ってる顔も、『おにぃちゃん』って呼ぶことは、ないんだな……。
あの時、セルアがオレに伝えようとしたことも、知ることは、できねぇんだな……。
全てを取り戻そうだなんて、救おうだなんて――――『奇跡』以上を引き起こすことは、無理なんだ……!
「―――でもね、一つだけセルアちゃんを救う方法があるよ」
「………!」
瞬間、オレの顔が無意識に上がった。
―――『救う方法』。
たったそれだけの言葉で、真っ暗になりかけた景色が彩を宿し、心にも消えかけていた希望の灯が息を吹き返す。
リズベットの言ってることは、おそらく本当だ……!
単なる気休めを言うにしても、頼むごとをした時点で言ってるはずだ。
ショタコンなコイツらなら、嘘でも何でもついて、オレに希望を持たせようとする。
だから間違いねぇ、本当に『救う』方法はあるんだ!
まっけど―――
「リズベット……テメェ―の言ってることが本当か嘘は分からねぇ。だとしても―――信じる!」
「「…………!!」」
「可能性が死んでねぇなら、『奇跡』が残ってんなら―――オレは信じ切って見せる! 全てかけて抗って見せる! だから、教えてくれ! セルアを救える、その方法ってのを!」
リズベットが驚き顔から、微笑みへと変えて告げる。
「……いいよ、教えてあげるよ。君の妹を救う唯一の方法。それは≪英雄スフィア世界救済物語≫にて記された、伝説の秘宝。その名は—――」
「≪月の雫≫—――オレはそれを手に入れるために貴族狩りをやっている」
「そう、あなたは≪月の雫≫を……」
オレが貴族を狩る本当の目的を切り出すと、マリアはぽつりと呟く。
だけど、違和感を覚えた。≪月の雫≫を知っていることじゃない。マリアの顔が……悲しそうなことに。
「お前も英雄スフィアの本読んだことあんなら知ってるだろ? ≪月の雫≫かざして、魔王に殺された仲間たちを全員復活させたことをよ」
ラスボス魔王との最終決戦。
スフィア以外のパーティー全員は、魔王の絶対的な力に絶望した。
その隙をついた魔王は、絶望に当てられなかったスフィア以外を殺しちまうんだ。
けど、仲間が殺されてもスフィアは絶望しなかった。
―――≪月の雫≫だ。
旅の途中で会った、一人の少女が渡してくれたこの秘宝があったから、スフィアは絶望しなかったんだ。
≪月の雫≫は、体がどんな状態でも、どんな病に冒されても、どんな呪いだって打ち払うことができる。
その効果を事前に少女から聞いてたスフィアは、≪月の雫≫でみんなを復活させて魔王に挑んだ。
……天使の力が覚醒するシーンがカッコよすぎて、≪月の雫≫……霞んでいたわ。
だけど、何週もしてることもあって、リズベットに言われてすぐに思い出した。
「あれなら、≪月の雫≫なら、何だって治せるんだ。……セルアを苦しめる、『ラーセルブ病』だって、ゼッテェー治せる……けど―――」
顔を下に向けて、あの時のことを話す。……親父とお袋に≪月の雫≫を話したことをだ。
その事を思い出したからか、自然と顔を強張らせて唇を嚙んだ。
「なのに……セルアを元に戻せる方法があるって言うのに、親父とお袋は—――まやかしだって言いやがったんだっ!!」
叫んだ、心から。血の繋がった家族が、オレの希望を否定したからじゃない。
本当は、
「どうして、まやかしだなんて言葉で片付けられるんだよ……。セルアのこと、寝たっきりから元気にできるってのに……。親父とお袋は、セルアの笑った顔、見たくねぇのかよ……。なんでまだ、諦めたままでいんだよ……だって、≪月の雫≫は—――」
「現実に存在する、偽物でも、幻想でも、まやかしじゃないのに、あなたの両親は≪月の雫≫を信じなかったのよね?」
感情乱れるオレに対して、マリアは淡々とオレが言おうとした先の事を言った。
オレは静かにこくりと頷くと、マリアは「そういうことね……」と言葉を続ける。
「だからあなたは、家族のことが嫌いと言ったのね……」
「あぁ……あの物語は実際に存在したことを記した『伝説』だって言うのに、親父とお袋は希望を抱くどころか、踏みにじって吐き捨てやがった。でも、本当か嘘かなんて、そんなもんどうだっていい」
そう言って、オレは顔を上げた。
そして鋭い眼差しで、マリアの目を真っ直ぐに見て言う。
「親父とお袋がまやかしって拒絶しようが、『伝説』にあった秘宝だろうが関係ねぇ……。オレはオレの信じたものを貫き通す」
セルアを救って見せる、と最後に言うと、マリアは複雑そうな……感じの顔をした。
沈黙が訪れる。そこにあったのは、夜風が吹く風の音のみ。
オレの執念や狂気に満ちたこの空気を換えたいからか、マリアは話題を変える。
「……あなたの目的はよくわかったわ。だけど、どうして貴族狩りをしてるのかしら? ≪月の雫≫は秘宝。それを探し求めるなら、【冒険者】になった方が手早し、安全だと思うのだけれど……」
それは当然の疑問だった。
非合法的な【貴族狩り】よりも、合法的な【冒険者】の方がリスクが低いと、マリアは考えたはず。
