第六話「成長」

1年後……



俺の1日は魔術の練習から始まる。


まず、7時に起床する。

次に本を持ち、寝室を出て、階段を下り、リビングに向かう。

朝食の準備をしているアイリスに「おはようございます」と声をかけ、

玄関の扉を開けて、庭に出る。

そして、魔術の練習をする。

練習と言っても好きな魔法を適当にぶっ放すだけだ。

家の中からアイリスが俺を呼ぶ声が聞こえたら、家の中に入り、朝食を食べる。

朝食は家族団欒の時間だ。アイリスとジェイル、エリーシャ、そして俺で食卓を囲み、お喋りを楽しむ。

ジェイルの話は面白くて好きだ。特に魔物を倒す話は聞いててとてもワクワクする。


「昨日ははぐれゴブリン3匹を1人で一気に相手したんだぜ!」


今みたいな話をいつもジェイルはしてくれるのだ。

そういう話をアイリスは微笑んで頷いて熱心に聞いている。

前世の日本にこんな理想の妻がいただろうか。

そういえば、アイリスは黒髪だが、ジェイルは金髪だ。

2人は違う種族の人間だと思うんだが、この集落では様々な髪色の人間が暮らしている。

異なる種族同士の結婚もこの集落では普通なんだろう。

その2人の子供であるエリーシャは金髪だ。

俺は水の反射で見た限り、黒髪。

俺はこの家族のよそ者だが、髪色だけで見ればこの親から生まれたと言っても良いだろう。


(ん?待てよ?)


アイリスとジェイルは俺がこの家の子供ではないということを俺の前で話した事がない。

隠してるつもりなのかもしれない。俺がショックを受けると思って。

もしそうなら知らないフリをしていた方が良いな。


朝食を食べ終わった後、俺は物置部屋に向かい、読書を始めた。

俺はいつも朝食後には物置部屋で本を読むことにしている。


(えっと…今日はこれにするか…)


2時間後…


(結構面白い本だったな…)


俺は本を閉じた。

本を見たところ、かなりマニアックなあまり知られていない魔法がこの世にはあるらしい。

例えば、本を印刷する魔法。

この魔法が無ければ、恐らく、本の値段は軒並み高いものとなっていだろう。


「……………」


「ああぁぁぁ」


「それにしても暑い、暑すぎる。。。」


今の季節は夏だ。

ゆえにとても暑い。

今年は1年前と比べてもかなり暑い気がする。

気のせいか?


水を頭から被りたい気分だ。

俺は外に出て、庭で遊んでいるエリーシャに声をかけた。


「暑くないの?」


「あついよ」


「なんで家の中に入らないの?」


「そこまであつくないから」


(コイツには暑さ耐性でもあるのか!)


「じゃあ少し涼しくなりたい?」


「うん」


(ふふふふ、なら涼しくしてやろうじゃないか)


「万物の生命の源である水よ、優しさからなるその力で我に立ち向かう敵を打て!」

「ウォーターボール!」


俺はゴルフボール程度の水をエリーシャに投げた。


「くらえ!」


水球は見事にエリーシャに直撃し、「バシャ!」という音と共に弾け飛んだ。


「あぁ!もう!だました!」


「騙されるほうが悪いんですよ!」


「生命の常識を振り切る異質な速度、生命には見る事さえ畏怖される存在、雷の威厳を今ここに…」

「サンダーバレット!」


「なっ!」


雷魔法を放つつもりなのか!?


俺は急いで詠唱した。


「生物を支え、守る大地よ!世界を轟かせるほどの力で我を守りたまえ!」

「アースウォール!」


俺は土魔法で地面を変形させ、前方に土の分厚い壁を作った。


エリーシャの雷魔法は俺の作った壁で防がれ、事なきを得た。


「はぁぁ」


俺は安心し、倒れ込んだ。


(いやー、良かったーー)


(てか俺に向かって雷魔法放つとかアイツは頭おかしいのか!?)


「エリーシャ!何で雷魔法なんて俺に使ったんだ!」


「え、だ、だってぇ」


「だってじゃない!雷魔法の危険性は前に教えただろ!」


「う、う、うぁああああん」


エリーシャは泣き出した。


(あ、やべ、キツく叱りすぎた…)


「ご、ごめんなさい、エリーシャ、元々は僕がエリーシャに水魔法を放ったのが原因です」


「僕も悪かったです、本当にすいません」


エリーシャは泣き止まない。

仕方なく俺はエリーシャを家の中まで連れて帰った。

家に帰ると泣いているエリーシャを見たアイリスが即座に反応した。


「どうしたの!?エリーシャ!?」


「あぁえっとその…色々ありまして…」


「りあがぁ、りあがぁ」


「とりあえず椅子に座って」


俺とエリーシャは椅子に座った。


(どこから話そうか…)


「あ、あのですね……」


俺は事の経緯をなるべく詳しくアイリスに話した。

すると、アイリスはしばらく黙り込んでから口を開いた。


「リアはまず、エリーシャに水をかけた事を謝りなさい」


俺は素直に従った。


「ごめんなさい、エリーシャ」


「次にエリーシャ、リアに向けて雷魔法を放った事を謝りなさい」


「ごめんさい…」


エリーシャは泣き止んだ後のか細い声で喋った。


「エリーシャ、雷魔法は攻撃魔法って言って、とても危険なものなの」


「だから人に向けて放つのは絶対に禁止よ、分かった?」


「うん…」


「分かってくれたなら良いわ。今度から気をつけてね」


色々あったが、とりあえず一件落着みたいだ。


そういえば何で俺、庭に行ったんだっけ?

