第3話 繋ぐ『奇跡』

 貴族狩りをする理由、か……。


「……べ、別に、ただ単純に金が欲しいだけだ」


「単純にお金が欲しかったら、他にお金を稼ぐ方法なんかいくらでもあるわ。まぁ貴族を狩るよりは少ないだろうけど……。それでもあなたのような人が貴族狩りをして非道に大金を得ようとするのには、必ず決定的で、明確な理由があるはず。私が知りたいのはその根幹よ」


「…………」


「短い時間とはいえ……あなたとこうして話して、闘って……。少なからず、私たちの間には、信頼の糸が生まれ紡がれたはず。そう、感じていたのは……私、だけだったのかしら……」


「………ッ!?」


 何なんだよ……何なんだよ、コイツマジで!!


 人形みてぇーに表情がねぇくせに、なに寂しそうな顔しやがって!!


 そんなんじゃまるで、感情があるみてぇーじゃねぇーか!!


 ホント、何なんだよ……!!


 表情も感情も読み取れないマリアに、訳も分からない苛立ちが押し寄せてくる。


 しかしオレは、すぐに思考を切り替える。


「理由を話す、っつってもな……。テメェに言ったら、ぜってぇバカにされる。だから、言いたくねぇ……」


 あんな誰もが、抱きたくなるような絵空事を。


 そして誰もが、溺れたくなるような幻想を。


 そんなありもしない、“ナニカ”を……オレは信じてるって言うようなもんだからな……。


 いや、ちげぇ……きっと縋るしかなかったんだ……。


 助けるための方法が、助けるための手段が、それしか思い浮かばなかった……オレには。


 けど、もし本当のこと言ったところで、返ってくる言葉なんてわかりきってんだよ、こっちは。



 どうせお前も両親アイツらと同じように言うに決まってる。



『お前……! その話、本当に信じているのか!?』


『アルちゃん、諦めなさい!!』


『『そんなのは—――』』




 現実に存在しない、だってな!!




