第4話 選択

「い、妹が死にそうなんだ! 頼む、今すぐ助けてくれ!」


「お、おねがい、します……」


「わたしたちの、大切な、家族、なんです……どうか……」


 オレと親父とお袋の三人は、病院の受付の女に迫りながらそう言った。


 ちなみに親父とお袋は、受付の台に思いっきり寄り掛かって、「ハァ……ハァ……」と息切れしてる。


 それもそうだ。


 オレはあの後、真っ先に家に帰って、親父とお袋に事態を伝えた。


 そして王都で一番医療設備が整っている『メフィスト病院』に行くことになって、オレたち—――いや、オレが先行して光速で向かったからだ。


 オレは家に戻る時と同様、雷魔法【アイギス】で身体強化したんだが、親父とお袋にとっては相当キツかった。


 なにせ、ただの身体強化魔法で付いてきたからな。


 いくらオレの親と言っても、そこらの貴族よりは魔法能力は高いが、息子であるオレには到底敵わない。


 すると、受付の女は突然の出来事のあまり、パニックになりながら答えた。


「え、えっと、その……ほ、他の患者様もおられますので、順番を……」


「順番どうのこうの言ってる場合じゃねぇだろ!!」


 オレが声を張り上げると、受付の女が「ひぃっ……!」と怯えた声を上げる。

 

 その顔は恐怖に染まっていた。けど、オレの方がもっと怖ぇことがある……。


 そしてそれが今、現実に起ころうとしている……。


 だからオレは、止まらねぇ。



 ―――ぜってぇ助けるんだ!



 続けて今も尚、オレに恐怖し、怯えているこの女に訴えかける。


「セルアが……妹が死にかけてんだぞ!! こんな、苦しそうに……! それでも、この苦しみに耐えて、今も今も今も! 生きようって、抗ってるんだ! アンタ、そんなこともわからねぇのか? だから、そんなことが簡単に言えるのか? アァア!!」


 感情のブレーキが壊れたオレの怒鳴り声に、受付の女は耐えられなくなったのか、


「ぁ……ぁ……」


 と固まったまま、ポツリと受付の机に一つの涙を落とした。


 そんな姿を見ても、不思議と罪悪感は抱かなかった。自分は何一つ間違ってないって、断言できるからだ。


「アルセ、こんな場所で大きな声出すのはいけないし、女性を泣かすだなんてナンセンス。ダメだぞ」


「アルちゃんの気持ちもわかるけど、誰かに当たり散らしたって、セルちゃんの具合はよくならないわよ」


 呼吸の整った親父とお袋の嗜める声が聞こえ、オレは二人へと振り返る。


「……んなもん、わかってるよ。こんなことしても意味ねぇことぐらい。けど―――」


 言葉を一度区切り、オレはセルアを抱き寄せて瞳を閉じる。五感を集中させるためだ。


 そして感じ取る―――セルアの命の灯火を。


 しかし、オレが望むような結果は返ってくることはなかった。


 セルアは青白い顔で苦しそうに呼吸して、体温の温かさを取り戻すことはなく冷たいまま。


 セルア……。


 オレは薄く瞳を開けて、俯きながら呟く。


「許せなかった……命よりも、くだらねぇルールを優先したことに……。どうしても、我慢ならねぇ……」


「アルセ……そっか、お前はそう言う子だったな……」


「アルちゃんらしい理由ね……」


「……うっせぇ」


 オレの頭を撫でて優しく目を細める親に、そっぽむいて顔を合わせないようにした。


 決して、恥ずかしいからじゃねぇからな。


 赤くなんかなってねぇから!


 明らかに顔が熱くなっているオレに、親父とお袋が微笑み、頭を撫でるを止める。


 それから親父は、軽く受付の女に頭を下げる。


「急に押しかけて騒がしくしてしまい、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。他の病院にあたりますので失礼します」