まぁいいか。



ーーーー



俺は物置部屋に戻った。


(さてと、どの本にしようかなー)


「うーん、この本にするか…」


俺は歴史に関する本を手に取り、読書を再開した。



  ーー本の内容ーー


太古の昔、人間の住むこの世界に突如として魔物が現れた。

魔物の出現と同時にこの世界には魔力が持ち運ばれ、

魔力に適応できなかった生命は全員朽ち果ててしまった。

魔力への適応度の高い動物は魔獣となり、他の生命体に脅威をもたらした。

人間は魔力に適応こそしたもののその力を使いこなすことが出来ずにいた。

ある日、世界のどこかで人間と魔物のハーフが度々生まれるようになった。

人間と魔物の混血を魔族と呼び、魔族は人間と比べて魔力の適応度が高く、

魔力を使いこなすことができた。また、魔族は人間並の知能の高さも持ち合わせており、

瞬く間に生態系の頂点に立った。そして魔族は魔物の占領する土地を奪う為に戦争を始める。

この戦争は魔族が味方に支持を送る時に空に黒い煙幕を飛ばしたことにより、

戦場の空が暗雲に包まれた事から暗雲大戦と呼ばれている。

ちなみに暗雲大戦中に魔族が魔物に対抗する為に生み出したものが魔術である。

暗雲大戦は魔族側の勝利となり、この時に魔物たちは住む土地を奪われ、今のグラッジ大陸に逃げ込んだ。

そして、暗雲大戦の約300年後に魔族が人族の地に侵攻し、魔人大戦が始まった。

人族は非力な生物であった為、当時の魔族は勝利を確信していたが、

人族が精霊の力を借りた事によって魔人大戦は人族の勝利となった。

それ以来、人族と魔族が干渉する事はほとんど無かったが、

約200年前にユーラス王国がとある小さな魔族の村と同盟を結んで以来、

人族と魔族の交流がちらほら行われるようになった。

だが、それにより、15年前にジーダルギュイヤスという魔族の国がセルニアス王国(人族の国)と衝突し、

14年前にジーダルギュイヤスの王はセルニアス王国に宣戦布告をし、戦争が始まった。

しかし、魔族と人族の交流は勿論、悪い事では無く、人族に魔法の普及をもたらすなど、

人族の文明の発展に大きく成果をもたらした。


(魔族か、エルフとかもいるのか?)


ふと、窓の外から声が聞こえてきた。


「この貧乏人!」


「汚いんだよ!ドブカスが!」


「これでもくらえ!」


「うぅぅ…」


イジメだ。

3人の男の子が1人の女の子にみんなで泥を投げつけている。

この光景は俺がこの家に転がり込んでから何度も見た事があった。

俺が家の庭から出ないのはこういうイジメが怖かったからだ。

でも、今の俺なら…

ふと、俺の頭には高校生の時にクラスの男子4人に蹴られたり、殴られたりした思い出が蘇った。

あの頃はイジメが一番ヒートアップしていた時期だった。

クラスの奴らは誰もイジメを注意せず、むしろ俺がイジメられている動画をネットに晒した。

その動画は結構反響を呼んでいた。

でもコメント欄には俺を心配する声は無く、

俺をいじめている奴らへの怒りと罵詈雑言だった。

中には俺をいじめている奴らの名前、住所を晒したりなどネットの奴らはやりたい放題だった。

でも俺の気持ちが晴れる事はない。

俺をいじめる奴らがどんなに苦しもうが、俺がこの苦しみから解放される事なんて無かった。

結局、あのコメント欄に巣食う奴らは俺を助けるという正義感で人を痛ぶって楽しんでるだけだ。

みんな同じだ。


俺がいじめられて、家に引きこもった時、母親だけがずっと俺を慰めてくれた。

そんな母親の期待さえ俺は裏切った。俺は助けてもらうだけで何にも応えられなかった。

でも、俺は誰かに手を差し伸べられるのを待っているだけの24歳の男ではもう無い。


「僕は4歳にして天才のリアエル・クラエシスだ」


(助けなきゃ…あの子を)