「信じる」


「………はっ?」


 い、今……何つった……し、信じる、って……。


 予想外の言葉にオレは意識を持っていかれ、思考を置き去りにされる。


 そんくらい信じられなかった。


 次いでマリアは、理解が追い付かないオレの両頬をにそっと触れた。


 ピトッ、と当てられた手から感じたのは、肌の冷たさだった。


 だけど—――


 冷めてぇ手だ……。なのに、あったけぇ……落ち着く……。


 そんな錯覚を覚えるぐらい、とても心地よくて温かった。


「バカにしたりなんかしない。疑ったりもしない。私はあなたのこと信じる。だから—――」




「わぁーった、話すよ」




 マリアの声を遮り吐き捨てるように言うと、気力のない瞼を上げてパチパチとさせる。


 きっとコイツも、オレがそう言うとは思いもしなかったんだろう。


 さっきの仕返しだ。


「本当、に?」


「あぁ、ホントだよ」


 小首を傾げて目を丸くするマリアを見て、オレは気恥ずかしくなって頭を掻いた。


 初めから知っていたことじゃねぇーか。


 コイツに真実を教えても、バカにも、疑いもしねぇーってことを。


 オレの直感は—――今まで外れたことなんか一度もねぇってことを。


 それにどこか、オレは思ってたんだ。


 知って欲しい、話したい、聞いて欲しい、って。


 でもそれは、他の誰かじゃ思わねぇ。


 コイツの『信じる』。


 たったその一言があったから、コイツに話したいって思ったし―――話す決心がついた。


「それじゃあ、今から話すから覚悟して聞きやがれ」


 真剣な顔で頷くマリアを見てから、オレは瞳を閉じて過去を呼び起こす。


 そして、無力な自分への激しい怒りも思い出しながら、瞳を開けて言う。


「あれは今から三年前、オレが12歳の時に、幼馴染と妹の三人で遊んでいた時のことだ—――」





 王都にある草原公園。


 そこは色とりどりの花々が咲き、オレたちはその花を摘んで花冠を作って遊んでいた。


「ん~あれ? 何かスッゲェー変」


「あはは! ホント何それ~! 変なの~!」


「ぶふふっ……! そんなブサイクな花冠、見たことないかもっ……」


 オレが割と頑張って作った花冠を見て、妹――セルアは指を指して笑い、幼馴染に至っては笑いを堪えていた。


「っんだと、お前ら! もう一度言ってみろ!」


「ホント、おにぃちゃんってば、なのにこういう系苦手だよね」


「そうそう。手先が不器用なのよ……。はぁ……もったいないわね」


「誰が女顔だってつったゴラァア!!」


「「いや、言ってないから」」


 オレたちはいつも一緒になって遊んでいた。


 こうやって花冠を作る以外にも、オレが編み出した魔法をぶっぱなしたり、野原を駆け回って鬼ごっこもした。


 年相応にはしゃいでいたが、中でも一際異質だったのは風の噂で聞いた―――悪魔召喚の儀式をしたことだな。


 言い出しっぺは、セルアだった。えらくやりたがってたし、そこまで興味を持つことは珍しい。


 無論、セルアの兄貴として嬉しかったオレは、儀式をやることに賛成した。


 一方、幼馴染は……反対せず賛成だった。


 なぜなら、そん時から【神童】と呼ばれてたからな。


 オレ含め三人とも、オレなら悪魔を倒せるって疑いもしねぇ。


 しっかし、今思えば何て怖いもの知らずなんだろうな。


 いや、全く怖くねぇーけど。オレの方が強ぇから。


 まぁ要するに、そんくらいオレの魔法は信頼されてたってことだ。


 だけど実際にやってみたら、見事なまでの肩透かし。あれはただの噂だった。


 悪魔が現れたりとか、何も無かった。


 悪魔倒したりとか、してみたかったけどな。


「あっ、そうだ! アタシ用事があるんだった! ごめんっ! さき帰るね!」


 またねー二人とも、とオレたちに手を振りながら走る幼馴染を見送る。


 そしてオレは、腰に手を当て溜息を吐いた。


「突然、何なんだよアイツ。しかも、用事ってなんの用事だっつーの。前もって言えってんだ……。アイツもアイツで、しっかりしてるように見えて抜けってっよな。人のこと、言えるかっての」


「―――あ、あのね! お兄ちゃん!」


 幼馴染のことを愚痴ってると、セルアがオレのことを呼んだ。


 オレはそれに違和感を覚えた。さっきまでいつも通り元気なはずのセルアの声が震えたから。


 しかし顔を向けると、さらに強く違和感を覚えた。


 さっきまで真っ白だった顔が、茹でダコのように赤い。


 さっきまで程よい水分量の瞳が、雨粒を生み出してるみたいに潤んでいる。


 さっきまで落ち着きのなかった体が、さらに落ち着いていなくモジモジさせている。



 物スゲェー簡単に言うと—――めっちゃ緊張してる感じだった。



 マジで、どういうこと……? 


「ど、どうした? だいじょーぶか、セルア……」


「そ、その……あの……」


 心配になったオレが顔を覗き込むと、目が合った途端にセルアは顔を真下に向けて、スカートの裾をギュッと掴んだ。


「??」


 こんなセルア、見たことねぇーぞ。


 オレは動揺のあまり、ただ首を傾げてセルアを見ることしか、できなくなってしまった。


 しかし、そんな中でもこうなる前の妹を思い返すことができた。【神童】だからな!


 セルアはオレにとって、スゲェー自慢の妹だ。


 オレにみたいに愛想が悪くねぇーし、愛嬌がある。その上、努力家。


 魔法の訓練はオレとやってるし、勉強も毎日欠かさずしてる……。オレにはできねぇ……勉強嫌い。

 

 だから、テストでは毎回百点満点。ちゃんと努力が実を結んで形になって返ってきてる。


 結果的にその実績の積み重ねが、セルアの自信の基になっている。


 さらにその自信が、セルアが緊張を纏わせない活発的で元気な性格へと導いている。


 だから、分かるだろう? オレがここまで動揺する理由が。


 こんなにスゲェーオレの妹が、ここまで緊張してるってことは—――何かとんでもねぇことを打ち明けるじゃないかって。


 それしか思い浮かばねぇ……。


 ………

 

 ………………


 …………………………


 マジで何を打ち明ける気なんだ!? セルア!?


 全く予想できねぇーんだけど!? 


 何か得体の知れない恐怖をそばに感じながらも、動揺の色を一切見せなかった。


 なぜなら—――


「セルア」


「お、おにぃちゃん……」


 小さく華奢な肩に手を置くと、セルアはビクッと肩を震わせ、おそるおそる顔を上げた。


 そして目と目が合った瞬間に、オレは太陽がかすんで見えるような、眩しい笑顔をお見舞いする。


「セルア、だいじょーぶだ。オレはお前のお兄ちゃんだから、何でも話してみろって、な?」


 ―――オレはセルアの兄貴だ。だから動揺も不安も見せられるわけないっての。


 一番不安なの……セルアなんだぜ? 