 頭を上げた親父は、オレたちに微笑みかける。


「それじゃ、早く向かおう。このままだとセルアが危ない」


「あぁ」


「早く行きましょう」


「―――その必要はないですよ」


 この場には相応しくない、涼しい声が奥からから聞こえてきた。


 オレたちはその声に反応するように、そちらに顔を向ける。


 声を掛けてきたのは紫紺の髪をセンターに分け、シワのない白衣を着た背の高い、糸目で穏やかな印象のメガネ男だった。


 ソイツはゆっくりと、いかにも高そうな黒革靴で、足音を当てて近づく。


 誰だ? コイツ。ウソくせーし気持ちわりぃーな。ぜってぇ仲良くなねぇー。確実に。っつーか、なりたくもねぇ。


 オレは作り物の笑顔と雰囲気に、直感的に嫌悪感が抱いた。


「あなたは……?」


 親父がメガネ野郎に訊ねると、受付の女はソイツの正体を言う。


「め、メフィスト院長!」


 コイツが院長なのか? にしては、若ぇーな。院長って言ったら、5,60十代のジジィじゃねぇーの? 普通。


 マジでキショいな。


「私の病院では順番待ちをしなくとも、患者様のご容態が重篤な場合、特別な処置を施すとして緊急外来を受け付けております。その条件を―――」


 メガネ野郎―――メフィストが息苦しそうにするセルアを見る。



「ご息女は満たしておりますので、診察可能です」


「―――あっ」



 おいコラ、テメェッ……! 今「あっ」っつったよなァ……「あっ」って……。


 なに今、思い出したーみてぇーな顔してんだよ? ころすぞゴラッ……!!


 怒りのあまり、笑みすら浮かび上がる。


 しかし、そんなオレのスマイルは、背後からゴゴゴッと溢れ出る黒いオーラによって悪魔のように見えたのだろう。


 オレと目が合った瞬間、このクソポンコツ役立たず責務全うできない社会不適合者女は、プルプルと震えて全身から冷や汗を出すことしかできなくなってしまった。


 自業自得ってんだ! ザマァみやがれっ!


 ちなみに、気づいてるのはこの女だけの模様。


「本当ですか!!」


「セルちゃんは……セルちゃんは助かるんですよね!!」


「えぇ、助かります。メフィスト病院の院長として誓いましょう。ですので、ご安心ください」


 親父とお袋のような感情的な声色ではなく反対のベクトルで、淡々と落ち着いた声色で頷くメフィスト。


 しかし、そこから紡がれる言葉には、ウソを感じられなかった。


 だからこそオレたちは、確信した。



 本当にセルアは―――助かるのだと。



「よかった……本当によかった……」


「本当、よかったわ……。ね? アルちゃん……」


「あぁ……ホント、よかったぜ……。ったく、しんぱい、かけさせんなよ……」


 若干、感情の差に違和感を覚えながらも、親父とお袋のようにオレも心底ほっとした。


「マジでホントに、死んじまうんじゃねぇーかっておもったんだぜ? もう一緒にいれねぇーとか、遊べねぇーとか、笑った顔、二度と見れねぇーとか、めっちゃ考えちまったよ……」


「アルセ……」


「アルちゃん……」


 心配そうにオレを呼ぶ、両親の声が聞こえた。

 

 顔を見なくても、今どんな顔をしてるのか容易に想像できた。


 そしてまた、セルアを失った自分の姿も、


『―――セルアぁあああああああああああああああ!!!』


 容易に想像できた。



「ぜってぇいやだよ? オレは。セルアのいない毎日なんか、いらねぇーよ……! オレはずっとセルアといたい……! いない日なんか考えたくない……! そう思えるくらい、おまえが大切なんだ、かけがいないんだ、大好きなんだ……! 失いたくなんか、ねぇよ……!」


 

 堰を切ったかのように、不安が一気に押し寄せてくる。


 セルアを助けることで必死だった反動からか、紡ぐ言葉が止まらなかった。


 だと言うのに、セルアの顔はそんなオレの淀んだ気持ちとは全くの反対。


 とても心地良いのか、安らかな顔をしている。ほのかに微笑んでるようにも見えた。


 そして同時に、オレにこう伝えていた。


 そうだよな、セルア……。


 こんなこと言うオレなんて―――『おにぃちゃんらしくない』よな……。


 ……ったく、セルアの前じゃなく、親父やお袋、病院にいるヤツらにこんな情けねぇこと姿晒すなんて、オレらしくねぇよな? 


 そうだ、そうに決まってる……。


 セルアの知ってる『おにぃちゃん』としてのオレも。


 親父とお袋が知ってる『自慢の息子』としてのオレも。


 回りのヤツらが知ってる『神童として』のオレも。


 そして『アルセオレ』も―――オレらしさってのは、こんな感じだ……。



「セルア……大丈夫、もう大丈夫だ……! おまえを苦しめる嫌なものも、後もうちょっとでバイバイできるからな……! ここまで、ホンットーによく! がんばったな! さすがはオレの妹だぜ!」



 ヒヒッ! って全開の笑顔をセルアに見せると、鼻をすする音が聞こえた。


「うぅっ……! 俺たちの子、めっちゃ成長してるよ……! 俺いま、めっちゃ感動してる……! スゲェーよ……! アルセも、セルアも……!!」


「うぅ……!! うぅ……!!」


 涙を指で払う親父の言葉に、お袋は滝ような涙をハンカチで押させて、激しく首を縦にブンブンと振った。


 ……呻き声を上げながら。


 あーやっぱ変わってんなーこの人たち。


「ふふっ、素晴らしい家族愛ですね……。それでは早速、診察を始めるとしましょう。では、こちらへ―――」





 診察を終えると、セルアとオレたちはメフィスト専用の診察室に入った。さすがは院長、部屋がデケーし専門書だらけ。


 メフィストは手に持っていた羊皮紙を机の上に置いて、オレたちに告げた。


「魔力CTの結果なのですが、ご息女は『ラーセルブ病』を患っています」


「ら、『ラーセルブ病』? そ、それは一体、どういう病気なんですか……? 初めて聞きました……」


 不安な面持ちで謎の病―――『ラーセルブ病』について尋ねる親父。


 オレとお袋は顔を見合わせて、「知らん」と一緒になって首を傾げた。


「無理もありません。『ラーセルブ病』とは、近年、発症事例が発見されたばかりの原因不明の病ですし、この病については医療関係者でも、限られた人しか知らないので仕方ありません」


 あぁ、そりゃオレたちが知らねぇーのは当然か。


「では、前置きはこれくらいにして、本題に移りましょうか」


 メフィストがそう言うと、無意識のうちにオレたちの背筋がピンと伸びた。途端に緊張感が走ったからだ、『本題』という言葉によって。


 こっからが、本題ってわけか……。耳の穴、かっぽじって、全集中しねぇーとな。


「『ラーセルブ病』の説明に入る前に、まず魔力供給について知っておく必要があります。……私たち人が魔法を発動するには、臓器や神経にまで全身に張り巡らせている魔力神経を介して、魔力を送る必要があります。この一連のプロセスのことを―――魔力供給と言います」


 この世界で魔法を扱う者にとって、魔力神経は絶対であり命にも等しい存在だ。


 魔力神経が無ければそもそも魔法が使えねぇーし、魔力を感じることさえできねぇからな。


 それは暗に、敵の魔法に気づけねぇ、魔物の気配も感じ取れねぇってことを示唆してる。


 絶対であり命ってことは、そう言うこった。


「ですが、その魔力神経に供給される魔力が膨大になりますと、魔力の過剰暴走が引き起こり、全身を伝う魔力神経によって、自身で身を滅ぼすことになります。……『ラーセルブ病』は、常にこの過剰な魔力供給の過多にある状態なのです」