あの子も前世の俺のように誰かに手を差し伸べてもらえるのを待っている。


「万物の生物を支えし、誇り高き大地よ!生命の尊厳を貶し、侮辱する彼の者に決して逃れられぬ束縛を!」

「アースサラウンデッド!」


俺は魔法でいじめっ子達を4mの四角い壁で覆った。


「な、何だ!?これ!」


「何でこんなものがいきなり…!?」


「何だよ!この壁!」


(良い反応だなー)


「男3人で女1人を痛ぶるなんて情けない!」


「反省するまでそこから出させないからな!」


俺は窓からいじめっ子達に得意気な様子で偉そうに言った。


「誰だよ!一体どこから喋ってるんだ!」


「くそ!この壁のせいで誰がどこから喋ってるのか分からない!」


「誰だか分からないけどここから早く出せよ!」


俺はそいつらを無視し、家を出て、いじめられていた少女の元へ向かった。


「大丈夫か?お前」


「え、あ、うん」


「こ、これあなたがやったの?」


「うん、そうだよ」


「……………」


「どうした?」


「このままじゃママに怒られちゃう…」


「どうして?」


「あいつら…ママに私がやったとか言ってきっと全部私になすりつけてくる…」


「そうはさせないぐらいに反省させるよ!」


「おーい!お前ら!この子のお母さんに何か言ったら命は無いと思えよー!」


「な、なんだお前!」


「お前には関係ないだろ!」


「良いから早くここから出せよ!誰だか知らないがお前の母ちゃんに言いつけるぞ!」


(生意気なクソガキめ)


「少し分からせるか……」


「生物を支えし盤石な足場、今一度、その役割を終えよ!」

「クワグマイアー!」


俺はクソガキが閉じ込められている壁の中の地面を沼にした。


「わ、何だこれ!?」


「足がどんどん沈んでいく!」


「お前、俺達を殺す気か!」


「ごめんなさいと言ったらやめてあげても良いですよ」


(我ながら俺が恐ろしいぜ)


「やばい、このままだと本当に死んじまう!」


「くそ!抜け出せない!」


「もう流石にやばい!」


「ご、ごめんなさい!」


「しょうがないですねー」


「力を失いし脆弱な足場に、どうか我らを支える力を!」

「グラエディング!」


俺は沼を硬い地面に変えた。


「足が埋もれて抜け出せない…」


「どうすんだよこれ…」


「頑張っても抜け出せないぞ!」


(そうか、いきなり地面を硬くしたらそうなっちゃうのか…)


「もう絶対にこの子やこの子の母親に関わったりしませんか?」


「約束できたら出させてあげましょう」


「あぁ約束する!だから早くここから出してくれ!」


「絶対にしない!約束する!」


「分かったから早く出してくれ…」


(もう懲りたみたいだな……)


「分かりました」


「特別に出させてあげましょう!」


「ちなみにもし次、僕の怒りを買ったらタダで済むと思わないで下さいね」


「あぁ、もちろんだ!もう二度とそいつに泥を投げつけたりなんかしない!」


(はぁ、やっと分かってくれたか…)


「我らの道に憚る大地の一端よ、どうか我らに進むべき道を開きたまえ…」

「サンドホール!」


俺は土壁に大きい穴を開けた。


「お前、小さいな…」


「早く助けて下さい!」


「ごめんなさい…ごめんなさい…」


(1人生意気な奴がいるな…)


(まぁいい…)


「我らの道に憚る大地の一端よ、どうか我らに進むべき道を開きたまえ…」

「サンドホール!」


俺はあいつらが抜け出せなくなっている足場に30cm程の深さの穴を開け、救出した。


「これで良し、もう行っていいぞ」


「本当にすいませんでしたー!」


いじめっ子は一目散に逃げて行った。


(これでもうアイツらがこの子をイジめる事なんて無いだろう)


「あ、あの助けてくれてありがとう…」


(結構可愛いな…)


「じゃあ、私、行くね…」


「ちょっと待って!」


「な、何?」


「明日ここに来れる?」


「う、うん、いいけど…」


「じゃあ今日から友達ね」


「明日ここで合流して一緒に遊ぼ」


「え、いいの?」


「逆に何でダメなのさ」


「だ、だってみんな私のことを貧乏人って言ってきて、いじめてくるから…」


「そんなの関係無いさ、君と仲良くしたいだけだよ」


「あ、ありがとう…」


「ああぁぁ!お昼ご飯の時間だからもう行かなきゃ!それじゃ!」


「え、あ、うん」


俺は急いで家に帰った。


「リア!?どこにもいないから心配したのよ!」


(どうやら俺はいきなり家を飛び出したせいで失踪したと思われたらしい)


「心配をかけてしまったようですいません…」


「でも戻ってきてくれて良かったわ…一体どこに行ってたの?」


「それは後でじっくり話しますよ!」


「そう、分かったわ。さあ、もうお昼ご飯の準備とっくに済ましてあるから座りなさい」


「はい、母上」


俺は席に座り、昼食を食べ始めた。

いつもと何等変わらない食事風景。

けれど、今日は俺にとって大きな一歩を踏み出せたとても大切な日だ。

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