 それ知って不安がるなんて、男らしくねぇー以前に、兄貴失格だろ、そんなの。


「……!! あ、あのね! おにぃちゃんに渡したいものがあるの!!」


 ニヒッ、と白い歯を覗かせて笑顔を見せてから、セルアはスカートのポケットに手を突っ込んで何かを探す。


 オレはその様子を見守りながら、胸を撫で下ろした。


 あの笑顔見る限り、やっといつものセルアに戻ったようだな……安心したぜ。


 にしても、オレに渡したいものってなんだ?


 そう思っていると、セルアは恥ずかしそうに頬を緩ませて「こ、これ……」とを見せる。


「これ、ピアスか……? もしかして、オレへのプレゼント?」


「う、うん……。もうすぐおにぃちゃん、中等部に進学するでしょ? その……お祝い……」


 またも体をもじもじとさせて、はにかんでオレの顔をちらりと見るセルア。オレはそんなセルアに、内心驚いていた。


 ピアスに【魔紋】刻まれてる……。どんな魔法が仕掛けられてるか気になるけど、いったい、どこでそんな技術身に付けたんだ? 


 オレもそんなやっとことねーから、『真似してみたらできた!』ってわけでも無さそうだし……。


 まっ、たまたま誰かがやってんの見かけて会得したんだな、きっと。さすが、オレの妹だぜ。


「ありがとな、セルア! 一生これ、大切にする!」


「………! うん! おにぃちゃん!」


 髪をすくように頭を撫でると、セルアはオレの胸に飛び込んで腰に腕を回した。


 それはもう、力いっぱいに。


 大きくなったな……昔は、あんな小さかったのに……。


 でも—――


「ったく、甘えん坊なのは変わらないな」


「えへへっ、別にいいも~ん、あまえるのは妹の特権なのです!」


「なんじゃそりゃ」


「それよりおにぃちゃん! ワタシのピアス、早速付けてみてよ!」


 クリクリの瞳が上目遣いにより、さらなる相乗効果を発揮。


 こんな期待の目を向けられたら、断れるわけがない。というか、論外だ。


「急かすなよ……ほら、似合ってるか?」


「……うん、スゴく似合ってる……。やっぱりワタシの……おにぃちゃん……」


 耳に着けたピアスを見せているつもりだが、セルア……見てなくね?


 オレの顔ばっか見てんだけど……しかも、心なしかうっとりしてるような……。


 ま、まぁ、セルアがくれたピアスのおかげで、さらにオレのイケメン度が上がったからだよな?


 ったく、実の妹にまで虜にしちまうなんて、オレは罪な男だぜ……。


 さすがに恋愛感情までは、持ち合わせてねぇーだろうけど。


 


 オレたちは―――




 あっ、そう言えば……。


「セルア、さっきはどうして様子がおかしかったんだ?」


「さっき?」


「あぁ、何かスゲェー緊張してるように見えたから……。なんだか―――一世一代の告白するみてぇーに」


「…………」


「でも、よかった。何かとんでもねぇこと打ち明けられるって思ってたから……めっちゃ身構えたぜ。……あんなんになったのは、ただ慣れないことしたからだよな?」



「―――実はね、おにぃちゃん……」



 真剣な顔で、セルアはオレを見上げた。


「進学祝いのほかにも、伝えたいことがあったの……聞いて、くれる?」


「伝えたいこと? なんだ」


「それは、ね……」


 セルアはギュッとオレを抱きしめ、深呼吸をする。心を落ち着かせているのだろう。


 けど、オレの心は落ち着かなくなった。


 元々体温が高ぇーとは思ってたけど、こんな熱かったか? 


 それに―――スゲェー心臓バクバクしてる……。


 いったい、何をオレに伝える気だ?


 そして今、その答えを知ることになる。




「ワタシ。セルア・ニューミリオンは、おにぃちゃんのことを一人の男性として愛し―――うっ……!!」




 しかし―――


「セルアっ!!」


 その答えを知ることは……できなかった。


 オレは胸を押さえて苦しみ倒れこむセルアを、地面に落ちる前に抱きとめる。


「セルア……しっかりしろ!! セルア!!」


 妹の名を叫びながら、回復魔法をかける。


 がしかし、セルアの顔は真っ青で、薄い唇は紫色に変色したまま。回復する見込みがなどなかった。



 瞬間、オレの頭に真っ先に浮かび上がったのは—――『死』という絶望だけだった。



「クソ……クソ……!! 【神童】なんだろ……? 何でも完璧にやれる男だろ……? そんなオレが今、その力と才能が発揮できなくて、何が【神童】を名乗れるってんだよ……!! 助けろよ……なァア!! 助けて見せろよ、オレ!! たった一人の妹を助けられなくて、本当におにぃちゃんなのかよ!! ゴラァアア!!」