「つ、常に……先生、それはっ……!」




「お察しの通り。『ラーセルブ病』は治ることのない―――です」




 そう言い放った瞬間、お袋が「うぅっ……!」と手で口を覆いながら嗚咽を漏らす。


 その悲しみと絶望に満ちるその体を、親父は擦って温めようとする。


 悲痛な人が、悲痛な人を慰めている。


 そんな不思議な光景を見てから、後頭部に手を組んでオレはメフィストに言う。




「治せはできねぇーけど―――助けることはできんだろ?」




「「えっ?」」


「えぇ、その通りです」


 間抜け面で親父とお袋がオレを見る中、メフィストが普通にそう言った。そしてメフィストは、言葉を続ける。


「確かに『ラーセルブ病』は、現在の魔法医療技術では治ることのない不治の病ですが、簡単に言えば、その膨大な魔力供給自体が問題なのです」


「そうか……! 供給される魔力を抑えて安定化させれば、セルアの魔力神経に異常をきたさず、死には至らない!」


 親父も気づきやがったか。オレが親父とお袋のようにならなかったのは、そのことにいち早く気づいたからだ。


 メフィストに態度は一貫してた。だから直感的に、「あぁ、これは大丈夫だな」ってオレはわかった。


 だけど—――


「……セルちゃんを助ける方法はわかったけど、どうやって魔力を抑えるのかしら……?」


 そうだ、その通りだ。


 セルアを助ける方法は分かったが、助ける手段がわからねぇ。


 一体どうやんだ? 魔力供給の抑える方法ってのは。


「それはですね。『魔力循環装置』という、膨大な魔力や微小な魔力を強制的に一定の魔力供給させる魔導具によって抑え込むのです」


 そんな魔導具があんのか……。


「そして現在、『魔力循環装置』の設置している4階にて、ご息女はその装置の中でラーセルブ病を抑えております。ですので、今も延命を続けられ、生き続けることはできています。……もうご息女が苦しむことも、ご家族の皆様が悲しむ必要はどこにもありません……」


「メフィスト先生! 娘の命を救ってくださり、ありがとうございます!」


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 突然、椅子から立ち上がる親父とお袋が、直角に腰を折って心からの感謝をメフィストに伝える。


 途端に申し訳なくなったのか、「あ、頭をお上げください!」と初めてメフィストから狼狽える様子が見えた。


 やっぱ人間なんだな。


 冷めてぇヤツかと思ったけど、ちゃんと感情があるんだな、先生も。


 ずっと張り付けた笑顔をしてたから、人間味がねぇって思ってたわ。


「アルちゃんもお礼を言いなさい。先生はセルちゃんの—――命の恩人なのよ」


 お袋が頭を上げたまま、オレを横目に見る。


 そうか、オレはセルアを救えなかったんだ……。



 ―――無力なオレじゃ。



 紛れもなくセルアを救ったのは先生だ……。救ってくれたのは、先生、なはずなのに……!


 唇を強く噤んだ。


 悔しいって、どうしても思っちまうんだ……! 確かに己の手で救いたかった。妹だから。家族だから。


 でも、違うだろ? 一番はセルアが助かるってことだ。


 自分の手でも、他のヤツの手でもいい。セルアが助かるってのが、一番大事だ。


 そう分かっているのに、それでもまだオレの手で救いたかったなんて……。


 そんなのは—――傲慢だ。


「……ありがとな、先生。セルアを、助けてくれて……」


 しかし、オレはそんな胸中など隠して先生の顔を見て、感謝を告げた。その気持ちもまた、オレの醜い気持ちと同じぐらい抱いていたから。


 先生はオレが素直に礼を言ったことが意外だったのか、目を丸くさせる。それから瞳を伏せて、オレたちに微笑みかける。


「いえ、ご息女を助けたのは私一人の力ではありません―――ご家族、皆様の思いの強さがあってこそです」


 先生は、オレだけに焦点を当てる。


「ですので、どうか―――自分が無力だなんて思わないでください」


「…………!!」


 オレは先生の言葉に、ハッとした。


 今の言葉……。オレたち家族に向けたのか、オレにだけ向けたのか、わからねぇ……。


 けど確かなのは、オレは気づかされたことだ。


 先生の顔を見た瞬間に抱いた嫌悪感。


 それが間違いだってことを。


 ウソくせぇ笑みをも。


 気色わりぃ雰囲気も。


 腹黒そうなのも。


 ――――全てが表面的で、本質はそうじゃない。


 オレの直感は、ただの勘違いだったようだな。


 今までのオレの勘って外れたことねぇーけど、初めてだわ、こんな経験。


 それがおかしくって、なぜか「ふっ」と思わず笑ってしまう。


「【神童】である、このオレが無力なわけねぇーだろ? 余計な気ぃ回すなよ」


「……そうですね。これは失礼いたしました」


 紳士風に左胸に手を当て、先生は頭を軽く下げた。


 そして頭を上げると、「そう言えば……」と何かを思い出すかのように、頭を上げる。


 そこから見える口元は、三日月のように歪んで裂けていた。



 

 まるで―――




「ご息女から『ラーセルブ病』から守る『魔力循環装置』なのですが……。あれ、昨年、完成したばかりの最先端魔導具ですから、とても高かったんですよ」


 ふふっ、と不気味に笑った。


 嫌な予感がする。いや、その予感を確かにオレは知っていた。


 それは—――



「ですので、その元を取るために……一日金貨千枚、我が病院に治療費として納めてください。そうすれば、ご息女の命は維持し続けれますよ」



 オレが初めて、このクソメガネを見た時に持った直感そのままだった。


 やっぱオレの勘は外れちゃいなかった! 正しかった! 


 コイツはクソ野郎だ! 正真正銘のクソ野郎だ!


 しかもなんだよ、一日金貨千枚払えなんて! 


 無理に決まってんだろ! そんな額、貴族でも無理だし……ましてやオレたち貧乏人の平民がそんな大金、持ってるわけねぇだろ!


 だけど……!


「クッ……!」


 溢れ出るこのクソメガネへの怒りを一旦、止める。拳を強く握って。歯を食いしばって。必死に止める。


 —――最善の選択を考えるために。


 このままオレが憎しみ任せに暴れてコイツを殺しても、ただオレが犯罪者になるだけで、親父やお袋に犯罪者を生んだ親として白い目で見られることは明白……!


 その結果、一番最悪なバッドエンド―――セルアを見殺しにすることになる……!


 なら、オレのすべきことは一つしかねぇだろ……!


 くだらねぇプライドなんか捨てて、僅かにも満たねぇ可能性信じて、このクソメガネに命乞いするしか……!


 そう覚悟を決めた、次の瞬間、



「―――お願いしますっ!! 先生!! 俺の、俺の命でも何でも全て捧げます!! だからどうか……娘を助けてください!! 大切な……家族なんです!!」



 お願いします!! と、親父はおでこを床にめり込ませて土下座した。


「あなたっ……」


「親父……」


 オレとお袋は、ただ呆然とその姿を見ることしかできなかった。


 直後、お袋は膝を折った。悲しみのあまり……。


 オレは親父の姿を見て、情けないとか、みっともないとか、恥ずかしいとは思えなかった。


 ただ思うのは、家族のために命を懸けることができる、オレとセルアの『父親』ということだけ。


 その生き様が―――目に、心に焼き付いた。



「あなたのような人から命もらっても、対して利益にはなりませんし、役にも立ちませんからね……。意味ないですよ」



 だが、このクソメガネにとっては、何も感じなかったみてぇだ……。


 鬼畜、無慈悲、冷酷、人の心がない人外そのものを、体現してる……。


「クッ……!!」


 親父が悔しそうに唇を噛む音が聞こえた。


 今の親父の気持ちが、オレには痛ぇほどわかる……。


 無力感に苛まれる、この二度と味わいたくねぇ最悪な感覚……。


 そして今もオレは……いや、きっと全員が同じ気持ちなはずだ……。


 だからオレが—――終止符を打つ。


「オレが……」


「「………!!」」


 俯きながらそう言うと、親父とお袋がオレに振り向く。


 その顔は涙で瞼を腫らして、絶望に染まったっていて……見ていられないほど悲痛だった。


 対して、あのクソメガネは表情を何一つ変えていない。


 余裕そうで―――無機質だった。




「オレが将来【魔法騎士】になって、魔法騎士団の団長になる……」




「アルセ……!! お前……!!」


「アルちゃん……あなたの夢は……!!」


 親父とお袋が立ち上がってオレに近づこうとする。


「……いいんだ」


 そう言ってオレは、我が子を案じる二人の歩みを止めた。


「オレなんかの夢よりも、セルアだ。セルアのことが一番だ……。それに親父とお袋なら知ってんだろ? オレが最強無敵で何一つ不可能のねぇ―――【神童】ってことをよ」


 何が最強無敵の何一つ不可能がねぇーだ……。たった一人の大切な家族も救えねぇカスが……。


 そういった面を考えりゃ、オレもクソメガネも……対して変わらねぇな……。


 表では笑顔を見せて、裏では自己嫌悪するオレのことを、親父とお袋は複雑な表情を見つめる。



「オレが魔法騎士団に入ってから団長に至るまで―――俺の人生全てかけて治療費をいつか必ず支払う! だから今は、セルアのこと助けてくれ!」



「確かに【神童】と呼ばれるほどの才能を持つあなたなら将来有望。この先上手くいけば、魔法騎士団に入り、さらには団長に至る……。医療費を支払える収入を得る可能は大いにあります」



「なら―――」



「しかし、それはあくまで可能性であり、絶対ではありません。あなたが不慮の事故に見舞われる可能性もあり、突然の病に侵される可能性もあります。だとすれば、あなたのいう『いつか必ず支払う』というのは成立致しません」



「グッ……!!」


 正論、だ……。認めたくはねぇが、クソメガネの言ってることは筋が通ってる……! 


 なら、どうすりゃいいんだよっ……!!


 このクソメガネへの怒りからか、セルアを助けられない悔しさからか、訳の分かんねぇ感情がごちゃ混ぜになって涙へと昇華する。


 ポツリと雨粒が零れ落ちるかのように、オレの瞳から出た一滴の涙が床に落ちる。


 その瞬間、


「アルセ……」


「アルちゃん……」


 親父とお袋の優しい声が頭上から聞こえた。


 顔を上げると、二人とも優しく微笑んでた。



 ―――希望が生まれた。絶望しそうなオレの心に、希望の光が差したような気がした。


 オレとクソメガネがやり取りしてる間に、何か形勢逆転の活路でも見つけたのか?


「親父……お袋……」


 そう呼ぶと、二人はオレの肩に手を置く。


 何だ? 親父とお袋はどんな方法を言うんだ? 早く、教えてくれよ。


「もう」


「うん」


「セルちゃんのことは」


「うん」







「「諦めよう」」








「うん。セルアのことは諦め―――はっ?」


 い、今……親父とお袋は何て言ったんだ? はっ? マジでなんて言ったんだ?


「わ、わりぃ……。よ、よく聞こえなかったわ……。聞き間違えたかもしんねぇ。セルアのことを諦めるだなんて……親父とお袋が、言うわけ、ないもんなっ……」


 無言のまま……親父とお袋はオレに微笑みかけた。


 ―――オレの不安なんてただの錯覚だと思えるぐらいに。


「な、なぁ……何か言ってくれよ……。わかんねぇよ……なぁ」


 分かってる。


「一瞬、マジでさっきの一瞬だけ、オレ耳悪くなっちまったから……もう一度言ってくれよ……頼むって、お願い!」


 知ってる。言わなくても、知ってる。知りたくねぇけど、知ってる。


「なぁ……頼むってマジでっ……」


 初めから。


「さっき言ったこと、全部、嘘だって、お前の聞き間違って、言ってくれよっ!!」


 聞き間違えでも、嘘じゃないことぐらい知ってる、分かってる。


 だってオレは—――親父とお袋の子どもだから。


「っぐ……どうしてっ……!」


「アルセ。お前にとっては辛いし、当然、俺だって辛いよ。セルアを助けたいって思いも一緒だ」


「そう思ってんならっ!! どうして諦めるって発想になんだよっ!! ありえねぇだろっ……!!」


 親父がどんな顔してるのか分からない。


 穏やかなままなのか、それとも苦しそうなのか、涙が溢れて滲む視界では見えなかった。


 それはお袋も同様だ。


「……あのね? アルちゃん。私もアルちゃんと同じでセルちゃんを助けたいし、生きて欲しいって心から思ってるわ! ……だけどもう、これ以上はダメ—――セルちゃんもアルちゃんも苦しみ続けるなんて嫌よっ!!」


 お袋が嗚咽を漏らす声が聞こえた。


 その瞬間、歪んだ視界でもお袋が……親父がどんな顔かわかった。


 二人の子である—――



「クッ……!」



「うぅぅぅぅッ……!」



 オレと同じってことに。家族を失う絶望感に、心の奥底まで侵食されてることに。


 今、この瞬間に―――オレはその答えを知った。


「セルアは自分のことで悲しんでる俺たちの姿なんか見たくないし、兄が自分のために夢を捨てて助けて欲しいとは思ってないと思う……。こんなこと、きっとセルアは望んでいないよ……」


「セルちゃんはとっても優しい子ですもの……。仮にアルちゃんが魔法騎士団の団長さんになってセルちゃんのことを生かし続けることはできても、アルちゃんの幸せを誰よりも願っているセルちゃんが—――本当の意味で救われないわ……。それは今も一緒よ……。だから、前に進みましょ? セルちゃんも自分のことで立ち止まってる欲しくないって、そう思ってるはずだから……」


 お袋が親父に顔を向けると、親父は頷いた。


 親父とお袋の声がフラッシュバックする。



 オレは答えを見つけた。見つけたくもない答えを……見つけた。



 オレが思う一番最悪なバッドエンドよりも、さらに最悪で残酷なバッドエンド。



 それは、






 「—――娘を、楽に死なせてください」






 家族の手で死を選択することだ。





~あとがき~


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