命のリスクじゃない、社会的なリスクだ。
マリアからすれば、なぜそんなリスクを負ってまで、冒険者にならないで貴族狩りをしているのか、疑問に思わない理由はない。
「確かに冒険者になる方法も考えた。それに外の世界とか、国とか、興味あるし、イイなーとは思ってた。【英雄スフィア】も、もとは冒険者で、そっから【英雄】に成り上がったからな」
「あなたは【英雄スフィア】に憧れを抱いているのね。……意外と子どもっぽい」
冒険者になった自分の姿をイメージする途中、マリアが一気にイメージの世界をぶち壊した。
取り敢えずムカついたオレは、「っるっせー!!」とだけ言っておいた。
「……冒険者になれんのは、18からだ。国が定めた『冒険者ギルド』の規則でそう決まってやがる。だから、12歳のころ、ましてや今の14歳のオレじゃなれねぇ……それじゃあダメだ。遅すぎる、遅すぎんだよ……。オレが冒険者になれるまでの間、もし≪月の雫≫が発見されて、どっかの貴族の手に渡りでもすりゃ―――」
「あなたは妹を救うことができない」
「そう言うこった。貴族狩りになりゃ、≪月の雫≫を狙う貴族の抑止力にもなれるし、金さえありゃ冒険者との交渉だって可能だ。」
一石二鳥ってのは、まさにこのことだな。
「そのためにあなたは貴族狩りを……」
「まっ、その対価として【元神童】だなんて言う、不名誉な名を与えられちまったがな」
「確かあなたがそう呼ばれるようになったのは三年前……。なるほど、平民学校に行ってなかったのは、突然、才能が無くなったことを悟られないようにじゃなくて。ただ単純に学校に行く時間がなかったことね。貴族狩りをする時間に充てるために……。疑問が解消されたわ。どうやら、その才能は未だ健在ってことね」
察しがいいヤツだ。
「そう言うこった。それより、さっさと解放しろよ」
話すことは話したし、この女の疑問は晴れたんだ。要求としては筋が通ってる。それに、貴族から奪ったもんを渡すことだってできねーしな。
「―――最後に、あなたに問うわ」
しかし、どうもまだ、このままならしい。
「……なんだ?」
「もし、≪月の雫≫を発見した冒険者との交渉に、冒険者が応じなかった場合はどうするのかしら? シチュエーションとしては、そうね……」
瞳を伏せたマリアが、顎に手を当て考える。
それからシチュエーションとやらが決まったのか、こちらを見て告げる。
「あなたと同じように妹を救うために≪月の雫≫が必要だと言ったら、あなたは譲る? それとも貴族狩りらしく強奪するのかしら?」
何のために、この女はこんな話してやがんだ?
まぁ、可能性としてはあり得なくねぇけど……意図が全く読めねぇ。
だけど、答えは自然と頭に浮かんだ。
「譲るに決まってる」
「………!」
オレの答えが予想外だったのか、マリアは少し目を見開いた。
まぁ、オレがセルアを救うために、あれだけのことやってんだから驚くのは無理ねぇーか。
しかし、貴族っつっても人から物、奪ったり、懲らしめるクズな【貴族狩り】のオレでも、【神童】……いや、今は【元神童】か。
そんな【元神童】なオレでも、矜持ってもんがある。
それだけは、曲げたくねぇ。
「表面的な価値しか見いだせねぇ貴族の手に渡るってなら、いつも通り狩る。けど、大切な妹を救うためになら譲るぜ? オレは。≪月の雫≫はこの世に一つだけって決まっているわけじゃねぇ、他にもきっとあるはずだ」
「そんな確証はどこにも―――」
「オマエ言ってたじゃねぇーか」
「………?」
心当たりがないのか、首を傾げるマリア。
オレは思い出させるために、マリアがオレに言ったことをそっくりそのまんまお返しする。
「この世界は広いって」
あっ、と口をぽかんとマリアは開けた。どうやら、自分の言ったことを思い出したみてぇーだ。まぬけ。
「だから、あるんだよ……きっと。この世界は広い。なら、絶対に無いってことは、ねぇーんだ」
オレはこの広い世界を信じる、と、今この世界に思っていることを率直に言った。
「ふふっ、あなたの言う通りかもしれないわね……」
「だろ?」
微かに口角が上がるマリアに、自信満々にそう返した。
納得してくれたようでなにより。
そう思ってみていると、またも女は考え込んでいた。
しかしそれは、シチュエーションを考えている時と比にならない。
深く、思考の海に沈んでいるようだった。そして同時に……決意と苦しみが見えた。
「そう、ね……託してもいいかもしれない……」
託す? いったい、なにを……。
眉をしかめて見ていると、やがてマリアはこう言った。
「実は私―――≪月の雫≫を持ってるの」
~あとがき~
「面白い!」、「続きが気になる!」、思っていただけましたら、星★3つ、作品フォロー、作者フォローを!
応援よろしくお願いします!(↓へスクロール!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます