第2話【不殺の金月】の正体

 掌から発せられた一閃の雷光が、マリアを喰らおうと襲い掛かる。


 だと言うのに、女は依然として無表情。脅威とも受け取っていないらしい。


「この魔法はオレの中で断トツの攻撃速度!! ほぼ全員、これでぶっ飛ばしてきたし、避けることはできねぇー! さぁ、この攻撃、お前はどう対処すんだァ! アァア!!」


 お前の実力、確かめさせてもらうぜ。失望させるなよ、と期待の眼差しを向ける。


 すると、雷撃がマリアを貫こうとしたその瞬間、【アイシクル・シールド】と呟いた。


 地面から現れたのは、大きく分厚い氷の壁だった。


 そしてその氷の壁に【ライトニング・サンダー】がぶつかると、傷ついた様子もなく女を守った。


 デケェーな……アイツ、相当魔力量がありやがる……。


 初見殺しのオレの魔法を防ぐとは、中々やるじゃねぇーか。


 期待してはいたが―――まさか、ここまでとはなァ。


「あんだけ大口たたいた割に大したことなかったら、どうしようかと思った。安心したぜ。一応、それになりにやるみてぇーじゃねぇーか」


「あら、てっきりご自慢の魔法が通じなかったから、もっと動揺するかと思ったけど」


 魔法を解除しながらオレを煽る女に対して、「みくびんじゃねぇ―! 想定通りだっつんだよ!」と、返しながらも冷静に分析する。


 コイツ、氷魔法を使いやがんのか……相性的には、今の雷魔法でも問題ねぇーけど、あの規模と強度、防がれる……。


 しかし―――


「ヒヒッ!」


 ありゃ、魔力コントロールがお粗末だ!


 だから、局所的な魔法ができねぇーから、あんなデケェー氷の壁を作ったわけだ。


 それしか、防ぐ術がねぇーから。


 そして何より、あれだけデケェー魔法は、魔力の消耗が激しい……。 


 いくら魔力に余裕があるとしても、せいぜい後、数回ってところだ……。


 一方、オレの雷魔法は速度に全振りなだけで攻撃力はさほどねぇが、その代わりに魔力の消耗が少ねぇー極めて有効だ。


 なら、このまま【ライトニング・サンダー】でアイツの魔力を消耗させて一気に叩くか?




「—――—―いや、それじゃあつまらねぇーよなァ? そんなザコくてダッセーまね、できっかよォ」




 と、オレが笑みを浮かべながら言うと、女は疑問符を浮かべてオレを見る。


「突然、笑ったりしてどうかしたの?」


「なんでもねぇ、テメェの弱点をついてぶっ倒してやろうと思ったがヤメただけだ」



 だが、はつかせてもらうがなァ。



「さぁ、これでケリつけてやるぜ!!」


 オレは右手に炎魔法を、左手には闇魔法を発動する。


 炎が激しく燃え上がる右手、禍々しい闇を纏わす左手。二つの属性魔法を発動するオレを見て、マリアはぽつりと呟く。


「……その魔法、やっぱりあなたは—――」


「ハハッ、完膚なきまでの勝利を見せてやるぜ! 今すぐ全力の【アイシクル・シールド】を展開した方がイイ! じゃなきゃ―――死ぬことになっからなァア!!」


 これは脅しでもなんでもねぇ、本当のことだ。


 今からオレは、それだけの威力の魔法をコイツにかます。


 それにコイツもわかってやがる……。魔力の毛色が変わった。


 つまり、本気の【アイシクル・シールド】で防ぐ準備をしてるわけだ。


 それを確認したオレは、両手を合わせ、二つの魔法を合体させる。


 瞬間、赤と黒が混じり合い反発するが、それを強引に捻じ込んでいく。


 やっぱ久々だとキチーか……!! いくらオレにしかできないと言っても、ツレー……!!


 だけど、よ……!!