 視界が揺らいでは歪む。まるで自分の眼が水面境のように。


 そしてオレは、その正体が分かった。


 自分の涙によって—――その現象が引き起こされていることに。


 そしてまた……諦めてしまっている、ということに。


「オレの力じゃ、助けられねぇってのかよ……! チクショウ……チクショウ……!!」


 何が才能だ。何が力だ。何が【神童】だ。


 そんなもんがあったって……意味ねぇじゃねぇーかよ……!! 


 ただの無力で無能な出来損ないだ!! 


『奇跡』なんだろ? 魔法は……! なら起こしてくれよ……『奇跡』を!


「ぁ……セルア……すまねぇ……セルア……!」


「お、おにぃ、ちゃん……」


 か細く息絶える寸前のような声が聞こえたと同時に、オレの歪み切っていた世界が鮮明さを取り戻した。


 弱々しく払われた、セルアの指によって。


 見えたのは—――必死に生きようと笑っているセルアの顔だった。


「セルア……セルア……!!」


「はぁ……はぁ……だい、じょうぶだよ……おにぃちゃん……」


「セル、ア……?」




「—――また……会えるから……」




 そう言い残して、セルアは……安らかな顔で眠りに落ちた。



「セルアぁあああああああああああああああ!!!」



 喉がちぎれるくらい叫び、抜け殻のようになったセルアを抱きしめた。

 

 瞬間、胸に微かな鼓動と、息遣いを感じた。


 でもそれは、きっとオレにしか気づけなかった。


 セルアのおにぃちゃんである、オレしか。



「まだ……生きてる……。まだ希望は……ある……! セルアが『奇跡』を……起こしたんだ……! なら—――」


 セルアが掴んだ『奇跡』をオレが繋げる……!


 そんな使命は分かっているのだが……。


「クソッ……! ただの身体強化魔法じゃ、親父とお袋を連れて病院まで行くには遅ぇ……! 空間魔法の移動はまだ修行中で不安定だし、どうすれば……!」


 何かないか、何かないか、何かないか……! 

 

 セルアの『奇跡』を繋げるための突破口を……!


 ―――何か!


 オレは出来の悪い頭で思考を巡らす。


 そしてついに―――見つけた。


「そうか! 一番ソッコーで発動できるのは雷魔法! つまり―――一番早く動けんのも雷魔法! 身体強化魔法みてぇーに、雷魔法を応用すりゃ……いける!」


 ―――セルアの『奇跡』を繋げられる!


「おっしゃ! いくぜ!」


 うぉおおおおお!!! と、雷魔法を体外じゃなく、体内で発動することを意識する。身体強化魔法の基礎だ。


 より魔力を感じ取るために目を閉じる。


 集中、集中しろ……オレ! 


 頭んからつま先のてっぺんまで、魔力を満たすイメージ!


 筋肉から神経から臓器から何から何まで、オレという身体を世界にして、魔力を海にすんだ! 


 ……って! んだよ世界とか海って、訳わかんなすぎだろ!


 でも、その方が—――



「っしゃぁあ! できた! さすが【神童】だぜ、オレ!」



 イメージしやすい!


 今、オレの身体は青い閃光を放つ雷をバチバチと纏わせている。


 そのせいか、静電気によって髪の毛が逆立つが、気にしている余裕はない。


 オレはセルアをおんぶ状態に変えて、さっきオレが編み出した雷魔法—――【アイギス】でフル発動する。

 

 さらに雷が勢いを増し、音を立たせる。


 そして—――大地を踏み、一筋の青い雷となって駆け出す。


 その瞬間、音はもう置き去りだった。視認できないほど、景色が線となって次々へと変わる。


 が、特段どこかで躓いたり、建物にぶつかることはなかった。


 どうやら、反射機能まで底上げされているため、人間離れした動きが可能になったようだ。


 いつものオレだったら、そのことに感動していて胸を躍らせるが……今は違う。


 ある一つの決意だけが、オレを突き動かしていたから。




「セルア……待ってろ。セルアの掴んだ『奇跡』、ぜってぇ繋ぎ切るからな!!」





 ―――おにぃちゃんのこと、信じてくれ!!





~あとがき~


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