「ウォォォオオオ!!! 【ダークフレイム・ソウルズ】!!」


 赤と黒、炎と闇が迸る二つの龍を模した黒炎が、マリアを焼き尽くさんと言わんばかりに襲い掛かる。


『グォォォォォォォオオオオ!!!!』


 龍の咆哮、闇夜を照らす唯一の赤黒い明り。それを見てオレは、あることに気付いた。


 あ、あれ? 何かいつもよりデカくねぇーか? アイツら。そんなもんだったっけ?


 イヤちげーよ!! あんなデカくなかった!! 

 

 や、ヤベー!! 久々の融合魔法で加減、間違いちまったぁあああああ!!


 今すぐ、発動ヤメねぇーと!! いくらアイツでも、この魔法は防ぎきれねぇー!!


 死んじまう!! でも、間に合わねぇ!!


「おい、避けろ!! オレにはもう止めらんねぇ!! 逃げろ、今すぐ逃げろ!!」


「―――心配しないで、問題ないわ」


 そうマリアの声が聞こえた瞬間、何が起こったか分からないが、二つの黒炎が空気に流れるように霧散した。


「お前、スゲェーじゃねーか! 何したか分かれねぇーけど、オレのとっておきの魔法を封じ込めるなんて、一体どんな魔法を使ったんだよ!」


「自分の体、よく見てみなさい」


 マリアが指先を下に向けさせ、自分の体を確認しろとジェスチャーをする。


「何ワケわかんねぇーこと言ってんだよ。別にオレの体は無事――――――え?」




 首元を下に向けると—―――




 い、いつの間にオレの体を凍らせた!? 


 いや、それよりも、早くここから抜け出して反撃しねぇーと……!


 ―――マジで負けちまう!!


 初めて感じる『敗北』という二文字が脳裏を過ぎり焦燥感に駆られたオレは、慌てて魔法を発動して脱出を試みる。


「ど、どういうことだ!! 魔法が発動しねぇー!!」


 が、発動できなかったオレの焦燥感は更に加速することになる。


 首から下が氷漬けにされているとはいえ、魔法が発動できないわけじゃねぇ。


 魔法は直接的な動きは必要ねぇから、体内に魔力が残ってさえいれば、どんな状態、状況だって魔法発動できる。


 今もそうだ。


 だが、できねぇ! 確かに魔力の熱は感じているはずなのに、まるで開かずの扉みたいに……!


 クソ……! マジで何の魔法をオレにやりやがった……!!


「―――何をしても無駄よ」


 キッ、と睨みつけると、マリアはゆっくりと歩いてくる。オレはその姿が、表情が、心底気に食わなかった。


 何その余裕そうな表情してんだよ! 勝利を確信してるつもりなのか、テメェ!、と。


「無駄ってどういうことだ……。一体お前は、オレに何をしたんだ……」


 しかし、今はコイツの魔法を知ることが優先だ……冷静さを欠いちゃいけねぇ……。


 その上で、コイツの魔法を攻略して叩き潰す。


「【エターナル・フローズン】。この魔法は相手の魔力を封じる、氷の結晶。あなたの融合魔法が消えたのも、魔法が発動できないことも、この魔法による効果よ」


「魔力を封じる、だと? 聞いたことねぇーぞ、そんな魔法!?」


「だから言ったでしょ? この世界はあなたが知らないだけで、そこら中に未知が広がっていることを。可能性があるってことを。それでも、まだあなたは—――この世界がつまらないって言うのかしら?」


「…………」


 確かにコイツの言う通りなのかも知れねぇ……。


 だってオレは、楽しかった。


 いま感じている、初めての敗北も、魔法も、清々しく感じる……新鮮な気持ち。


 こりゃ、自分より強ぇーヤツがいるって知って―――嬉しいって、感じてんのか……オレは。


 どうやら、つまらないってのは……オレの勘違い、みてぇーだな。


「ま、まぁけど……つまらなくはねぇーけど、退屈は、しないかも、な……」


「えぇ……」


「こ、ここはオレに免じて負けを認めてやる! せいぜい寛大なオレに感謝しやがれ!」


「えぇ、ありがとう……礼を言うわ……」


「っ……!!」


 やっぱコイツ、きらいだ!! 


 オレはマリアからブンッと顔を逸らした。


 言い返しもぜず、受け流されてムカついたから、というのもあるが―――。


 コイツ、オレの煽りに乗るどころか、マジで本心で言ってやがる……!


 クソっ……ちょっとは言い返せってんだ……!


 期待、そして想定していたシミュレーション通りにならなくて不満が募るが、オレの処遇について尋ねる。


「……っんで、どうすんだよ? 晴れてお前はオレの勘違いを正し、【不殺の金月】を無力化して勝利したわけだ。やっぱオレを魔法騎士団に突き出すのか?」


「いえ、あなたのことは連行しないわ」


 い、今……連行しないって……。


「おい、マジでなに言って―――」


「ただし、今まで貴族たちから強奪した物は全て回収するし、条件もあるわ」


「条件? なんだ? 条件って」




「それは―――あなたの素顔、見せてくれないかしら?」




「ッ………!!」


 どうして顔を―――まさか……!! オレの正体に気付きやがったのか!? 


 一体いつ、どうやって、あんな短ぇー戦闘の中で答えを導き出しやがった!!


 心に動揺が走るが、思考でそれを振り払う。


 いや、そんなわけがねぇ……不可能だ。いくらコイツがやるヤツだからといって、そこまでできるとは思えねぇ……。


 なら、どうしてコイツはこんなこと聞いたんだ? って、オレにそれを知る権利はねぇ。


 なぜなら今のオレは、真っ向勝負でコイツに負けた、ただの敗者だからな。


 ここはツベコベ言わず、筋通すってのが『漢』ってもんだ。


「………わかった、条件は飲んでやる。勝手に見やがれ」


 大変、不服だがな。


 そう言うと、マリアは至って正常に普段通りの無表情でオレの仮面に手を掛け……外した。


 そしてオレの名を―――呼ぶ。




「やっぱりそうだったのね。黄金に輝き夜を照らす金色の髪。宝石が埋め込まれたかのような綺麗な紅の瞳。そして赤いピアス。【不殺の金月】、あなたはかつて【神童】と呼ばれた【元神童】――――」




 アルセ・ニューミリオン、とオレの本当の名でオレを呼んだ。


 それもにっくき昔の二つ名と、今の二つ名で。


 マリアがオレの顔見た瞬間、正体に気付くのは不思議じゃない。


 それだけオレは、王国じゃちょっとした有名人だからな。


【神童】。そう呼ばれるようになったのは、小せー頃から全属性魔法に加えて、空間とかの全系統魔法も使えたからだ。


 オレにはわからねーが、本来、魔法というもんは、一人につき一属性一系統……じゃなく、どちらか一つらしい。まっ、大体は一属性らしい。一系統でも稀。


 そんなことから――『王国の未来の担い手』なんっつー風にも言われて、王国全土が騒がれた。


 オレみたいな才能あふれる天才が誕生したってことは、それだけ他国からの脅威を払いのける【魔法騎士】が誕生したのも同じだからな。


 勝手に人の人生決めつけんじゃねーよ。誰が戦争に駆り出されるだけの社畜言いなり兵器になるもんか。


 と……当時のオレは、それはもう腹に腹が立ちまくった。


 オレが『在りたい姿』は、こんなんじゃないし、オレの『夢』からもっと遠のいちまう。


 でも、今から三年前……【神童】の栄光は終わる。


 全ての才能が失われた、魔法を一切使えない落ちぶれ魔法使い―――【元神童】と呼ばれたことによって。




「……あぁ、そうだよ。そうなんだけどよ―――ってか!! 何だよ前半のヤツ!! 『黄金に輝くー』とか『綺麗な紅の瞳ー』とか、恥ず過ぎんだろ!? 最後のヤツだけ言やーよかっただろうがァア!!」


「そう怒らないでちょうだい。せっかくの美人顔が台無しよ? ほら、スマイルスマイル」


!! 殺すぞっ!! ……っつーかテメェ―、人にスマイルスマイル言える立場じゃねぇーだろうが。 この無表情女」


「表情筋が乏しいだけよ」


「訂正になってねぇえええええ!!!」


 余りに声を張ったからか、オレは「ハァ……ハァ……」と息切れする。


 お、オレってこんなキャラか? こんなツッコミするキャラだったか? 


 と、ともかく……つ、疲れた―――。


 そ、それもこれも全部、息を吐くようにボケをかます、ボケ製造機なコイツのせいだ……。


 ったく、忙しいこと、させやがって……。


 って、あれ? コイツ確か……。


「お前……さっき『やはり』って言ったよな。あれは、どういうことだ? まるでハナッから、オレの正体に気付いてるみてぇに……。一体いつ……」


 あの短けぇー攻防の中でオレの正体を見破ることは絶対に不可能だと読んでいたが、さっきの発言を振り返るに明らかにアイツは気付いているみてぇーだった。


 だから、よけぇー不思議だ。確固たる証拠なんか、ねぇーはずなのに……。


 そう思ってマリアを見ていると、信じられないといった(雰囲気)顔で告げる。


「いつって、そんなの決まっているじゃない。あなたが—――融合魔法を使った時よ。それ以外、何があるというのかしら?」


「—――—――あっ」


 マリアの言葉にオレはハッとして、自分の犯した最大のミスに気付く。


 そういや、オレ……あの時、一気にケリつけるために融合魔法を使ったんだった。


 その融合魔法は—――この世でオレ一人しか使えねぇー、ってか、オレが編み出したオリジナルの魔法で固有魔法だ。


 そんな専売特許を目の前で見りゃー、自ずと点と点が繋がって、オレの正体に辿り着くのは必然。


 バレるのは、当たり前のことだ……。


 オレはさっきの戦いを思い返す。そして不自然な点に気が付く。


 しかし、それもこれも全部—――


「テメェー! 魔力コントロールがダメだったり、発動速度が遅かったりしたのも全部、オレに融合魔法を使わせるために誘導してやがったのか!!」


「その通りだけど……そんなに怒らないで。私だって確証がなかったのだから、仕方ないじゃない。でも、あなたの正体に辿り着いたのは、それだけじゃないのよ? もう一つ、決定的な証拠があったから」


「ガルルルル—――ん? 何だよ、決定的な証拠って」




「それは—――あなたが絶対に卑怯な戦いをしない、ってことよ」




 おそらくコイツの言う卑怯な戦いっつーのは、相手の弱点を意図的に付いたことだろうな。


「フンッ、生憎とオレはそんなザコくてダッセー戦いは嫌いだからな。テメェみてーに、実力を偽って勝つ卑怯な手段はぜってぇーしねぇ」


「そう、ね……」


「だけど……」


 皮肉を言ってる場合じゃねぇ……。だって、そんなのは—――


「だけど、真っ向からやりあっても、オレは、負けて、いた……」


 オレの大っ嫌いな、ザコくてダッセーヤツがすることだ。


 それに敗北を受け入れることも、そしてそれを知って二度と繰り返さねぇーって気持ちがさらに俺を強くさせる。


 敗北ってのはそういうことだって、オレは気付いた……。


 ようやく、だけどな。


「……短い時間だけど、あなたが成長したような気がする。スゴイわね……」


「仕返しのつもりか? それ」


「違うわ……。あなたに一つ聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」


 突然、何なんだ? 真剣な顔しやがって……。


「いいぜ、今のオレは敗北者だからな。何でも聞いてやるよ」


「どうして、あなたのような卑怯なことを嫌う、真っ直ぐな人間が—――」


 マリアは仮面をオレに差し出して見せる。



「貴族狩りをしているのか、その理由を知りたいの」





~あとがき~


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 「いやいや、マリアっちの方がポンコツだお」と思った方は、星★3つ、作品フォロー、作者フォローを!



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